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がん診療の誤解を解く 腫瘍内科医Dr.勝俣の視点

コラム

抗がん剤と副作用の誤解 ~抗がん剤治療中は生ものを食べてもよいのでしょうか?~

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抗がん剤は劇薬

 抗がん剤は、劇薬です。副作用で患者さんが死亡することもある劇薬です。

 抗がん剤は効かない。

 抗がん剤は毒だから、体がボロボロになるだけ。やっても無駄。

 抗がん剤に殺されないようにしましょう。

 これらの主張がメディアをにぎわせていて、抗がん剤=悪の薬のようなレッテルを貼られてしまっています。これらの主張は、一部は正しいのですが、本質をとらえていないというのが、真実だと思います。

 抗がん剤は確かに劇薬であり、使い方を誤ると死に至ることがあります。そのような抗がん剤が承認される理由としては、これらの副作用を超えた利点があるからです。その利点とは、がん細胞を殺すことができるということです。がん細胞を殺し、がんを治したり、より共存できるようにしたりするという利点があるからこそ、抗がん剤が薬剤として認可を受けているのです。

 抗がん剤の問題点は、抗がん剤そのものにあるのではありません。大変重要な問題は、このような劇薬だからこそ、「誰が?」「どのように使うのか?」ということだと思います。

腫瘍内科医という専門医

 私の専門である「腫瘍内科」とは、「がんの総合内科医」とか、「抗がん剤の専門医」というとわかりやすいと思います。手術はしませんが、がんを専門に扱う内科医です。がん患者さんの治療コーディネーターの役割もします。

 先進国で、抗がん剤を腫瘍内科医以外で処方ができる国は、日本くらいしかないということをご存じでしょうか。例外的に、米国では婦人科腫瘍専門医(外科手術も担当)が、ドイツでも婦人科腫瘍専門医が婦人科がん、乳がんの抗がん剤を処方しますが、それでも、抗がん剤の基本的なトレーニングはしっかり受けています。

 日本の問題点は、医師(腫瘍内科医でなくとも)であれば誰でも、抗がん剤を処方できてしまうことです。肺がんに対するイレッサ(一般名:ゲフィチニブ)という抗がん剤(分子標的薬)がありますが、イレッサが発売された当時、その副作用で多くの患者さんが死亡するという悲しい出来事が起きました。薬害ではないかと訴訟問題にも発展しました。イレッサの副作用により死亡した患者さんの遺族の方々が、国と製薬会社を訴えた訴訟です。最終的には、原告側の敗訴という結果になっています。つまり、副作用死を招いたのは、イレッサを販売、承認した製薬会社や国の責任ではなかったと結論づけられたのです。

 イレッサ事件を招いた根本原因は、専門医でない医師による不適切な過剰投与がなされたことであったと思います。事件が起こった当時(2002~04年)は、まだこの腫瘍内科の専門医制度が日本にはありませんでした。マスコミで「夢の新薬」と騒がれたせいもあり、当時は、あまり専門でない医師が、適応外の乳がんの患者さんや、本来投与対象とすべきでない全身状態の悪い患者さんなどにも過剰に投与したということがありました。イレッサ事件については、医療ガバナンス学会の記事(※1)にも寄稿しておりますので、興味がある方はこちらを見ていただければ幸いです。

 日本の腫瘍内科(がん薬物療法専門医)の専門医制度は、海外から約30年遅れて、2005年からやっと開始され、15年には1030人に達しました。しかし、米国での専門医数、1万4158人(13年度)に比べて、日本の専門医数は、米国の14分の1。人口比を考えても圧倒的に少ない人数です。

 この専門医数で全てのがん患者さんに抗がん剤を処方・管理することは到底、無理なことではありますが、やはりきちんとトレーニングを受けた専門医の処方が理想的であるということは言うまでもないことだと思います。

