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ケアノート

医療・健康・介護のコラム

[渥美由喜さん]介護・子育て相乗効果…父は笑顔に 息子は優しく

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[渥美由喜さん]介護・子育て相乗効果…父は笑顔に 息子は優しく

「今、父にとって一番幸せな時間は孫たちと過ごす時間。介護といっても僕は付き添いみたいなものです」(東京都千代田区で)=秋月正樹撮影

 ワーク・ライフ・バランスのコンサルタント、渥美 由喜なおき さん(48)は、父・ 光純こうじゅん さん(80)の介護と子育てという「ダブルケア」を抱えながら、仕事を続けています。息子は9歳と6歳。光純さんは認知症で要介護1。「育児と介護が同時だと、『大変ですね』と言われますが、メリットも大きいんです」と話します。

精神科に入院

 2009年のことです。夜中に目を覚ますと、枕元でゲラゲラと笑い声がしました。実家で一人暮らしをしているはずの父です。車であちこち走り回った末、渡してあった合鍵で入って来たのです。

 後日、気晴らしになればと父を車で連れ出しました。すると、今度は運転中の僕の首を絞め始めたのです。軽い認知症でしたが、それにしても暴力的です。その後も色々あり、その年の暮れに精神科に入院させました。

 認知症と統合失調症の併発との診断でした。統合失調症は若い時に患ったことがあったのですが、02年の母の他界を境に、服用していた薬を飲まなくなっていたのです。

 父が入った隔離病棟は、鉄格子に遮られていました。その中で、シーツをかぶってしゃがみ込んでいる父の後ろ姿に、僕は泣き崩れました。

 幸い、光純さんの統合失調症は劇的に回復し、3か月で退院できた。その頃に次男が生まれ、渥美さんは育児休業を取り、しばらく実家に泊まり込んだ。後々必要と考え、介護休業は取らなかった。

恩返しでき幸せ

 育休を取るのは長男の時に続いて2回目でした。育児は妻と分担していますが、妻の方が高給だから僕が取るのが合理的なんです。上司はいい顔をしませんが、全く気にしません。

 僕自身、発達障害です。このため、いわゆる「空気を読む」ことが苦手で、小学生の時から人の言葉の裏が分からず、けんかやトラブルが絶えませんでした。両親はこれを個性ととらえ、小さい頃から長い目で見てくれました。だから、介護は恩返しだと思っています。母は亡くなりましたが、父にだけでも親孝行できて幸せです。

 弟夫婦や妻も助けてくれますが、介護の中心的存在は僕です。僕の父親ですから。父は一時期、便意に気付けずオムツをしていましたが、排せつ介助は実の息子でもつらいものです。義理の関係ならなおさらでしょう。

 光純さんは今は一人暮らし。渥美さんはデイサービスやヘルパーを活用しながら、通いで介護を続ける。仕事が中断されることもよくあるという。

IT機器を活用

 父の行動は、まるで突発の嵐。「お母さんがいないから捜しに行く」と仕事中に電話してきたり、詐欺に遭いかけたり。持病の肺気腫でたびたび入院もします。デイサービスの人に酸素吸入器の管が逆になっているのを指摘されたのに、それを頑として認めず、僕が駆けつけたこともあります。

 こうなると僕は顧客のところに行けません。代わりに部下を送り、パソコンのテレビ電話でやりとりします。 徘徊はいかい する父を追跡しながら、仕事をしたこともありました。

 仕事を辞めたら一時的には楽かもしれませんが、仕事には介護ストレスを分散してくれるメリットもあります。ITツールをフル活用し、どこまでできるか試そうと思っています。

 夕方、学童保育や保育園から息子たちを引き取って実家へ直行。夕食を作って4人で食べ、入浴後に帰宅。ちょうど妻が戻るので育児を交代――。渥美さんは2日に1度こういう生活を続ける。

 父の症状が重い時は「お前は宇宙人だ」と言われ、手も上げられました。でもダブルケアだからこそ、乗り越えられたと思っています。介護と育児の相乗効果ですね。育児の大変さがわかると、「自分も小さい頃、親に迷惑かけたな」と思い返し、父の言動も苦にならなくなるのです。

 それに、介護は子どもを交えたほうが絶対いい。父は生きる希望を持つようになったし、息子たちも弱者に優しい子に育ちました。バスの中で率先してお年寄りに席を譲ります。父には子育てを手伝ってもらっているようなもの。むしろ感謝しています。

 デイサービスの帰りに果物を買うのが父の日課。その果物を父が切って出すと、息子らは大喜び。「ありがとう」と言われた父は、満面クシャクシャの笑みになるのです。できるだけ、こんな場面を作るようにしています。

 息子たちには今後も父に関わらせます。成人後は本人次第ですが、どれだけ自主的に関われる人間になるか。僕の子育てが問われるところです。(聞き手・植松邦明)

  あつみ・なおき  ダイバーシティー・コンサルタント。東レ経営研究所主任研究員。1968年、東京都生まれ。企業を対象にワーク・ライフ・バランスに関する相談に応じる。厚生労働省「政策評価に関する有識者会議」委員。著書に「長いものに巻かれるな!」(文芸春秋)。

 ◎ 取材を終えて  渥美さんの実家を訪ねると、光純さんが孫たちと楽しんでいた。肺を病んで鼻にチューブを付けているものの、かつての症状の重さなどみじんも感じさせない。ソファで孫を抱きかかえたり、野球ゲームの相手をしたり、宿題をする孫をほほ笑ましくみつめたり……。「私は恵まれています」と、生き生きした笑顔で語る光純さん。渥美さんが子どもを交えた介護を勧めるわけを改めて実感した。

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