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原記者の「医療・福祉のツボ」

コラム

貧困と生活保護(20) 健康で文化的な最低限度の住まいは確保されているか

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 住まいは、生活の土台です。寝る所、寒さや雨風をしのぐ所として必要なだけでなく、食事、休息、健康、労働、地域でのつながりなど、生活全般の基盤になります。適切な住まいがあってこそ、社会の一員にふさわしい生活を自立して営めます。

 しかし、生活保護による住宅扶助の基準が2015年7月から、かなりの地域で引き下げられました。新たに保護を受ける世帯、そして保護をすでに受けている世帯も、以前より条件の良くない住宅に住むことが多くなります。それほど保護世帯の住生活は立派なのでしょうか。「健康で文化的な最低限度の住まい」は、はたして保障されているのでしょうか。

住宅扶助の限度額が変わった

 生活保護制度では、家賃や地代のかかる住居で暮らす場合、住宅扶助として、実際にかかる家賃が、その世帯に支給されます。ただし、地域や世帯の人数に応じて限度額が決められています。つまり「上限付きの実費払い」です。

 限度額は、各都道府県の級地(地域区分)ごと、政令市・中核市ごとに厚生労働省が定めています。15年7月からの限度額は、4月14日の社会・援護局長通知で示されました。住宅扶助の限度額はなぜか、一般にわかる形で公開されていないのですが、「神戸公務員ボランティア」のホームページに、関連通知や過去の限度額を含めて掲載されています。

 まず、東京都1級地(23区を含む都市部の大半)の限度額を見てみましょう。

<東京都1級地の住宅扶助限度額>(単位・円)
世帯人数 単身 2人 3~5人 6人 7人以上
限度額 53700 64000 69800 75000 83800
比率 1.0 1.2 1.3 1.4 1.56

 表の一番下にある「比率」は、単身世帯の額に対する比率の目安です。以前は2人世帯から6人世帯まで単身世帯の1.3倍の額だったのですが、今回、2人世帯は1.2倍、3~5人世帯は1.3倍、6人世帯は1.4倍に変わりました(2人以上の世帯の限度額の決め方は、全国どこでも同じ計算方法で、単身世帯の額に比率をかける)。東京都1級地では、単身世帯の額は据え置きですが、2人世帯は5800円ダウンしました。

東京以外の首都圏と、関西を中心にダウン

 東京以外はどうでしょう。東北、九州の3級地(過疎地)を中心に、限度額が上がった地域もありますが、埼玉、千葉、神奈川と、関西を中心に限度額が下がりました。とくに2人世帯は以前より大幅に低くなりました。1級地と2級地が同額だった住宅扶助の地域区分も級地別の3区分になったため、2級地でダウンが目立ちます。札幌市、仙台市、川崎市、新潟市、静岡市、浜松市、岡山市、熊本市など、単身世帯の額が据え置きの地域も多いのですが、それらの地域でも2人世帯は下がりました。減額の大きい地域を中心に、例を示します。

<住宅扶助限度額の変更と、変動幅の例>(単位・円)
単身世帯 2人世帯
札幌市 36000→36000(変わらず) 46000→43000(▲3000)
さいたま市 47700→45000(▲2700) 62000→54000(▲8000)
千葉市 45000→41000(▲4000) 59000→49000(▲10000)
東京都2級地 53700→45000(▲8700) 69800→54000(▲15800)
相模原市 46000→41000(▲5000) 59800→49000(▲10800)
名古屋市 35800→37000(+1200) 46600→44000(▲2600)
大阪市 42000→40000(▲2000) 54000→48000(▲6000)
神戸市 42500→40000(▲2500) 55300→48000(▲7300)
広島市 42000→38000(▲4000) 55000→46000(▲9000)
北九州市 31500→29000(▲2500) 40900→35000(▲5900)
(東京都2級地は羽村市、あきる野市、瑞穂町)

