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[番外編]筋ジストロフィーを病む詩人、岩崎航さん

編集長インタビュー

岩崎航さん トークイベント詳報(下)40歳の挑戦 一人暮らしを

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岩崎航さん トークイベント詳報(下)40歳の挑戦 一人暮らしを

ひげをはやし始めた岩崎さん

 筋ジストロフィーを病みながら生きる喜びを歌う詩人、岩崎航さん(40)が、初のエッセー集『日付の大きいカレンダー』(ナナロク社)の刊行を記念して2月6日、仙台市で開いたトークイベントの詳報後編は、質問コーナーです。聞き手は担当編集者の同社社長、村井光男さん。まずは、詩人、谷川俊太郎さんの質問から始まります。

  村井光男さん(以下、村)  谷川さんから質問を預かっています。岩崎さんは、五行歌も素晴らしいけれども、エッセーもすごくいい、品格のある文章とおっしゃっています。ナナロク社の本の中で一番意味があるとまで言われました。谷川さんもうちから3冊出版しているのですが、谷川さんがそう言うなら、たぶんそうなんだろうと思って、お礼を伝えました。その谷川さんが、『岩崎さんはこれからほかの表現に行くことはありませんか』とおっしゃっていたのですが、いかがでしょうか?

  岩崎さん(以下、岩)  基本は五行歌を書いてきたわけですが、詩の中では1行にしてみたり、5行でなく、6行とか7行などに、はみ出すことをやってみたりもしました。しかし、結局は五行歌が一番しっくり来る。また、エッセー集を形として出すことも、自分の新しい挑戦でしたが、エッセーの中に五行歌をまじえるなど、少しずつ自分の書き方ができつつあります。これからどうなるかわかりませんが、自分の中で動くものがあれば、新しい形式に行くこともあるかもしれませんね。

   エッセー集も完成まで2年かかりましたね。何度も直しを入れて、この2年間登山のようでしたね。ちょっと上に登ったら、また下がってというようなことを繰り返して1冊書き上げたので、谷川さんにこのような評価をいただけたのは (うれ) しいです。新しい表現の機会があれば試みるし、今はとりあえず五行歌やエッセーを深めますということですね。会場で質問されたい方はいらっしゃいますか。

  男性参加者  作家活動以外でこれから挑戦したいことがありましたら、ぜひ教えていただきたいと思います。

   つい最近私は40歳になりました。40代をどう生きようかいろいろ考えていて、新たな挑戦をしたいと思っていることがあります。今は両親と暮らしていて、訪問介護のヘルパーさんや、いろいろな訪問医療の方から助けを得ながら生活しているわけですが、一人で暮らすことをやってみたいと思っています。そうすると、様々な支援者、訪問介護や医療の皆さんの力を借りて、すべて自分で生活を組み立てていくことをしなければなりません。今もそうしているつもりですが、やはり家族に助けてもらい、守られて生きているというところもありますから、そういう意味で一人暮らしは私の一番の挑戦になります。全身不自由でも、このように医療機器を使いながらでも、一人で暮らしている方はいらっしゃるのですね。自分もそういうふうにして生き抜いていきたいと思うのです。

 一人暮らしをするということは創作とは関係ないように見えますが、『生きる』ということをテーマに詩を書いているので、やはり自分で暮らしていくというのは影響があると思います。両親も今は元気でいろいろ助けてくれるのですが、70代も半ばになって、体も大変になってきていますし、いつまでも年老いた両親の助けに甘えることはできないと思うのです。やはり、両親には自分の息子がいろいろな活動をして、生き生きと生きていっているという姿を見てもらうだけで、もう十分だと思うのですね。だから、苦労はすると思うのですけれども、一人暮らしを一番の大きな挑戦として考えています。

 それ以外では、既にいろいろとやってみたりもしているのですが、せっかく生きるのならば楽しく生きなくちゃと思いまして、暮らしを楽しむということもしたいと思っています。まあちょっと、遊び心もまじえてですが、新しいことをやってみようとちょっとお酒を飲んでみたりだとか。

 (会場、笑い)

   ワインを飲んだのですね。いかがでしたか? ワインは。

   意外においしいですねえ。

 (会場、笑い)

   20歳ぐらいの時に、一度、ビールを飲んだことがあったのですが、ちょっと飲み過ぎちゃったのか、具合が悪くなっちゃいまして(笑)。それでちょっとおじけづいて、やめたのですね。だけどお医者さんから酒を飲むなとは言われていないのです。経管栄養を使って、人工呼吸器をつけていても、量さえ過ごさなければ、どんどん飲んでいいですと言われているんです。楽しく、無理のない程度が前提ですけれどもね。

   ひげも最近はやされましたよね(笑)。

   そうですね。

   それちょっと僕ね。怪しいなと思っててね。

   賛否両論なんです(笑)。

   「岩崎さん、つるつるの方がいい」という人もいるでしょう?

