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[展望 2016] 「安心」の花 再び美しく

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社会保障部長 猪熊律子

[展望 2016] 「安心」の花 再び美しく

 「ハムレット」のオフィーリアさながら、青いドレスに身を包んだ女優の樹木希林さん(73)が、川の中に横たわっている。傍らに「死ぬときぐらい 好きにさせてよ」の文字。1月5日、全国紙朝刊に見開きで掲載された宝島社の企業広告だ。

 「長寿をかなえる技術ばかりが注目される中、いかに死ぬかという視点を提起したかった」。担当者の言葉に、昨年取材した女優で作家の岸惠子さん(83)が「これほど寿命が延びると、きちんと尊厳死を認めるべきだと思うの」と語っていたのを思い出した。

 生活の質を意味するQOL(Quality of Life)という言葉が広まったのは1980年代頃。今聞かれるのはQOD(Quality of Death=死の質)という言葉だ。いかに生きるかにもまして、いかに生を終えるかに関心を持つ人が増えてきたためだろう。それにしても、現在約6万人の100歳以上高齢者が2050年には約70万人に増えるというのだから驚く。

 16年の社会保障の動きはこの人口動向と無縁ではない。

 老いて医療や介護、 取りが必要になった時の「居場所」の議論が今年、本格化する。福祉施設の不足などから、日本では長く病院がその役割を担ってきたが、高コストの病院に入院治療の必要性が薄れた高齢者を長くとどめておくわけにはいかない。国の審議会が年内に結論を出すほか、病院自体の役割の見直しと将来の必要病床数の構想は都道府県がまとめる。

 寝たきりや認知症の人が増えれば医療・福祉人材が要る。政府は今年まとめる1億総活躍プランで、働き方改革などを含む中長期的な政策を示す方針だ。

 そして参院選。有権者に占める高齢者の割合は、現在3割程度。18歳選挙権が実現するにせよ、政治が高齢者の方を向きすぎではとの懸念が世間には根強い。低所得の年金受給者に3万円を配る臨時給付金の是非が国会論戦になっているが、低所得者対策のあり方は今年後半、より大きな論点となるだろう。

 それにしても、と思う。昨年出版された本を見ると、「下流老人」「老後破産」「ルポ老人地獄」「老後貧乏~」など、長寿を喜べない題名が並ぶ。読むと、老後崩壊の危機は誰にでもあるというから恐ろしい。世界第3位の経済大国でなぜ? と思うが、思い当たる点はある。制度改革のスピードが、長寿化や少子化、雇用環境の変化に追いついていないのだ。

 日本の社会保障制度は戦後、年金、医療、介護を国民 みな に保障し、「安心」という美しい花を咲かせたが、それは高度経済成長や出生増など、時代の運に助けられた面が強かった。

 花の美しさを保ち続けるには、丈夫な鉢と土を用意し(住宅や地域づくり)、種を き(子育て)、茎を太くする(若者雇用)手入れが常に必要だ。だが、単身化や雇用の非正規化が急速に進み、経済金融危機に見舞われる中、手入れは十分でなく、鉢は欠け、種は芽生えず、茎はやせ細り、枯れる花さえ出てきてしまった。花枯れは、非正規が多い現役世代の老後にも連鎖しそうで、日本の未来は大丈夫かと人々が本気で心配し始めたのが今ではないか。

 しかし、悲観してばかりはいられない。民間では、地域で看取りを行う「ホームホスピス」や、子供を貧困や孤食から救う「こども食堂」など、鉢や芽、茎を強くする取り組みが始まっている。政府も1億総活躍社会づくりに本腰を入れ始めた。

 長寿時代に、「安心」の花を再び美しく咲かせるにはどうしたらよいか。議論を読者に伝え、政治や社会に実行を促す年としたい。

 社会保障部 
 介護、年金、医療、子育て、雇用制度などを取材。暮らしの現場から、政策決定過程まで、多角的に報道する。安心面、ミドル面などを担当。部員は17人。
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