がん診療の誤解を解く 腫瘍内科医Dr.勝俣の視点
医療・健康・介護のコラム
抗がん剤は通院でやりましょう(その2)
抗がん剤を入院でやっているという現状
前回、「抗がん剤治療は外来通院が原則」に変わってきているとお話ししました。
しかしながら、この原則は、海外先進諸国での現状であり、日本では一部の施設でしか導入されていないといった状況なのです。
表をご覧ください。このデータは、2010年度の厚生労働省のデータ(※1)をもとに作成したものですが、各種がんの抗がん剤の入院実施率を示しています。抗がん剤投与のため、1回以上入院した割合(%)を示しています。
これを見ますと、乳がんが最も入院実施率が低い、すなわち、最も外来で抗がん剤が実施されていると言えます。しかし、乳がんのハーセプチンでさえも、50%の入院実施率です。ハーセプチンは、初回投与時に少しのアレルギーの副作用がある程度で、外来治療が初回治療から可能な抗がん剤(分子標的薬)です。ハーセプチンは、3週間ごとに点滴で治療をしていくのですが、おそらくは、多くの施設の半数(50%)で、初回治療を入院でやって、2回目以降を通院でやるということであろうと思われます。
疾患 | 抗がん剤の組み合わせ | 全施設数 | 入院実施率 | 平均在院日数 |
---|---|---|---|---|
乳がん | FEC (エピルビシン・エンドキサン・5FU) | 1214 | 41% | 7日 |
乳がん | ハーセプチン | 1214 | 50% | 5日 |
乳がん | パクリタキセル | 1214 | 39% | 7日 |
膵臓がん | ゲムシタビン | 1264 | 91% | 26日 |
大腸がん | FOLFOX (オキサリプラチン・5FU) | 1394 | 77% | 8.1日 |
胃がん | シスプラチン+S1 | 1399 | 75% | 5.6日 |
肺がん | TC (カルボプラチン+パクリタキセル) | 818 | 65% | 23.6日 |
卵巣がん | TC (カルボプラチン+パクリタキセル) | 795 | 89% | 9.7日 |
卵巣がん | ドキシル | 795 | 56% | 8.4日 |
肺がんと卵巣がんの抗がん剤の違い
肺がんと卵巣がんのデータを見てみましょう。肺がんと卵巣がんで使われるTC療法は、カルボプラチンとパクリタキセルという同じ薬剤が使われます。同じ薬剤でも投与量が異なっており、肺がんの方が、TC療法の標準投与量が卵巣がんよりも多く規定されています。また、肺がん患者さんは、卵巣がん患者さんより、高齢の患者さんが多いです。そう考えると、肺がん患者さんの方が、入院実施率が高いのではないかと予想されます。しかし、このデータを見ると、肺がん患者さんの方が、入院実施率が低いデータになっています。
この理由としては、肺がんの抗がん剤治療は、腫瘍内科医や呼吸器内科医が行っているのに対して、卵巣がんの抗がん剤治療は、腫瘍内科医ではなく、婦人科医がほとんど行っていることではないかと思います。すなわち、専門医がより多く施行しているかどうかの違いが、外来で抗がん剤を実施しているかどうかの違いとなって表れているとも言えます。
私自身、この表に示した抗がん剤については、よっぽどの理由がない限りは、ほとんど入院で行ったことがありません。初回治療から、外来で実施しています。しかし、そのような施設はごく一部の病院であり、この表が示すように、ほとんどの病院では、1回以上は入院で抗がん剤治療が行われているという現状があります。
抗がん剤治療を通院ですることのメリット
通院で抗がん剤治療を行うことのメリットはと言いますと、やはり患者さんのQOL(生活の質)を高められることだと思います。入院生活というのは、普段のご自身の生活から隔離された場所で過ごさねばなりません。病院食を強制的に食べさせられ、就寝時間も決まりがあり、自由に過ごすことはできません。通院で治療ができるのであれば、通院でやる方が、患者さんのメリットになることは明快なことと思います。