   まあ何となくそういう声も(笑)。だけど、こうやって新しいことをやってみるのはとても面白い。そういうこともしながら、一人暮らしという大きな挑戦も、苦労はあるでしょうけれども、あえてやっていきたいと思うのです。

  女性参加者  岩崎さんが今一番読んでみたい本を教えて下さい。

   いろいろあるのですが、谷川俊太郎さんとやり取りをさせていただいて、しかもこの度は、直接、メッセージの形で手紙をいただきました。そこに書かれていた言葉は、私に宛ててくださった言葉ではあるのですが、そこだけにとどまらないような……。生きることの根源的なものを、生きようとする気持ちがどこから来るのかということを深く見ている、見つめていく言葉だと思うのです。そういう言葉に接したことからも、谷川さんの詩集やエッセーはかなり出ていますが、今、一番読みたい、一番関心を持っている本です。谷川さんの書かれた本をもっと読んでいきたいと思います。

   ありがとうございます。谷川さんはナナロク社からも出版されていますものね(笑)。完璧な答えですね。

   ちょうど『ひとり暮らし』というエッセー集もありますね(笑)。

   あります、あります。他社の本ですね(笑)。

 (会場、笑い)

  男性参加者  詩集を読ませていただいて、勇気と生きる力をいただいたような気がしております。岩崎さんは17歳の時に自殺を考えられたことがあるそうですが、先日、仙台市内の中学2年生の子どもが自殺をして、亡くなったというニュースがありました。そういった悲しいニュースが時折聞かれますが、岩崎さん自身がそのようなニュースに触れた時に、どのようにお感じになるのか。また、もし心に闇を抱えている若者たちがいたならば、どのような声をかけてあげたいか、伺いたいと思いました。

   若い、10代の子どもたちが自分で死を選んで、自殺してしまうニュースは度々聞きますが、想像もできないいろいろなことがあって、苦しみがあって、耐えきれなくて、追い詰められてしまって、1人で抱え込んでしまって、よほどのことがなければ、そこまで至らないと思うのです。本当にどうにも逃げ場がなかったと思うのですけれども、それでもあえて私が声をかけるとしたら、『何とか踏みとどまって、どんな手段でもいいから、とにかく、お願いだから生きていてくれないか?』と声をかけたいですね。

 その人がどんなに追い詰められていたのか状況もわからないのに、こういうことを言うのは無責任に響くかもしれません。私も自分で死のうと思ったこともあって、踏みとどまって、その時はとても苦しかった。とても追い詰められて、自分が闇に包まれていた。だけど、何とか踏みとどまって生きるということにして、今、自分が生きていて思うのは、生きたことで新たな苦労や苦しみを抱え込み、耐え難いこともいろいろあったのですが、一方で、本当に生きていて良かったと思うこともあったのです。

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人生初というサイン会で来場者と交流。村井さんが代わりに岩崎さん所有の『航』の印を押した

 こういう不自由な体で、人から見れば何もいいことがないのではないかと思われるかもしれません。それでも、あの時にぎりぎりのところで踏みとどまって生きることにして、本当に良かったと今、心から感じているのです。

 今、たった1人で誰にも気付かれずに苦しみを抱えてもがいている人は、閉ざされた心境で、どうしても考えが狭くなって、縮こまって、この先いいことなんてないだろうとか、自分は生きていても仕方ないと思っているかもしれません。

 そう思い込む必要はないのに、そう思い込んでしまっていると思いますが、生きていると何が起こるかわからないんですね。もちろん、悪いことも起こるかもしれませんし、もっと苦しいことに出会うかもしれません。だけど、いいことにも出会う。素晴らしい人に出会うかもしれない。自分のことを本当にわかってくれる、そのままで自然に受け止めてくれるような人に出会えるかもしれません。自分はこれがしたいとか、仕事に限らずこれをして生きていきたいという、生きがいのようなものが見つかるかもしれない。何か自分を新たに動かしてくれる出来事に出会うかもしれない。本当に、ああ生きていて良かったと思う瞬間も訪れる可能性があると思うのです。

 だから、何とか生きていてほしいということを心から思いますし、心から伝えたいのです。もし、僕が死のうと思っていた17歳の時に、タイムマシンでもあって、もし戻ることができたなら、『先に何が起こるかわからないのだから、何とか (しの) いで生き延びてくれ。ここで踏みとどまってほしい』とお願いすると思うのです。今、本当に苦しんでいる若い人に向かって、何とか生きていてほしいと伝えたいです。

   最後の質問の答えが、岩崎さんが生きるということをどう考えるかの答えにもなっていたと思います。岩崎さんの作品には、『何とかして踏みとどまって生きていてほしいんだ。生きよう』と呼びかけるような思いが、どの五行歌にもエッセーにも根底に流れているということですよね。これからも多くの言葉を生み出していってほしいなと思います。

 

  【朗読】

  一歩、踏み出し/走りだせたら/その勢いは/小さな自分を/狩り出していく

 

  他人がではない/自分で起こした/人生の胎動は/どんどん/ (ひろ) がってゆく

 

  抱え込む/その、鉄格子なき/ 牢獄(ろうごく) のなかで/こころの底から叫んだのなら/それが  烽火(のろし)

 

  春の便りが/カーボンコピー/されてくる/この白き/ 病牀(びょうしょう) 六尺

 

  雪が/降っていて/手鏡を/そっと差し出す/母がいて

 

  暮らしを楽しむ/楽しもうとする/そのこころが/とても大事だということを/知っ

 

   最後に岩崎さんから一言お願いします。

   私はこういう体でこういう病気を持って生きてきたわけですが、病気を持っている人の本だからだとか、闘病記だからということではなく、一人の人間として私が生きている中で書いてきた言葉を読んで下さって、それぞれ違う人生を生きるご自身の思いに私の言葉を重ね合わせて、心を動かしてくださっていることはとてもうれしいことです。そのことも私の生き抜く力になっているのです。この度はご来場いただきまして、ありがとうございました。

 (会場、大きな拍手)

 ※朗読した詩はすべて『日付の大きいカレンダー』所収

 (終わり)

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岩永直子(いわなが・なおこ)

1973年、山口県生まれ。1998年読売新聞入社。社会部、医療部を経て、2015年5月からヨミドクター担当(医療部兼務)。同年6月から2017年3月まで編集長。

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