例外措置はあるけれど……

 限度額が下がると、どうなるでしょうか。15年7月以降に保護を申請する世帯には、新しい限度額(新基準)が適用されます。住居がないときは、限度額以下の家賃の物件を探すのが原則です。すでに限度額を超える家賃のところに住んでいるときは、差額を生活扶助や勤労収入などの中から自分で負担することは可能ですが、差額が大きい場合は、日常の最低生活費を圧迫するため、福祉事務所から転居を指導されます(引っ越し代、敷金、礼金、仲介手数料、火災保険料、保証人がいない場合の保証料は、一時扶助として出る)。

 すでに保護を受けている世帯にも、次の契約更新時期から新基準が適用され、転居を迫られるケースが出てきます(更新時期の定めがない場合は16年7月から適用)。

 ただし、今回の見直しでは、例外措置として次の場合、引き下げ前の限度額(旧基準)による住宅扶助を継続してよいことになっています。

通院・通所しており、転居すると通院・通所に支障をきたすおそれがある場合
就労・通学しており、転居すると通勤・通学に支障をきたすおそれがある場合
高齢者、障害者などで、日常生活で親族の支援や地域の支援を受けており、転居すると自立を阻害するおそれがある場合

 このほか、世帯の人数、世帯員の状況、地域の住宅事情からやむをえない場合は、通常の1.3倍~1.8倍(世帯人数による)の特別な基準を適用してもらうことが可能です。多人数の世帯、車いすの必要な人がいる世帯などで、この例外扱いがありえます。

 したがって、限度額の見直しの影響は、徐々に表れるのですが、厚労省によると、かりに例外措置なしで適用した場合、影響が及ぶのは生活保護世帯の約3分の1にあたる約44万世帯。国の負担額の削減は15年度で30億円、18年度には190億円程度の見込みです。政府の15年度当初予算の住宅扶助費は4920億円なので、最終的に3.8%のカットです。地方負担分を含めた住宅扶助費全体では253億円ほど減ります。それだけ家主の収入がダウンしますが、いちばんの問題は、保護世帯の居住水準にどう影響するかです。

政府が示した「最低居住水準」に照らして

 どういう経過で、今回の住宅扶助の見直しが行われたのでしょうか。

 社会保障審議会生活保護基準部会(駒村康平部会長)は、厚労省の要請に応じて13年11月から、住宅扶助と、生活扶助の冬季加算(暖房費用)について検討を進め、15年1月9日に報告書をまとめました。

 この報告書は、結論がはっきりしませんが、けっして住宅扶助基準の引き下げを求めるものではありませんでした。むしろ、最低限度の居住水準の確保を強調していました。

 06年に制定された「住生活基本法」にもとづき、政府は11年3月15日に「住生活基本計画(全国計画)」を閣議決定しました。そこで初めて登場したのが「最低居住面積水準」です。「健康で文化的な住生活を営む基礎として必要不可欠な住宅の面積に関する水準」として、住宅性能水準の基本的機能を満たすことを前提に、次の面積が示されています。

<最低居住面積水準>
 単身者 25㎡
 2人以上の世帯 10㎡×世帯人数+10㎡
<住宅性能水準の基本的機能>
 専用の台所、水洗便所、洗面所、浴室、収納スペースがあること、中高層の住宅では原則としてエレベーターがあること、など

 ちょっと用語がまぎらわしいので、面積と設備条件の両方を満たすことを「最低居住水準」と筆者は、呼ぶことにします。どれぐらいの住宅が、この水準を満たしているのでしょうか。

民間借家で暮らす保護世帯の6割以上が、劣悪な居住水準

 厚労省は、14年8月に生活保護世帯の居住実態の訪問調査(保護世帯の12分の1を抽出)を行いました。それと08年の住宅・土地統計調査(総務省)から得たデータを比較した結果が、基準部会の報告書に出ています。なお、保護世帯の住まいは、民営借家で単身が53.3%、民営借家で2人以上世帯が15.5%、公営借家で単身が10.7%、公営借家で2人以上世帯が6.1%、その他14.4%。つまり、ほぼ7割が民営借家で暮らしており、その多くは単身です。

<民営借家の最低居住水準充足状況>保護世帯一般世帯
最低居住面積水準を満たしている割合単身世帯46%76%
2人以上世帯67%86%
設備条件を満たしている割合単身世帯64%76%
2人以上世帯80%85%
面積・設備の両方を満たしている割合単身世帯31%60%
2人以上世帯55%74%

