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ボンジュール!パリからの健康便り

医療・健康・介護のコラム

明るい緩和ケア病棟で…最期までお化粧を楽しんだ友人

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 かつての同僚が亡くなった。それはあまりにも突然で、信じがたいことだった。

 彼女は10年前に離婚し、3人の子どもを引き取って女手ひとつで育てていた。自分のやりたいことを見つけ、それまでの仕事をやめて独立した時には、うれしそうに連絡をくれた。

 しばらく音信不通になっていたが、間接的に彼女の活躍を聞いていて私もうれしかった。3人の子どもも自分の仕事も落ち着いてきた頃、頻繁に頭痛を訴えるようになった。かかりつけ医には、「過労とストレスだろう」と言われ、痛み止めを飲んではその場をしのいでいたが、ある時、いつもとは違う激しい痛みに襲われて救急車で搬送された。

 検査の結果は脳腫瘍であった。とても大きく、すでに脳を圧迫して手術は不可能であった。「彼女が脳腫瘍で入院した」。そう聞いたのは、ちょうど1年前のことだった。抗がん剤による化学療法が行われることになり、何度か入退院を繰り返し、亡くなる数か月前に緩和ケアに切り替えられた。

 緩和ケアの受けられる病院へ転院し、痛みなどを抑える治療が始まった。彼女の親友が頻繁に訪れて、お化粧をしたり、マニキュアをしたりしてくれるのでとても喜んでいた。「この間はマニキュアをしたから、今日はペディキュアをするの。そのときにマッサージもしてあげるとすごく気持ち良さそうにするのよ」。彼女の親友は毎回、その時の様子を報告してくれた。

 彼女は1日だけ外出を許され、その親友と2人きりで車でパリ中をドライブした。エッフェル塔や凱旋がいせん門、ノートルダム寺院など彼女が行きたい場所を回った。車から降りることも歩くこともできなかったが、最期になるであろう外出に、本当にうれしそうだったという。

 3人の子どもを残して旅立つ彼女の苦しさや悲しさ、どんなにつらかったことだろう。どんな気持ちでパリの街を見ていたのだろうかと思うと胸が張り裂けそうになる。残される子どもたちへのケアも充実している緩和ケアを受けられたことは、本当に良かったと思う。家族や親友に見守られて、きれいでオシャレだった昔の彼女のように、お化粧をしてマニキュアを施し、最期まで美しかったという。

 「病気でも、美しくいたい」。そう願う彼女の気持ちを皆が尊重した。

 私はいくつもの緩和ケア病棟を訪ねたことがあるが、とても温かく、明るい雰囲気がある。看護師さんたちはとても朗らかで明るい。そして寛容である。どんな人でもどんな状況でも受け入れてもらえる、そんな雰囲気があるのだ。厳しい状況であるはずに違いないのに、患者さんや家族の前では本当に明るく接してくれる。緩和ケア病棟には緩和ケア専門のボランティアのスタッフがいることもある。看護師やボランティアのスタッフには、定期的な精神ケアがあり、カウンセリングやワークショプを開いている。

 フランスでも緩和ケア医療が少しずつ浸透してきている。こういった治療や家族を含めたケアサービスがもっと広まることを願ってやまない。

■今週の一句

ありがとう と言いたくなるや 日向ぼこ

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古田深雪(ふるた みゆき)

1992年渡仏。
1997年より医療通訳として病院勤務。

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