医療部発
医療・健康・介護のコラム
日産婦監修の妊婦本を読んでみた(上)
ヨミドクターの連載でおなじみの宋美玄先生が無事に第2子を出産なさいました。宋先生、本当におめでとうございます。
ネットの情報は玉石混交といいますが、宋先生のブログでは、妊娠出産育児について、母として医師としての体験をふまえながらも、様々な立場の意見、一個人ではどうにもならない社会情勢も考慮した内容で、安心して愛読しています。
そこでも何度かテーマにあがっている「マタ旅」(妊娠中の旅行)ですが、私も以前、沖縄県での実態調査に関する学会発表を取材、記事にしました。
先日、当時取材に協力いただいた沖縄県立中部病院の中澤毅先生から、論文としてまとまった、というお手紙をいただきました。
送っていただいた論文「当院を受診した妊婦旅行者の問題点」を読むと、改めて、妊娠出産で安定期と確実に呼べる時期はないことを思い知らされます。
概要ですが、2004年から約10年間に中部病院を救急受診した妊婦の旅行者は301人。このうち、75人が入院し、12人が出産。12人のうち4人は妊娠19~21週で流産しました。残り8人は妊娠24週~37週で、7人については、赤ちゃんがNICUに23~151日入院しました。
このデータをどう読み解くか? 沖縄県全体の数字ではないですし、この10年間に沖縄県に妊婦旅行者が何人訪れたかはわからないので、どの程度のリスクがあるかはわかりません。
といっても、数字の重みはあります。マタ旅をするかどうか最終決定は妊婦自身ですけれど、「知らなかった」で悔やむことがないよう、医療者はこうした事実をしっかり伝えることが重要ではないか、と思った次第です。
そんな折、取材先の産婦人科医の先生方から、「こんな本が送られてきたけど、どう思う?」と意見を求められる場面がありました。
「HUMAN Baby+ お医者さんがつくった妊娠・出産の本」という本です。
表紙には「日本産科婦人科学会監修」とあります。主に大学病院の産科医、小児科医、厚労省の官僚などが分担して執筆しています。
早速読んでみました。
一通り目を通しての率直な感想は、「日産婦が監修した意義はどこにあるのだろう? ちまたにあふれている妊婦向け雑誌との違いはなんだろうか」というものでした。
なぜかというと、まず目につくのが記事の隣にどーんと掲載されている広告です。
「妊娠中に入院するなどの事態を想定して、まとまった貯蓄や保険に入っておくのも一策です」という内容の記事の隣に、妊婦でも入れる医療保険の広告、赤ちゃんは大人以上に水分が必要という記事の隣にウォーターサーバーの広告、1歳までの運動能力と知能の発達という記事の隣に胎教用の英語CDの広告…巻末には、資料請求はがきもついています。
さらに、見開きで「おめでた婚してみませんか?」という特集広告もありました。直前には、旅行やイベント思い出作りについての記事もあります。予定日が近いと急にお産が始まることがあるのでおすすめしません、医療費がかかる海外旅行はおすすめしませんとはありますが、冒頭でお伝えしたような、事実にはふれていません。
この冊子は、無料です。広告の種類や掲載の方法、巻末はがきなどのスタイルを見て、「ちまたによく置かれているフリーペーパーと同じ」と受け止めてしまいそうになりましたが、やはり違います。なんとっても、学会の監修です。各産院を通じて、妊婦に無料で配られるスタイルだそうです。すでに40万部が刷られているとも聞きました。年間の出生数(100万人)からみても、すごい数字ですね。受け取った妊婦さんは、学会の監修ということで、ほかの媒体よりも信頼の高い情報と受け止めると思います。
広告も、フリーペーパーや妊婦向けの雑誌に掲載されているよりも、その商品が信頼できそう、自分たちに必要であると思いそうです。
すべての妊婦さんに無料で有益な情報を届ける。とってもすばらしい取り組みだと思う反面、内容をみると、「日産婦らしさ」が見えてきません。
マタ旅も含めてですが、「知らなかったと悔やむお母さんを減らす」ためにはもっとしっかり伝えるべき情報があると思いました。
たとえば、胎児に影響が出るおそれのあるサイトメガロウイルスやトキソプラズマの感染予防。いずれもワクチンはないので、妊婦さんが食事や上の子のお世話などの生活で注意することが大切です。
母子感染に関する記載はあり、ウイルスや寄生虫についてもふれていますが、妊婦がどう行動すればよいのかが、一読しただけでは、わかりにくいです。こうした情報がなかなか届きにくく、「私の行動次第で防げたかもしれない」と悔やみ続けるお母さんが後を絶たない現状を考えると、もっとしっかりポイントを伝えてほしいなあと思います。
また、「新生児聴覚スクリーニング」についての情報もありません。生まれてすぐに難聴の疑いを調べる検査です。新生児の検査の中には、全員が受ける検査もありますが、聴覚スクリーニングは、導入していない産院もありますし、導入していても、自費なので任意で受ける産院も多いです。何のために受けるのか、なぜ早期の発見が必要なのか、の情報がなく受けなかったお母さんもいます。「新生児の検査を受けて、早く発見できていれば言葉がもっと発達したかも」と悔やんでいます。
ちなみに、この本では、おなかの中の赤ちゃんの病気を調べる出生前診断については新型検査(NIPT)を含め案内しています(それはそれで、「医師が(検査について)積極的に知らせる必要はない」と明記した日産婦のNIPTの指針からみれば、日産婦の監修本で堂々と知らせるのはどうなのでしょうか?と問いたくなりますが)。
実は、この小冊子、現場では不評で、配るのを見合わせる動きもあり、実際にはまだ手にした妊婦さんは限られているようです。
現場の産科医が反発しているのは、私がまず抱いた疑問とは違うポイントです。医師の間でちょっとした騒動になっているようです。それについては次回お伝えします。
中島久美子 |
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まーちゃん
一部分だけですが、私も読んでみました。ある病気の説明に対し、その治療法が間違って書かれていました。世界的に見てもおこなわれていない、効果の低い治...
一部分だけですが、私も読んでみました。
ある病気の説明に対し、その治療法が間違って書かれていました。世界的に見てもおこなわれていない、効果の低い治療法が書かれていたり。
また、ただ病名が羅列されているだけで、どういう症状がでるのか、具体的にどうしたら予防できるのかが書かれていないページもありました。では、なぜこんな病気の紹介が必要なんだろう?いたづらに読者を怖がらせたいだけ?という、目的がよくわからない項目もありました。
せっかくお金を使い作って、たくさん配布するのなら、意味あるものにしたほうが良いと思います。混乱させるだけなら、害にしかなりません。
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