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イグ・ノーベル・ドクター新見正則の日常

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漢方の「怪しさ」払拭へ…触診情報の数値化に期待

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 今日は漢方の話題です。「 漢方医の触診の技、手袋型センサーで可視化…若手医師育成へ 」という記事についての僕のコメントです。

 まず、僕はたくさんの漢方の本を 上梓(じょうし) しています。でも、僕は漢方だけの医師ではありません。西洋医で、そしてサイエンティストで、漢方を趣味のように使って、たくさんの患者さんを治しています。「趣味のように使う」とは、漢方だけですべてを治そうとは思っていないということです。漢方を実臨床で使用すると、本当に役に立つことをたくさん経験します。しかし、漢方の素晴らしさを、西洋医、特に漢方が直感的に嫌いな西洋医に伝えることはなかなか難しいと思っています。まず、漢方は昔の経験則に基づいているために、ほとんどの内容を数値化できません。数値化できるものは漢方薬を構成する生薬のグラム数ぐらいで、他の領域に数字は出てきません。つまり、客観的に評価ができないのです。ですから、西洋医学的思考に慣れた医師には、とても怪しいイメージが残ります。

 今回の新聞記事のタイトルにある「数値化」という文言がとても魅力的なのです。触診とはお (なか) を触って処方選択に有効なヒントを探ることです。その触診をなんとかデジタル化しようという試みが今回の記事の内容です。沢山のデータがデジタル化できて、そしてそれが的確な処方選択に結びつくと、漢方嫌いの西洋医も説得しやすいでしょうし、漢方が好きでもなかなか触診の技が理解できない医師にも福音となるでしょう。

腹診への疑問…サイエンティストの視点から

 さて、サイエンティストの視点から気になることは、まず漢方の処方選択に腹診が本当に必要かという疑問です。まず、中国の漢方医は腹診をしません。高貴な人は腹を見せたりはしないので、脈を診たのだといった説明を聞いたこともあります。しかし、現代中国では腹部の超音波検査をそのような理由で断ることはありません。つまり腹診が必須であれば、中国でも多くの漢方医が腹診を取り入れているはずです。また、国内で僕はたくさんの漢方医の先輩の診療を見学に行きましたが、やり方は様々です。頭を右にして寝てもらう人、頭を左にして寝てもらう人、片手で触る方法、両手で触る方法、 () でるように触る人、押しながらずらして触る人、などなどです。また、江戸時代の触診のバイブルである「腹証奇覧」という本には、 臥位(がい) ではなく座位での腹部所見がたくさん登場します。つまり、いろいろな方法があるということです。こんな視点からも、どこまで触診は意味があるのだろうと疑ってしまいます。

 また、直接に腹診の重要性を尋ねると、処方選択には必須であると答える先輩、腹診よりも背中の診察が実は大切と教えてくれた先生、また腹診をしなくても十分処方可能という医師などさまざまです。ひとつの形に収束しないことが、なんとも怪しく感じる原因のひとつです。循環器内科で心電図が不要という先生はいないでしょう。心臓の聴診の方法もだいたい決まっています。

漢方ファンの医者、増やさなければ…

 しかし、そんな腹診のファジー感も、実は簡単な実験で説得できるデータは取得可能です。漢方を専門としている医師を10人集めて、そして患者さんを10人集めて、まったく事前の情報なしに、腹部診察をそれぞれに行ってもらって、各自に腹部診察を記載してもらいます。その漢方的記載が10人のなかでほぼ同じであれば、経験によって結論が収束するということになります。また10人がバラバラであれば、腹診の信頼度は低下します。また、患者さんに問診をした上で腹診を行って、同じような結果に収束する傾向があれば、ある程度問診で得た所見の確認の意味で腹診を行っているとも考えられます。僕は、腹診はあくまでも補助的なものだと思っています。なにより大切なのは、問診と患者さん全体から得られる印象です。僕が腹部を診るのであれば、漢方的診察の他、頭から足まで簡単に西洋医学的診察も加えます。また、背中の診察もします。そして、腹診前に決めた処方が腹診の情報で変更される可能性は1割ぐらいです。

 漢方嫌いな西洋医を説得するために、やれることはいろいろとあると思っています。漢方ファンの医者を増やさないと、近い将来、また漢方を健康保険から外そうという運動が起こるのではと危惧しています。漢方の魅力は使ってみて、その素晴らしさがわかることです。そして、何より患者さんが「漢方で救われた」と言ってくれることです。

 人それぞれが、少しでも幸せになれますように。

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知りたい!_20131107イグ・ノベーベル賞 新見正則さん(1)写真01

新見正則(にいみ まさのり)

 帝京大医学部准教授

 1959年、京都生まれ。85年、慶応義塾大医学部卒業。93年から英国オックスフォード大に留学し、98年から帝京大医学部外科。専門は血管外科、移植免疫学、東洋医学、スポーツ医学など幅広い。2013年9月に、マウスにオペラ「椿姫」を聴かせると移植した心臓が長持ちする研究でイグ・ノーベル賞受賞。主な著書に「死ぬならボケずにガンがいい」 (新潮社)、「患者必読 医者の僕がやっとわかったこと」 (朝日新聞出版社)、「誰でもぴんぴん生きられる―健康のカギを握る『レジリエンス』とは何か?」 (サンマーク出版)、「西洋医がすすめる漢方」 (新潮選書)など。トライアスロンに挑むスポーツマンでもある。

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