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心療眼科医・若倉雅登のひとりごと

医療・健康・介護のコラム

脳脊髄液減少症、「保険金目当て」「心因性」と解釈されてきたが…

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 先日のコラム( 「ぼやけて見える」には2種類の原因…テレビ番組で大反響 )でもとりあげた脳脊髄液減少症(髄液漏れ)について、ブラッドパッチ(自家血硬膜外注入)が4月から保険適用されるという朗報が流れました。脳脊髄液が漏れている部分に、自分の血液を注入してのり付けする治療法です。

 これは、医師や研究者らの功績というより、この症状に悩まされ続けたにもかかわらず、保険でも裁判でも認められにくかった当事者が、声を上げ続けた結果だと私は思います。

 医師の一部は、脳脊髄液減少症という病態の存在自体を、さしたる根拠もなく、「ありえない」と否定していました。頭頸部外傷や尻もち外傷をきっかけにさまざまな症状が生じることが多い中、「保険金目当て」とか、「心因性」などと解釈されていたのです。

 症状は非常に多彩で、症例ごとに部位や性質の異なる痛みや不調がある点も、ひとつの疾患単位として認められにくかったことは確かです。しかも、痛みや不調の自覚症状は、検査などで客観的に証明しにくく、検査値や画像には表れないと非器質的疾患、心因性疾患に分類してしまう臨床医の習性が問題なのかもしれません。

 実際、医師自身が、その症状になって実感してやっとわかるという事例もあります。

 古くから頭頸部外傷後に、ピントが合いにくくなったり、動いているものが見にくい、あるいは尋常でないまぶしさを感じたりする症例があることが知られていました(その一部は本症かもしれません)。しかし、多くの眼科医は、今でもこれを心因性としているのです。

 自身の運転する車に追突されて、そうした症状が出現した知り合いの眼科医が、「患者の言っていることが本当だったとやっとわかった」と、私の前で告白したことがありました。

 脳脊髄液減少症で闘病する宮城県の内科医が、同病者の署名を集めて厚生労働大臣に提出したという新聞報道が以前ありました。当事者になって、はじめてわかることもあるのです。

 しかし、まだまだ問題点や、心配なことがあります。

多彩な症状の中で、視覚に関する症状はかなり多いと思われます。しかし、多くの眼科医は脳脊髄液減少症に種々の視覚異常症状があることを認識していませんし、本症の研究者にも視覚系の専門家が含まれていないので、そうした症状の解明はほとんど行われていないのです。

 私の懸念は、視覚症状を主体とした症例を見落とす可能性があることに加え、多彩で頑固な症状があっても、髄液漏出が検査上あるかないかの境界線だと、診断から除外されてしまう恐れです。

 こうした高次脳機能障害では、髄液漏れだけが問題なのではなく、頭部外傷などに際して種々のメカニズムで脳に損傷が起こり、その後のわずかな髄液漏れでそれが悪化していく可能性もあると考えるからです。

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201505_第4回「読売医療サロン」_若倉

若倉雅登(わかくら まさと)

井上眼科病院(東京・御茶ノ水)名誉院長
1949年東京生まれ。北里大学医学研究科博士課程修了。グラスゴー大学シニア研究員、北里大学助教授、井上眼科病院副院長を経て、2002年から同病院院長。12年4月から現職。日本神経眼科学会理事長、東京大学医学部非常勤講師、北里大学医学部客員教授などを歴任。15年4月にNPO法人「目と心の健康相談室」を立ち上げ副理事長に就任。「医者で苦労する人、しない人 心療眼科医が本音で伝える患者学」、「絶望からはじまる患者力」(以上春秋社)、「心療眼科医が教える その目の不調は脳が原因」(集英社)、医療小説「茅花流しの診療所」、「蓮花谷話譚」(以上青志社)など著書多数。専門は、神経眼科、心療眼科。予約数を制限して1人あたりの診療時間を確保する特別外来を週前半に担当し、週後半は講演・著作活動のほか、NPO法人、患者会などでのボランティア活動に取り組む。

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