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組み体操 高さ制限の動き…事故年8000件超、禁止する自治体も

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組み体操 高さ制限の動き…事故年8000件超、禁止する自治体も

 学校の運動会で組み体操の事故が多発している。

 四つんばいになって重なる「ピラミッド」や、肩の上に立つ「タワー」の巨大化が進み、事故は年8000件超。高さ制限に踏み切る自治体が出る一方、文部科学省も春の運動会シーズンに間に合うよう各教委に対策を求める。なぜ事故は起きるのか。防ぐ手だてはあるのか。

  ■深刻な負傷部位

 昨秋、動画投稿サイトに10段ピラミッドが崩れる瞬間の映像がアップされた。大阪府八尾市の中学校。完成前に土台がぐらつき始め、一瞬で崩壊。下敷きになった生徒の腕は折れ曲がり、両脇を抱えられて退場する様子も映っている。6人が重軽傷を負った。周囲には転落に備え何人もの教師がいたが、内側に崩れたためなすすべがなかった。

 組み体操の安全対策を求める署名活動をネット上で展開する名古屋大の内田良准教授(教育社会学)は、負荷の大きい内側に崩れることの危険性を指摘する。試算では、10段ピラミッドの最下段の負荷は最大200キロ超。「下段の生徒は逃げ場がなく、内側に崩れると周囲も助けることができない」という。だが近年は成功事例が動画サイトに投稿され、「より高く難しいものを目指す風潮がある」と危惧する。

 日本スポーツ振興センター(JSC)によると、組み体操の事故は統計がある2011年度以降、4年連続で8000件を超えた。数の多さ以上に負傷部位も深刻だ。14年度の事故8592件のうち、重要な部位の頭部や首、腰をけがした事故が2割強を占める。1983年以降の事故を分析した内田准教授によると、障害が残ったケースは少なくとも90件以上、3人が脳挫傷などで死亡している。

  ■安全策示す方針

 今年に入り、国に先駆けて対策を打ち出す動きが相次ぐ。大阪市教委は9日、16年度から市立学校にピラミッドとタワーを禁じることを決めた。昨秋からピラミッド5段、タワーは3段までに制限していたが、以降も事故が多発したことを重く見た。

 同様に、千葉県流山市も廃止を決め、同県柏市などが禁止を含めて検討している。制限を設ける自治体としては、名古屋市教委が12日、「ピラミッド4段、タワー3段」などの指針を各校に通知。愛知県教委は昨年末、ピラミッド5段、タワー3段を上限とした。

 文科省の学習指導要領に組み体操の記述はなく、国は「どんな種目をやるかは学校長の判断」(スポーツ庁学校体育室)と規制に否定的だった。だが馳文科相が9日の記者会見で安全策を示す方針を表明し、16日には超党派の議員連盟もできた。事故防止へはまず、文科省が最近まで把握していなかった全国での取り組み実態や事故の分析を進めることが先決となる。

  【学習指導要領の記載】  文部科学省によると、昭和20~40年代までは「組体操」などの記載があり、3段ピラミッドなどの組み方が図解で紹介されている。だが小学校は1953年(昭和28年)、中学校は69年(同44年)、高校は60年(同35年)の改定で姿を消した。削除の理由を示す資料は現在、省内に残っていないという。

下敷き手術3度 成功体験で自信…親や教員 賛否

 運動会の「花形」として定着している組み体操。現場の教師や保護者は教育的意義をどう見ているのか。

 「誰かの犠牲で成り立つ伝統や達成感なんてあり得ない」。2014年春、小学6年だった長女(13)が左肘を脱臼、骨折するけがを負った都内の母親(49)は憤る。

 4段タワーの練習中、最下段で下敷きになった。教師は欠席児童の代わりに土台に入っていて補助役の大人はおらず、誰も崩れる瞬間を見ていなかった。母親は組み体操の中止を求めたが、校長に「本校の伝統」と一蹴されたという。

 長女はこれまで3度手術を受けたが、成長期にけがをした代償は大きく、医者から「球技は難しい」と告げられ、中学で運動部に入る夢を諦めた。「今も事故を思い出すと涙が出る。こんな怖い思いをするのは私だけで十分」と訴える。

 知識のない教員が、安全対策を怠ったまま子供に無理をさせる。兵庫県伊丹市の中学校で30年以上、組み体操に取り組む吉野義郎教諭(54)は、問題の本質はそこにあると見る。

 吉野教諭が指導した学校では10段ピラミッドに成功。準備は3年計画で、下級生は受け身の練習や体力作りを重ね、中3で大技に挑む。力を合わせて作り上げる過程で「コミュニケーション能力を学び、成功体験で自信も付く。集中力や精神力も養われる」と意義を語り、「指導力や生徒の力量には差がある。現場に即した対策を考えてほしい」と、一律の規制に疑問を呈する。

 都内の小学校長は、組み体操をダンスなど別の集団種目に替えたこともあったが、保護者から「面白くない」と苦情が来たという。だが「今は逆立ちどころか、腕立て伏せもできない子がいる。教える技術もまちまち」と実態を明かし、「けがをしたら元も子もなく、負担のないレベルとすべきだ」と一定の制限はやむを得ないとの認識を示した。(運動部・勝俣智子)

 (2016年2月23日 読売新聞朝刊掲載)

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