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白血病と闘う~政治部デスクの移植体験記

闘病記

(7)「第2の誕生日」…ついに移植本番

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緊張した雰囲気の中、行われたさい帯血移植

 いよいよ4月3日午前10時から移植本番。数人の看護師が「応援と見学」と称して訪れ、妻と医師団も含め、私の病室は人でいっぱいになりました。

 夜中10回以上もトイレに通ったおかげか、下痢はひとまずおさまってくれました。移植30分前に抗アレルギー剤の点滴が行われ、それが睡眠薬のように寝不足の体に効いてうつらうつらしました。こうした中、担当医が「感染もなく、熱もなく、大変いい状態できょうの移植を迎えることができました」と褒めてくれました。私は「ありがとうございます。よろしくお願いします」と謝意を伝えましたが、本心は「とにかく早く終わってくれ」とひたすら祈っていました。首の管から体内へ、注射器4本分の造血幹細胞が順に注入されました。人工着色したような赤とピンクが2色、2本ずつ。その間10分足らず。命の源となる「血液をつくる種」を頂戴ちょうだいしたという感慨に浸る間もないほど、あっけなく終了。苦痛も一切ありませんでした。

「血液の種」となる造血幹細胞を大量に含むさい帯血

 移植したさい帯血の液量は約50mlで、骨髄移植の際の骨髄液の量(一般的に400~1000ml)と比べると、かなり少量です。しかし、さい帯血の造血幹細胞の方が、赤ちゃんの血液ということで増殖力が旺盛なため、まったく問題ないということでした。

 移植が終わった後、親しい友人や上司らにメールで報告。その一人、血液内科医のO君は返信のメールに「移植終了、何よりです。こんな少ない量のさい帯血で造血が回復するって本当に不思議でしょう。いつもこの仕事をしながら、生命の神秘に驚かされます」と感慨深げに書いてくれました。

 その上で、「アルケランの影響で口や胃の中が荒れて、口内炎や吐き気、下痢などの副作用が強く出るほか、感染症のリスクも高い時期です。吐き気がある中で大変でしょうが、必要な薬をきちんと飲むことが重要です」とアドバイスももらいました。

ミクロの闘い進行中…「平和的共存」祈る

 昼過ぎ、疲れがどっと出て、だるさと気持ち悪さに急に襲われました。1時間ほど昼寝をしたら回復。こうしたことが、それ以降、何度もありました。

 思えば、私の体内では「ミクロの闘い」が進行中なのです。GVHD(移植片対宿主病いしょくへんたいしゅくしゅびょう)という合併症には、すでにこの体験記の4回目で触れましたが、新しく入ってきたドナーの細胞は私の体内の皮膚、肝臓、腸などの組織を「異物」「敵」とみなして攻撃します。それは、皮膚の異常、激しい下痢、黄だんなどの症状となって現れます。私は、私の体と新しい血液細胞が激しく争うことなく、どうか仲良くしてほしいと、ひたすら「平和的共存」を祈るしかありません。

 ただ一方で、「ミクロの闘い」が私を助けてくれる側面もあります。移植後、私の体内に生き残る白血病細胞(がん細胞)に対しても、ドナー細胞は「敵」とみなして攻撃し、それを倒すことで白血病の再発率を低下させる効果があるためです。これをGVL(移植片対白血病)効果といいます。つまりGVHDは強く起こりすぎれば患者さんの全身状態を悪くしますが、逆にまったく起こらなければ白血病の再発が起こりやすくなるという複雑な関係にあります。

 移植の数日後、私の両方の手の平が真っ赤になり、皮がボロボロむけ始めました。大量の抗がん剤投与による皮膚障害のようでした。お湯に手が触れるだけでしみて痛くなり、風呂やシャワーの時はビニール手袋が必需品となりました。

 ただ、前日、あれほど悩まされた下痢はおさまってきました。移植効果だろうか、と首をかしげつつ、おかげで3日の夜はぐっすり眠れました。医療関係者は、移植の日を「第2の誕生日」と呼ぶことが多いようです。私は4月生まれだから、同じ月に誕生日が二つできたことになります。下痢も吐き気もない、比較的平穏な「初の誕生日」となりました。