 民営借家で暮らす保護世帯全体で、最低居住水準(面積・設備の両方)を満たしているのは37%にすぎず、劣悪な住まいが多いことがわかります(一般世帯の住居は66%が水準以上)。公営借家の保護世帯だと、最低居住水準を満たす割合が75%なので、こちらのほうが、かなりマシです。

 また、保護世帯の住まいは、木造が46.5%(一般世帯は33.0%)と多く、腐朽・破損の有無、5階建て以上の住宅のエレベーターの有無、敷地に接する道路幅、最寄り駅までの距離といった項目でも、一般世帯より低い水準でした。

 ここで比較している一般世帯は、居住世帯全体(保護世帯を一部含む)ですが、前回に紹介した生活実態調査(10年実施)で、年間収入が下位10%にあたる低所得世帯と保護世帯を比較した結果を見ても、保護世帯の住宅事情が良くないのは、明らかです。

 そんな状況がわかったのに、なぜ限度額の引き下げが多くの地域で行われたのでしょうか。

独自の考え方で引き下げた厚労省

 厚労省が今回、住宅扶助の限度額を改定するときに挙げたのは、次のような考え方です(平成27年3月9日社会・援護局関係主管課長会議資料のうち、保護課分17~19枚目)。

<1> 08年の住宅・土地統計調査から計算すると、現行の住宅扶助限度額で、単身世帯の最低居住面積水準(25㎡)を満たす民営借家・UR賃貸住宅の割合は、全国平均で13%だった。このカバー率を変えずに、地域によるカバー率のバラツキを是正する。
<2> バラツキ是正の基準にした08年から、13年までの地方別の家賃動向を、<1>の結果に反映させる。全国平均では2.1%下がっている。
<3> 民間賃貸住宅市場の情報をもとに、最低水準を満たす住宅の確保が困難とならない範囲の見直しとする。
<4> 世帯人数に応じた限度額の区分を、3区分から5区分に細分化する。
<5> 都道府県の級地(地域区分)による限度額の区分を、2区分から3区分に細分化する
<6> 居住面積の狭すぎる住宅の限度額は、通常より10~30%カットする。

 しかし、<1>は、その方法がよいと基準部会が明示したわけではないし、保護世帯の住宅状況を改善せず、低水準で固定化することになります。<2>の家賃動向は、部会でろくに議論されていない方法で、低家賃の住宅の家賃動向が不明なのに、状況を悪化させかねません。 保護費を減らしたい財務省の意向に合わせた引き下げかもしれませんが、基準部会の審議やデータ分析を通じて、生活保護世帯の劣悪な住宅状況が浮き彫りになったのに、本来めざすべき最低居住水準の確保とは、方向の食い違う改定ではないかと筆者は思います。

審議会はこれでよいのか

 中央省庁の審議会・検討会は、役所が自分たちに都合のよい結論に導いていると、よく言われます。委員の人選も、議題も、論点整理も、報告書の文案作りも、事務局(省庁)が主導しているからです。それにしても、せっかく専門家を集めて詳しく検討したのに、生活扶助基準の改定に続いて、住宅扶助でも報告書と異なる考え方で厚労省が基準を変えるのでは、何のための検討か、わかりません。基準部会は、コケにされているのではないでしょうか。委員たちは少なくとも今後、事務局にまかせずに自分たちで報告書を書き、専門家の結論をはっきり示すべきでしょう。

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原昌平(はら・しょうへい)

読売新聞大阪本社編集委員。
1982年、京都大学理学部卒、読売新聞大阪本社に入社。京都支局、社会部、 科学部デスクを経て2010年から編集委員。1996年以降、医療と社会保障を中心に取材。精神保健福祉士。社会福祉学修士。大阪府立大学大学院客員研究員。大阪に生まれ、ずっと関西に住んでいる。好きなものは山歩き、温泉、料理、SFなど。編集した本に「大事典 これでわかる!医療のしくみ」(中公新書ラクレ)など。

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