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遺伝子改変 応用に懸念も…「受精卵」英で承認 不妊治療光明

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生命倫理の議論必要

遺伝子改変 応用に懸念も…「受精卵」英で承認 不妊治療光明

 遺伝子を自由に切り貼りできる新技術「ゲノム編集」の応用が世界中で広がってきた。

 難病の治療法の開発や作物の品種改良などが期待される一方、親が望む外見や能力を持つよう遺伝子を設計した赤ちゃん「デザイナーベビー」の誕生につながるとの懸念もある。技術の特許を米国勢が押さえているため、産業化が進むと、日本は多額の特許料を負担させられるとの指摘も出ている。

  ■国家レベルで初

 「受精卵のゲノム編集を承認する」――。英規制当局は今月1日、英フランシス・クリック研究所のチームの研究計画にゴーサインを出した。国家レベルの規制機関が、人間の受精卵のゲノム編集を認めたのは世界初だ。

 研究の狙いは、受精卵の成長に必要な遺伝子を調べること。将来、不妊治療の改良につながる可能性もある。受精卵のゲノムを編集して、受精7日後までの成長の過程を詳しく調べ、その後廃棄する。研究所の倫理委員会で承認されれば、数か月以内に実験が始まる見込みだ。

 英当局は、この受精卵を女性の子宮に移植し、赤ちゃんを作ることは禁じた。もし赤ちゃんが生まれると、全身の遺伝子が改変遺伝子になるうえ、この赤ちゃんが子供をつくった時に、子孫にも引き継がれる。特定の外見や能力を持つ「デザイナーベビー」につながる心配もある。安全性や倫理面の検討はまだ済んでおらず、禁止は当然だ。

 1998年に日本で公開された米映画「ガタカ」は、遺伝子操作で生まれつき優れた知能や体力を持つ人間が優遇される社会を描いた。自然な状態の人間は「不適正者」とのレッテルを貼られ、職業選択などで差別される。

 このような未来は、想像したくない。

  ■科学者サミット

 受精卵のゲノム編集が注目されたのは、昨年4月に中国の中山大学のチームが発表した論文がきっかけだった。赤ちゃんには育たない変異を持つ受精卵86個を使ってゲノム編集し、うち4個で遺伝子改変に成功したという。

 科学者らは昨年12月、米首都ワシントンで国際会議「ゲノム編集サミット」を開催、3日間の議論の末、「受精卵を改変して子供を作るのは無責任」との声明を出した。

 だが、「禁止」には踏み込まず、基礎研究については、むしろ推進の方向性が示された。サミットに参加した高橋智・筑波大教授は「重い遺伝病の根本治療につながる期待もあり、患者とその家族に配慮した結果だ」と明かす。

 日本では、遺伝子を改変した受精卵から子供を作ることを国の指針が禁じているが、強制力はない。基礎研究には規定すらない。サミットに出席した石井哲也・北海道大教授(生命倫理)は、「日本はゲノム編集の規制の議論が遅れている。幅広い分野の専門家や一般の国民を交えた議論が必要だ」と指摘する。

  ■産業応用に期待

 作物や家畜の品種改良への応用も進む。筑波大の 江面えづら 浩教授は、ゲノム編集で「腐りにくいトマト」を作った。京都大の木下政人助教らは、マダイの遺伝子を編集し、筋肉が増えて身を大きくすることに成功した。ブタや牛の肉の量を増やす試みもある。

 ただ、ゲノム編集では、遺伝子を改変した痕跡が残らない場合がある。自然に起きる突然変異と見分けが付かず、食品としての扱い方に課題が浮上している。

 もうひとつの懸念は、ゲノム編集技術の主な特許を米国勢がおさえていることだ。産業化が進めば、多額の特許料の支払いを求められかねない。このため国は、国産技術の開発を支援している。

 ゲノム編集に詳しい広島大の山本卓教授(ゲノム生物学)は、「研究で勝っても、産業化された場合に利益が海外に流れるようでは意味がない。国はゲノム編集の国家戦略を作るべきだ」と話す。

 医療や農業、食品分野など社会への大きな影響力を秘めたゲノム編集だが、支援と規制のあり方を総合的に考えていく必要がある。

簡便な方法開発

 まるでワープロで文章を編集するかのように、遺伝情報を自由自在に書き換えることから、ゲノム「編集」と呼ばれるようになった。

 カギとなるのは、DNAを切断する「はさみ」の役割をする酵素と、切断したい位置に酵素を導く案内役の分子。これまで主に3種類の方法が開発されている。

 中でも、2013年に米研究者らが発表した「クリスパー・キャス9」という方法は、簡便かつ安価とあって世界中の研究室に普及した。開発者らが近くノーベル賞を受賞するとの声も出ている。ただ、案内役の分子が誤作動するなどして、改変を狙っていなかった遺伝子を誤って改変してしまう問題も指摘されており、安全性はまだ確立していない。

  <ゲノムと遺伝子>

 ゲノムは、生物がそれぞれ持っている全遺伝情報のこと。4種類の塩基が二重らせん状に連なるDNA(デオキシリボ核酸)でできている。遺伝子はゲノムの一部で、酵素など生命活動に必要なたんぱく質の設計図となる。塩基の配列によって、合成されるたんぱく質が異なる。遺伝子以外のゲノムは、遺伝子の働きをコントロールする部分や、何も役割がない「がらくた」と考えられている部分などがある。

 (科学部・木村達矢)

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