 では、抗がん剤の処方をするうえで、最も大切なことは何でしょうか?キーワードは「抗がん剤の副作用対策」、生活の質を改善するために行う「支持療法」です。

 抗がん剤を処方することは、医師なら誰にでもできます。研修医にもできてしまいます。

 しかし、きめ細かい副作用の管理をするためには、専門的な知識・経験が必須です。

 腫瘍内科医(英語ではオンコロジストと言います)の腕の見せどころは、この副作用対策をどれだけしっかりやり、抗がん剤の効果を維持しつつ、患者さんの生活の質(クオリティー・オブ・ライフ QOL)を保つことなのです。

白血球減少に対する対策

 抗がん剤の副作用対策として、まず、白血球減少に対する対策について、解説しましょう。

 白血球減少は、抗がん剤の3大副作用(脱毛、吐き気、白血球減少)の一つです。抗がん剤の副作用対策として、最も大切であり、しっかり対策が必要なのは、この白血球減少です。

 白血球とは、血液の細胞の一種で、細菌やウイルスなどの病原菌に対して闘う細胞です。白血球が減少するだけでは、ほとんど症状はありませんが、白血球減少により、感染を起こすことが最大のデメリットです。

 抗がん剤の副作用死の報告のなかで、最も多いのが、この白血球減少時の感染(これを医学用語で発熱性好中球減少症:FNと呼びます)です。ですから、抗がん剤を扱う医師は、白血球減少対策や、発熱性好中球減少症に対する対応を習得しておくことは必須のことです。

 しかし、日本の現状として、この白血球減少に対する対策がやや遅れている現状があると思います。

 白血球が減少した際に最も気をつけることは、感染の予防策です。感染の予防策として、最も大切なことは、「手洗い」をすることです。

 白血球減少時の感染で最も頻度が多く、問題となるのは、細菌感染症です。病原菌となる細菌は、あちこちを触った手から、口や鼻などの粘膜を通じて体内に侵入して感染症を起こす原因となります。

 重症な感染症を引き起こす細菌は、自然界にはたくさん存在します。例えば、白血球減少時にしばしば重症感染を引き起こす緑膿りょくのう菌という細菌があります。土の中に潜んでいたり、植物などについていたりします。健康な成人でも腸内細菌として15%は保有していると言われます。普段はおとなしくしているこの緑膿菌やさまざまな細菌が病原となって、白血球数が減少した際には、感染症を起こすのです。ひとたび感染を起こすと、白血球が減少しているゆえ、時には重症になります。特に、緑膿菌感染は、血液の中に細菌が入って敗血症という重症感染症となることがあります。

 抗がん剤によって、発熱性好中球減少症を引き起こし、感染のリスクが高いと判断される場合には、この緑膿菌感染を防ぐ強力な抗生物質の投与が必要となります。この際、どのような抗生物質をどれくらいの期間投与するかなど、専門的知識・経験が必要となります。

抗がん剤中はマスクが必要? 生ものはいけない?

 患者さんが、手洗い以外に感染症を予防する方法として何かあるでしょうか?

 抗がん剤治療中は、マスクをつけることや、生ものを避けることなどを、病院から指導されることが多いと思います。このマスク着用や、生ものを食べないようにすることの医学的根拠が乏しいとして、最近の海外の診療ガイドラインではする必要がないと記載されています(※2)。上記に示したように、ほとんどの細菌感染症は、空気中に浮遊している細菌が原因ではなく、手についた細菌が原因となるため、マスクの着用は感染症を予防する根拠に乏しいとされています。

 また、白血病で強力な抗がん剤をうける153人の患者さんに対して、生ものを禁止する群と、生ものを食べてもよい群とに無作為に振り分けて、感染症の発症率に差があるかどうかを調べた研究で、両者に差はありませんでした(※3)。この結果から、生ものの摂取に関して、米国の診療ガイドラインでは、「抗がん剤治療中に生ものを禁止するという根拠は乏しい」と記載がされるようになったのです。

