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イグ・ノーベル・ドクター新見正則の日常

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デビッド・ボウイさんの足跡に思う…常識破りで発展してきた医療

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 デビッド・ボウイさんが亡くなりました

 日本でも多くの新聞と、ほとんどのテレビで取り上げられていたと思います。欧米の新聞報道では、ほとんどが1面で取り上げていました。「Music legend」、つまり「音楽の伝説」といったヘッドラインで取り上げているメディアが多かったですね。僕は特別なファンというわけではありませんが、もちろん名前も音楽も知っています。そして映画「戦場のメリークリスマス」での演技も印象的でした。何かに挑戦して、そして世の中にメッセージを送り、そして変化をもたらした類いまれなアーティストだと思っています。そんな常識に反することを行うアーティストは、最初は敵視されますね。異分子扱いされますね。でもそんなことをはねのける才能がデビッド・ボウイさんにはあったということです。素晴らしいですね。

野蛮な外科の仕事、全身麻酔で激変

 さて、医療でもたくさんの常識に反することが行われてきました。1846年10月16日、米国ボストンのマサチューセッツ総合病院で、ウィリアム・モートンによってエーテルによる全身麻酔の公開実験が行われました。全身麻酔が普及する前は、外科医の仕事は「いかにして、傷ついた四肢を、感染した四肢を早く切り落とすか」ということでした。だって、麻酔という手段がないのですから、無麻酔で「あっと言う間」に切断を行ったのです。そんな野蛮な外科の仕事が、エーテルによる全身麻酔で激変しました。全身麻酔が今までの常識を翻したのです。全身麻酔の普及はあまり時間を必要としませんでした。それは公開で実験が行われたからです。みんなの前で、無痛で行われた手術はなによりも説得力があるものでした。そして1881年には胃を切除して、残った消化管をつなぎ直す手術も成功しています。

術後の生活や食事…医者の言うことがコロコロ変わる

 そんな公開実験のように万人を簡単に納得させられるものはなかなかありません。しかし僕の医師としての30年にわたる経験のなかで、ぼつぼつと常識が翻ったものもたくさんあります。たとえば昔は、手術後は絶対安静でした。次の日に歩くなどということは考えられませんでした。それが、今では少々痛くても、しっかりと痛み止めを使って、そしてなるべく早くベッドから起きて歩くこと(早期離床)が当たり前に勧められています。それが何より患者さんの手術後の回復に、合併症の減少に有益とわかったからです。

 また、血液中のコレステロール値が高い人には、コレステロールを含む卵の制限を勧めていました。今や、食事によるコレステロールの摂取量と、血中のコレステロール値はあまり関係がないと思われるようになりました。米食品医薬品局(FDA)も日本の学会もついにそのことを認めるようになりました。「あなたはコレステロール値が高いのだから、卵を食べるな」と叱責していたのは、ついこの前のことなのです。

腹部大動脈瘤、手術の基準は?

 腹部大動脈りゅうという病気はお腹の動脈が太く、こぶのようになる病気です。通常は、お腹の動脈は2センチぐらいの直径ですが、4センチにもなると手術を勧めていました。それは4センチで破裂して緊急で手術をする人がまれにいることを知っていたからです。そしてこぶが大きくなればなるほど破裂の危険も増大するので、4センチぐらいから手術をしていたのです。しかし、この大きさと生命予後の関係もいくつかの臨床研究ではっきりとして、実は5.5センチ以上になるまでは慌てて手術をする必要がないことが判明しました。4センチ以上で一生懸命破裂の危険性を話し、説き伏せるように手術を勧めていたのは20年ぐらい前でしょうか。

乳がん、「小さな手術」で効果

 乳がんは100年ぐらい前には手術方法が確立されていました。定型的乳房切断術と呼ばれていたもので、乳腺は全部取ります、そして乳房の下にある大きな筋肉である大胸筋も切除していました。そうすると皮膚の下は肋骨ろっこつになるので、手術創はまるで昔の洗濯板のようになったのです。でもこんな大きな手術をすると不治の病であった乳がんでも長期生存が可能となりました。そんな手術を僕が駆け出しの外科医の頃、30年前まで行っていたのです。しかし、その後、腫瘍だけを摘出して、そして化学療法や放射線治療を行えば、大きな手術と小さな手術で生存率に差がないことが判明しました。

「皮膚の細胞から人ができる」も現実的に

 山中伸弥先生が創り上げたiPS細胞もしかりです。僕が医学生の頃は、「皮膚の細胞から人ができる」と試験で書いたら当然に落第でした。ところが、そんなことも可能とわかりました。医療で今、当たり前と思っていることは遠い将来、もしかしたら近い将来に翻る可能性はあるのです。なにが正しいかが実はわからないのが医療なのです。先人はたくさんの常識を翻してきました。これからも常識は翻っていくことでしょう。デビッド・ボウイさんになぜかそんな常識を翻す姿が重なったので、こんなエッセーになってしまいました。

 人それぞれが、少しでも幸せになれますように。

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知りたい!_20131107イグ・ノベーベル賞 新見正則さん(1)写真01

新見正則(にいみ まさのり)

 帝京大医学部准教授

 1959年、京都生まれ。85年、慶応義塾大医学部卒業。93年から英国オックスフォード大に留学し、98年から帝京大医学部外科。専門は血管外科、移植免疫学、東洋医学、スポーツ医学など幅広い。2013年9月に、マウスにオペラ「椿姫」を聴かせると移植した心臓が長持ちする研究でイグ・ノーベル賞受賞。主な著書に「死ぬならボケずにガンがいい」 (新潮社)、「患者必読 医者の僕がやっとわかったこと」 (朝日新聞出版社)、「誰でもぴんぴん生きられる―健康のカギを握る『レジリエンス』とは何か?」 (サンマーク出版)、「西洋医がすすめる漢方」 (新潮選書)など。トライアスロンに挑むスポーツマンでもある。

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