「表情、やわらかくなった」…移植経て心境に変化

 4日、歌手のつんくさんがのどのがんのため、声帯を全て切ったとのニュースをテレビで見ました。こんな過酷な状況でも「自分にできること、自分にしかできないこと」を探していくというつんくさんの前向きなメッセージに、大いに励まされました。

 7日、看護師の一人から「池辺さん、以前に比べて、だいぶ表情が柔らかくなってきましたね」と言われました。たしかに、自分でも移植の前と後で、心境に大きな変化が生じていることに気づいていました。移植前は、この先の過酷な治療に自分は果たして耐えられるのか、生き延びることができるのかなど無数の不安におびえ、表情が硬くなってしまうことが多かったと思います。

 移植の不安や恐怖という「見えない敵」を自分で勝手につくってしまい、一人で苦しんで消耗していたのです。

 しかし、実際に移植を経て新しい血液が全身を巡り始めると、さすがに「もう逃げたり、後戻りしたりはできない、病苦と正面から闘うしかない。やりきるしかない」と開き直ったというか、腹がすわってきました。

 正体の知れない恐怖や不安をようやく追い払い、移植と実際にがっぷり組み合うことができた感じとでもいうのでしょうか。それが精神的な落ち着きにつながり、顔の表情にも表れるようになったようです。

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白血病と闘う~政治部デスクの移植体験記_201511_120px

池辺英俊(いけべ・ひでとし)
1966年4月、東京生まれ。90年、読売新聞社に入社。甲府支局に赴任し、オウム真理教のサリン事件などを取材。96年、政治部記者となり、橋本龍太郎首相、小沢一郎新進党党首、山崎拓自民党幹事長(肩書はいずれも当時)の番記者を経て、外務省キャップ、野党キャップ、外交・安保担当デスクなどを歴任。2011年5月から政治部次長。著書に、中公新書ラクレ「小泉革命」(共著・以下同)、同「活火山富士 大自然の恵みと災害」、東信堂「時代を動かす政治のことば」、新潮社「亡国の宰相 官邸機能停止の180日」など。

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3件 のコメント

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がんが教えてくれる生きる価値

柳生田 幹久

池辺さん柳生田新也の父です。息子がお世話になっています。日々闘病されていて大変な毎日だと思います。体調のちょっとした変化にも敏感になり、その辛さ...

池辺さん
柳生田新也の父です。息子がお世話になっています。
日々闘病されていて大変な毎日だと思います。体調のちょっとした変化にも敏感になり、その辛さや苦しみはなかなか他の人は理解できないものです。そのせいでしょうか、それまで遠い存在だった患者同士が、急に身近な存在に感じられます。患者会やがんカフェに行くとそういう感じがします。
なかには、うつ状態が続いて苦しんでいる方々がいらっしゃいます。身近なはずの家族がなんだかとても遠い存在になってしまうことも良くあることです。
池辺さんも、5年生存率のことを書かれていますが、誰しもがんになると“死”を意識せざるを得ません。そこがこの病気の独特な性質だと思います。他の病気もいろいろありますが、がんは必ず5年生存率が問題になります。
そして“死”はもともと孤独なもので、必ず一人で迎えるものです。いままで銀河系の彼方にあると感じてた“死”が
、がんとともにお隣に現れてきます。これは誰にも理解できるものではなく、また理解するべきものでもないと思います。
体に起きるさまざまな変化や感じが“死”に結びついてしまうこともあります。そして、再発・転移の心配も波のように寄せたり離れたりしてしまいます。
この気持ちを少しでも和らげてくれるのは、同じがんになったサバイバーしかいないと思います。がんの仲間がいて、沢山の仲間の声がある。そのことにがん患者は、大いに慰められ、勇気づけられます。
私の場合は、膀胱がんで5年生存率は、25%です。一昨年肺に転移し、これまで6年間で手術5回、入院11回で、現在入院しない新記録(1年10ヶ月)を更新中です。私の場合も、がんの先輩から大変な勇気をもらいました。今度は、我々サバイバーが皆さんに、元気と勇気のタネをまくことが生きる価値を高めることだと思います。
ご一緒に頑張りましょう。
柳生田 幹久

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表情のやわらかさは心の落ち着き

匿名の応援団

 先日、池辺記者にお会いしました。学生時代と変わらぬ爽やかで柔らかな笑顔からは過酷な闘病を推し量ることができないほどです。「この人はどうしてこ颯...