 もちろん、生もの、特に生肉などは、普通の人が食べても食中毒や重症感染症を起こすことがありますので、注意が必要です。日常的に食べる野菜やくだもの類などは、新鮮なものをよく洗って食べればまったく問題がないと思います。また、お刺し身やすしなども、新鮮で、衛生環境が整った場所で調理されたものであれば、抗がん剤中に食べていただいてもかまいません。

 患者さんは、抗がん剤をして、白血球が減少している際には、マスク着用、生ものを食べてはいけない、という間違った教え!?を忠実に守る方が多くいらっしゃいます。白血球減少時だけでなく、抗がん剤をしている期間ずっと、厳格に守る方、真夏の暑いなかでも、マスクをしていて汗びっしょりになっている方。また、「抗がん剤が始まってから、生野菜、くだもの、刺身、寿司はもちろん、牛乳や生ジュースなども一切取っていません」という患者さんがいらっしゃいました。

 私が、「そこまでする必要はないのですよ」とお話をしたら、涙を流されて、「普通の生活ができます」と喜ばれました。

 抗がん剤にはさまざまな誤解があり、それに伴って、患者さんの生活の質まで損なってしまうことがあります。正しく抗がん剤を理解し、対応していくことはとても大切なことだと思います。

【参考文献】 

1. 医療ガバナンス学会「Vol.340 イレッサ事件から何を学ぶべきか?その一

2. J Clin Oncol. 2013; 31(6):794-810., Clin Infect Dis. 201;52(4):e56-93

3. J Clin Oncol. 2008;26(35):5684-8.

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katsumata

勝俣範之(かつまた・のりゆき)

 日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授

 1963年、山梨県生まれ。88年、富山医科薬科大卒。92年国立がんセンター中央病院内科レジデント。その後、同センター専門修練医、第一領域外来部乳腺科医員を経て、2003年同薬物療法部薬物療法室医長。04年ハーバード大学公衆衛生院留学。10年、独立行政法人国立がん研究センター中央病院 乳腺科・腫瘍内科外来医長。2011年より現職。近著に『医療否定本の?』(扶桑社)がある。専門は腫瘍内科学、婦人科がん化学療法、がん支持療法、がんサバイバーケア。がん薬物療法専門医。

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1件 のコメント

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腫瘍内科医以外の抗癌剤投与処方への疑問

太郎

ふと思ったのですが、抗癌剤治療は「医師の能力や経験や知識次第」なのか、もしそうだとしたら、患者はそれをどうやって知ることができるのかという疑問で...

ふと思ったのですが、抗癌剤治療は「医師の能力や経験や知識次第」なのか、もしそうだとしたら、患者はそれをどうやって知ることができるのかという疑問でした。医者の世界には「学閥」というやっかいな「しきたり」があるようですし、また、医者の中には、明らかに上から目線で患者に接し、また、高額医療に走る医者や儲け主義の医者もおるようですし、わらにもすがる思いの患者の気持ちに寄り添うなど、遥か彼方の理想のように思えます。

医者は、もし自分の家族が癌に侵されたら、抗癌剤を自信を持って投与できるのでしょうか。副作用で苦しむ家族を、他の患者同様に扱うのでしょうか。また、抗癌剤の選択を誤ったかもしれない患者さんに対して申し訳なく思うほどの「謙虚さ」があるのでしょうか。とくに権威と称される先生方に。

患者は、医者しか頼るものがない、しかし、その医者が頼るに値するかどうか、分からない。まるで宝くじに自分の財政を託すように、自分の命を医者の能力にかけているのです。宝くじ同様、良い医者に当たるかどうか、運不運で決まるとしたら、特にそれが抗癌剤治療のような「一生の大問題」である場合には、何ともやるせない思いです。

医者による(つまり専門家による)、信頼に足る医者とそうでない医者の見分け方を患者は知りたいのではないかと思います。抗癌剤が「効くかもしれないし効かないかもしれない」のはよく分かりましたが、その判断をしている医者(医者の世界、医学会などなど)がどうも患者側には遠い存在に思えて仕方ありません。全部が全部、では無いでしょうが。

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