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心療眼科医・若倉雅登のひとりごと

医療・健康・介護のコラム

なぜ?日本で軽視されている視覚障害者

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 福祉サービスの対象を考える時、我々にはどうしても高齢者とか子育て世代のことがまず頭に浮かび、国の施策もそこばかり見ているように思われます。

 しかし、最初に考えるべき対象は、心身の病や障害を持っている人々のはずだということは、前回書きました。

 彼らは、収入を得る道を閉ざされやすく、また自身が子育て世代や高齢者になると当然、社会における究極の最弱者になるからです。

 中でも、視覚障害者は、その社会生活への影響は甚大なのに、なぜか日本では軽視されてきた歴史があります。

 江戸時代以降、幕府などが、マッサージ、 按摩(あんま)鍼灸(しんきゅう) を独占的職種として求めたり、金融業や、琵琶法師や 瞽女(ごぜ) さんのように 音曲(おんぎょく) の演奏家として公認する政策は行われました。いわば盲人を一般社会とは別個のグループにして保護したわけで、それはそれで当時としては立派な政策であったかもしれません。しかし、盲人を自分たちの社会から隔絶するという日本人の意識が、国際感覚から離れてしまう結果をもたらしています。

 例えば、障害者の雇用率の中で、視覚障害者は常に最も低い数値を示します。

 障害者の雇用の促進等に関する法律で、従業員50人以上の事業者は法定雇用率に従って障害者を雇用しなければなりません。しかし、事業者の多くは、視覚障害者以外の障害者を雇用するのです。

 目に不自由のある人が、他の社員の中に入ってどういう仕事をするのか、想像がつかないのかもしれません。自分と同じ土俵に、視覚障害者が当たり前のように存在することに思いを致せないのです。それが、国際感覚からかなり外れているとは思いもよらないのだろうと思われます。

 しかし、同じ事業者は、足が不自由で車いす生活の人や、精神疾患はあるが、薬物などで症状がよく緩和されている人が障害者枠で勤務することには、さほど抵抗はないようです。

 米国医学会は国際的にも利用される視覚障害の詳細で綿密な手引書を作成し、数年ごとに改訂しています。

 日本の視覚障害の認定は1955年に制定された法律に基づいて視覚障害の別表を利用しています。米国のものに比べ根拠に乏しく、これまで抜本的な改訂はなく、今日の医学の進歩や人々の意識変化に追いついているとはいえません。

最も異なるところは、日本の基準では眼球運動や複視(ものが二つに見える)の項目が欠如している点です。

 このことは、また後ほどの連載で触れる、眼筋型重症筋無力症をめぐる問題と深い関わりがあります。

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201505_第4回「読売医療サロン」_若倉

若倉雅登(わかくら まさと)

井上眼科病院(東京・御茶ノ水)名誉院長
1949年東京生まれ。北里大学医学研究科博士課程修了。グラスゴー大学シニア研究員、北里大学助教授、井上眼科病院副院長を経て、2002年から同病院院長。12年4月から現職。日本神経眼科学会理事長、東京大学医学部非常勤講師、北里大学医学部客員教授などを歴任。15年4月にNPO法人「目と心の健康相談室」を立ち上げ副理事長に就任。「医者で苦労する人、しない人 心療眼科医が本音で伝える患者学」、「絶望からはじまる患者力」(以上春秋社)、「心療眼科医が教える その目の不調は脳が原因」(集英社)、医療小説「茅花流しの診療所」、「蓮花谷話譚」(以上青志社)など著書多数。専門は、神経眼科、心療眼科。予約数を制限して1人あたりの診療時間を確保する特別外来を週前半に担当し、週後半は講演・著作活動のほか、NPO法人、患者会などでのボランティア活動に取り組む。

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