 先日、池辺記者にお会いしました。
学生時代と変わらぬ爽やかで柔らかな笑顔からは過酷な闘病を推し量ることができないほどです。

「この人はどうしてこ颯爽と人と会うことができるのだろう?」
今回の記事を拝見し合点がいきました。

(転載)
 看護師の一人から「池辺さん、以前に比べて、だいぶ表情が柔らかくなってきましたね」と言われました。たしかに、自分でも移植の前と後で、心境に大きな変化が生じていることに気づいていました。移植前は、この先の過酷な治療に自分は果たして耐えられるのか、生き延びることができるのかなど無数の不安におびえ、表情が硬くなってしまうことが多かったと思います。

 移植の不安や恐怖という「見えない敵」を自分で勝手につくってしまい、一人で苦しんで消耗していたのです。

 しかし、実際に移植を経て新しい血液が全身を巡り始めると、さすがに「もう逃げたり、後戻りしたりはできない、病苦と正面から闘うしかない。やりきるしかない」と開き直ったというか、腹がすわってきました。

 正体の知れない恐怖や不安をようやく追い払い、移植と実際にがっぷり組み合うことができた感じとでもいうのでしょうか。それが精神的な落ち着きにつながり、顔の表情にも表れるようになったようです。
(転載 了)

 さらに思うところがあります
池辺記者と私は、学生時代に筋ジストロフィーの患者のボランティアでご一緒しています。
患者さんとは尊敬できる友人として長い付き合いになります。
筋ジスの友人は、日々筋肉の機能が衰えていく不安や不条理、死の恐怖と闘っていた先輩でもあります。
そのからの学びも活かされているのではないでししょうか?

今後もこの友人の背中を道標に、池辺記者の社会へのメッセージでもある体験記、今後ともよろしくお願いします。

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岩崎航さんのメールと本

池辺英俊

筆者の池辺です。今週も読んでいただき、誠にありがとうございます。今回は、仙台市在住の詩人・岩崎航(わたる)さんからいただいたメールの一部を紹介し...

筆者の池辺です。今週も読んでいただき、誠にありがとうございます。
今回は、仙台市在住の詩人・岩崎航(わたる)さんからいただいたメールの一部を紹介したいと思います。
 「池辺さんの連載『白血病と闘う』は開始当初から読んでいます。一人の闘病者としての揺れ動く思いを書かれていて、心を動かされます。具体的に白血病がどのような病気で、抗がん剤などの治療でどのようなことが起こり、そこで自分が感じた思いも丁寧に書かれている記事に感銘を受けました。必ず今、もしくはこれから病魔と闘う患者や家族の力になると思います。私も励みを頂いております」
 「(連載6回目では)看護師さんが手を握ってくれて心強かったことが書かれていましたが、私も強い吐き気の苦しみが続いて気持ちを保てなくなった時、手を握られて、背中をさすられて支えられたことがあったので、身近に思いました」
岩崎さんは、ご存じの方も多いと思いますが、全身の筋力が衰えていく難病・筋ジストロフィーと闘いながら、五行歌を詠い続けています。17歳で自殺を考え、20歳代の半分は吐き気との闘いに明け暮れ、それでも自らの意志で「生き抜く」という選択をしました。その岩崎さんの詩集「点滴ポール 生き抜くという旗印」(ナナロク社)は、闘病中の患者さんだけでなく、多くの人の心の支えになるはずです。紙幅の関係上、巻頭詩のみ掲載します。
 嗚呼 僕も
 生きているんだ
 青空の
 真っただ中に
 融け込んでいる

私はつい最近、この本を知り、入院中のつらい時期にこの本を読んでいれば、どれほど励まされたことかと悔やまれてなりません。岩崎さんの新刊エッセイ集「日付の大きいカレンダー」は取り寄せ中で、私もまだ読んでいないので、後日紹介したいと思います。岩崎さんを紹介してくれたヨミドクターの岩永直子編集長に感謝しつつ。※編集長インタビュー、岩崎航さんの1回目はこちら(http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=119132)

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