「副作用が心配」と多くの患者さんが思われます。
抗がん剤の副作用が怖いから、最初は入院を希望する、という患者さんもいらっしゃいます。入院で抗がん剤を行うことで、このような患者さんの不安に対処できるという点がありますが、抗がん剤の副作用に関して、外来でも十分にうまく管理が可能であることを丁寧にお話しさせていただきますと、たいていの方は納得してくださいます。
私の患者さんの例ですと、北海道の苫小牧市から、毎週抗がん剤をやるために上京して来られた患者さん、九州の壱岐島から3週間に1度の抗がん剤治療に通われて来た患者さんもいらっしゃいました。お年寄りの方でも、86歳の卵巣がんの患者さんは、千葉の船橋市から東京・武蔵小杉まで、毎週通院の抗がん剤治療を受けに来られた患者さんがいらっしゃいました。この方は、初回の抗がん剤から、再発後の抗がん剤治療も含めて、50回以上の抗がん剤をやってきましたが、抗がん剤治療のために入院したことは一度もありませんでした。抗がん剤をやりながら、趣味のカラオケに行ったり、旅行に行ったりして、生活を楽しんでおられました。
白血球を増やす薬:G-CSF製剤の使い方
抗がん剤の副作用管理のしかたも施設によって、また専門医がいるかどうかによっても大きく変わります。抗がん剤治療の副作用で、最も注意をしなければいけないのが、白血球減少の対策です。白血球減少は、重症な感染を引き起こすことがあるので、気をつけなければいけないのです。
この白血球減少に対応する薬として、白血球を増やす薬があります。この薬は、G-CSF(ジーシーエスエフ: 顆粒 球コロニー刺激因子)と呼ばれ、白血球をつくる造血細胞を刺激し、白血球を増加させる薬です。
「そのような薬剤があるのなら、どんどん使って、安全に抗がん剤ができるようになるだろう」と思うと思いますが、どんな薬剤でもむやみに使えばよいというわけではありません。
どんな薬にも副作用があります。G-CSF製剤の副作用はと言うと、骨の中にある造血細胞の急速な造血を促すために、ひどい腰痛を起こすことがあります。また、患者さんはこのG-CSF製剤を打つために、毎日皮下に注射を打たねばなりません。G-CSFは血中濃度が半分に薄まる期間(半減期)が短いために、連日の投与が必要となります。このG-CSFを打つのは、白血球減少が起きてから、ということになります。白血球減少が表れるのが、抗がん剤を打ってから2週間前後になりますので、この時期に患者さんは、G-CSFを連日打たなければなりません。入院している場合は、連日の投与のために入院が延期されますし、通院で抗がん剤をしている場合には、毎日G-CSF製剤を打つために病院へ来なければなりません。
ただ、このG-CSF製剤をすべての白血球減少の起こった患者さんに打たなければならないのかというと、そうではありません。白血球が減少しただけでは打つ必要はなく、感染症を起こすリスクが高い患者さんにのみ打つことが診療ガイドラインなどで勧められています(※2)。感染症を起こすリスクが高い患者さんというのは、どういった場合かというと、合併症として肺炎や 膿瘍 をもった患者さん、高齢者で栄養状態が悪い患者さんなどの場合、また、非常に強い白血球減少を引き起こし、感染症発症リスクが20%以上の高い抗がん剤を使う場合(多くは血液腫瘍の抗がん剤)になります。
G-CSF製剤の過剰投与の実態
例えば、卵巣がんのTC療法(カルボプラチン+パクリタキセル)を使う場合、感染症の発生リスクは、9%と報告されています。従って、まったく合併症のない卵巣がん患者さんには、G-CSFの適応はないとされています。G-CSFを使わずとも、もし感染症を起こした場合には、適切な抗生物質を使うなど、しっかりとした対応を行えば安全に管理できるということです。
しかし、残念ながら、日本では、抗がん剤の専門家が少ないせいか、このG-CSFが使う必要のない患者さんにまで過剰な投与が行われているという実態があります。抗がん剤の専門家でないと、白血球減少時の感染症にうまく対応する自信がないため、白血球減少をひどく恐れて、つい過剰なG-CSF製剤を投与してしまうということです。
