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遺伝データ 規制と活用…個人情報保護法の対象に

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遺伝データ 規制と活用…個人情報保護法の対象に
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 体質や病気のかかりやすさなどを示し「生命の設計図」ともいわれる私たちの遺伝情報が、個人情報保護法の改正で規制対象となる見通しとなった。

 遺伝子ビジネスの拡大でルール作りが急がれる一方、医療や研究を阻害するとの声もある。専門家からは医療分野の個人情報に特化した法律を求める意見が出ている。

 ■ 戸惑い

 「これまで集めたデータは使えるのだろうか」。科学技術振興機構でバイオサイエンスデータベースセンター長を務める高木利久東大教授は戸惑いを隠さない。

 同センターでは、病院や研究機関が患者の血液や唾液などから取得したゲノムデータを集約し、国内外の研究機関や製薬会社などと共有する事業を進める(図1)。個々の患者に適した「オーダーメイド医療」も夢ではないとされるゲノム医療。鍵はビッグデータの収集と解析だが、先行きに不安を感じるという。

 医学界ではこれまで、ゲノムデータそのものは「個人情報」ではないとして、提供者の氏名などを外して仮名化し、関係機関の間でやりとりしてきた。

 ところが、今回の改正で、名前や住所がなくても、特定の個人を識別できる符号は「個人識別符号」という個人情報であると定義。これにより図2のように、4種の塩基の文字列にすぎない「ゲノムデータ」でも「個人識別符号」になる。さらに、こうしたデータに「がんの遺伝子変異」などの医学的意味が加えられた「ゲノム情報」や、子孫へ受け継がれる「遺伝情報」は、特に厳しい取り扱いが必要な「要配慮個人情報」に位置づけられる見通しだ。

 要配慮個人情報になると、第三者に提供したり利用目的を変更したりするには本人の同意が不可欠となる。高木氏は「米国は100万人分のデータを集めたが、当センターは2万人弱。取り扱いが難しくなれば、データの流通や共有に影響し、国際競争に負けてしまう」と懸念する。

 もちろん海外でもゲノムは重要な個人情報として扱われている。だが、特に厳しい規制導入を検討する欧州連合(EU)でさえ、医療や介護、研究などは規制適用を除外する見通しだ。日本の個人情報保護法の適用除外は「学術研究機関が行う学術研究」のみで、病院や製薬会社、民間の研究者などは適用対象。しかも、同法は民間だけに適用される法律で、行政機関や大学、自治体などはそれぞれ別の法や条例で対応する。同センターの川嶋実苗研究員は「海外との共同研究も重要だが、海外と適用範囲に差が出るとデータ共有に影響が出てしまう」とみる。

 ■ 検査ビジネス

 規制の背景には、医療や研究とは別の側面もある。健康管理やダイエットなどを目的とした遺伝子検査ビジネスの拡大だ。

 遺伝子検査ビジネスは、米国では自動解析装置の能力が飛躍的に向上した2000年代半ばから盛んになり始めた。グーグルの共同創業者セルゲイ・ブリン氏の妻が設立した「23andMe」の場合、ネットで申し込むと検査キットが自宅に届き、自分で唾液をとって送り返すだけ。1万円程度で200種類以上の病気のなりやすさが分かる手軽さで、100万人以上のデータを集めたとされる。

 日本でも一昨年、ヤフーやDeNAなどが相次いで参入し、一気に注目された。現在は海外検査会社の取次業者も含めれば国内に700社を数えるとされるが、中には検査の実態が不透明だったり、プライバシーのルールがわかりにくかったりするものもある。

 「遺伝子検査を使ったオーダーメイド化粧水」の販売をうたう業者の場合、初回の購入は検査も含めて1本500円と格安だが、消費生活センターには契約を巡る苦情もあるという。

 子供対象の遺伝子検査もある。結果を子育てや英才教育に役立てようとうたい、料金は数万円から数十万円。専門家は「生涯変わらない重要な個人情報を、判断能力が十分でない子供に提供させるのは倫理上問題がある」と批判する。

 米国では既に、特定の疾病リスクが高いとして雇用を拒否されたり、保険加入の際に遺伝子検査を求められ、拒否すると高い保険料を課せられたりしたケースが報告されている。このため08年に成立した遺伝子差別禁止法(GINA法)で保険や雇用での差別を禁止。それでも雇用に関する米国の監督機関EEOCには遺伝子差別の訴えが年に300件前後寄せられている。

 日本にはゲノムを使うこと自体への法規制はなく、医療機関が関与せず、医師法の対象にもならない場合は、景品表示法や特定商取引法など販売方法で規制する以外なかった。ヤフーなど37社が加盟する個人遺伝情報取扱協議会ではセキュリティーや検査体制などについて自主ルールを作り、一定レベルに達した会社を認定する独自の審査制度を始めようとしている。ただ、審査を申し込んだのはまだ13社に過ぎない。

 <個人識別符号>

 特定の個人を識別する文字や番号など。例えば、指紋や顔など身体の一部の特徴を変換したデータや、商品購入やサービス利用で個人に割り振られる番号や記号。

 <要配慮個人情報>

 個人情報の中でも特に取り扱いに配慮が必要な機微情報。条文には病歴や人種、信条、犯歴などが例示されている。

医療ゆえに特殊性 特別法求める声

 「規制は必要。だが今の個人情報保護法の枠組みでは対応に無理がある」。財団法人医療情報システム開発センターの山本隆一理事長は医療健康分野で扱う情報の「特殊性」を指摘する。

 同法では本人の「同意」さえ得られれば、基本的に何でもできるが、ゲノムの場合、本人の同意を得るだけでは不十分で、その影響は子孫にも及ぶ。同法の保護対象は生存者だけだが、ゲノムでは死者の情報であっても勝手に使えば生存する家族の権利を侵害しかねない。髪の毛や尿、爪などから簡単に入手できるのも特徴で、「悪意ある行為に対処し難い」という。

 施行を前に、政府は策定中の政令や指針で対処できないか模索中だが、山本氏も委員となっているゲノム医療に関する政府の有識者会議では「小手先の解決ではなく、特別法を作るべきだ」との声が相次いだ。

 もともと個人情報保護法は13年前の成立時、付帯決議で医療の個別法制定が求められていた。プライバシーを守りつつ高度な医療を実現するためにも、特別法の議論は急務だ。

 (編集委員 若江雅子)

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