日本の卵巣がんのTC療法を行う患者さんで、93%が過剰な投与がなされているという実態を我々は報告しています(※3)。これは、日本の104施設で1050人にTC療法が行われた卵巣がん患者さんのデータを解析したものです。
抗がん剤を処方することは、医師であれば誰でもできますが、きちんとした抗がん剤の副作用の管理は、誰にでもできるわけではありません。それには、十分な知識と経験をもった専門性の高い医師が管理することが必要となります。
抗がん剤の副作用をきちんと管理することによって、患者さんは、不必要な入院を強いられることなく、不必要なG-CSF製剤を打たれることなく、通院しながら、ご自身の生活の質を大切にしながら、日常生活を送れることになります。
抗がん剤の副作用にもうまく対処しながら、日常生活を楽しみましょう。
参考文献
1.平成22年度「DPC導入の影響評価に関する調査結果および評価」厚生労働省資料より
2. 2.日本癌治療学会 G-CSF 適正使用ガイドライン2013 年版ver.2
3.Harano K. Katsumata N. J Gynecol Oncol 25,2:124-129
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術後抗がん剤治療(初回)で入院中に、抗がん剤投与前後にやった事です。
・24時間の尿量を計る(抗がん剤が尿と一緒に正常に排泄可能かどうかの確認ですね)
・薬剤師さんから直接薬についての説明を受ける。
・投与後の経過観察(骨髄抑制の起きる抗がん剤だったので、白血球の減少や感染症の警戒ですね)
2週間の入院で、私も長いな〜と思いましたよ。けれど「このくらいしっかり対応するんだ」と納得。なので「初回からケモを外来でやっている」という事実に正直びっくらぽんです。
入院中にQOLが落ちるということは特に感じませんでしたが、勝俣先生がおっしゃる事はわかるけれど、どんなに副作用対策が進んでも、せめて初回くらいは入院させて欲しいですね。個人的には。(ケモテラピーやる以上は、予期しない事が起きる可能性0じゃありませんよね)
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膵がんで外来化学療法室のお世話になっています。現在の抗がん剤治療はFORFILINOXです。 4回目の治療で,オキサリプラチンの点滴開始直後に,...
膵がんで外来化学療法室のお世話になっています。現在の抗がん剤治療はFORFILINOXです。
4回目の治療で,オキサリプラチンの点滴開始直後に,アナフィラキシ・ショックで意識を失いました。看護師の迅速な対応で,命を救われました。その後,オキサリプラチンを外して治療を続けています。抗がん剤治療の解説冊子の一言が,重いものであることを実体験しました。
今回の経験で,外来化学療法室の様々な工夫が理解できました。
・アナフィラキシ・ショックのような迅速対応を必要とする可能性がある患者は,看護師ブースの近くに配置し,複数の目が届くようにする。オキサリプラチンは蓄積するので,治療回数が増すと注意を強くする。
・点滴機器は5分タイマーでセットする。アナフィラキシ・ショックを発症しても注液量を最小にする。看護師は頻繁に点滴の状況を確認し,機器を操作する。
このような手間のかかる処置は,多数の看護師を流動的に配置できる外来化学療法室の特徴で,入院病棟の看護師には困難と推測しています。外来化学療法室は厳しい薬剤を使う際の危機管理ができています。患者として安心できます。
今回の経験以降,抗がん剤を点滴している時は,看護師に体調をこまめに報告するように注意しています。リラックスするのは良いですが,寝てはいけませんね。
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