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近藤克則さん(5)「見える化」で共に作る 幸せな社会

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「健康格差」に挑む医師、近藤克則さん

 健康格差を縮小することを目指して、15年以上研究を続け、社会に予防や対策を訴えてきた近藤さん。現在、日本はどこまで到達したと言えるのだろう。

 「少なくとも、健康格差があると政策担当者に認識され、国の政策目標として『健康格差の縮小』が掲げられました。では、具体的に何をすればいいの?ということが模索されている段階で、子どもの貧困対策など国や地方自治体の取り組み、武豊プロジェクトなど様々なNPOや住民による活動などが始まっています。さらに、自分の住む町や地域にもこんな健康格差があるということを、行政担当者だけでなく住民もNPOも共有し、何とかしようと考える動きを推し進めたい。そのために作ったのが、『見える化』システムの試作品です」

「見える化」で「地域診断」したある市の健康指標。独り暮らしの割合が多く、サポートが少ないことがわかる

 この、『見える化』システムというのは、近藤さんが率いるJAGES(日本老年学的評価研究)が2010年から取り組んだプロジェクトの一つ。地域間の健康格差の状況を様々な指標で表し、他の地域と比較できるようにしたシステムだ。具体的には、31市町村の高齢者を対象に、要介護認定者、転倒したことのある人、低栄養、認知機能低下者の割合など249項目の健康指標について、自分の市町村や校区が、他と比べてどのレベルに位置するのかわかるように、グラフや色分けした地図などの形で表示する。専門職の間では「地域診断」と呼ばれるものだ。このシステムを使うと、例えば、31市町村で最も転ぶ人が多い町とそうでない町には、2倍の差があることが一目でわかる。

 「超高齢化が進む中、ますます貴重となる社会保障財源で効果的な対策を打つためには、自分の地域の健康問題は何か、どの地域の社会資源が足りないのか、地域ごとの弱点や課題をつかむことが大事です。そこで、イギリスや世界保健機関(WHO)が使っているシステムを参考に開発しました。イギリスでは、『中央政府が地方自治体の締め付けのための道具に使っている』という反発もあるのですが、住民自身が自分たちで健康なまちにしようと動き始めるためのシステムにしたいと考えています」

「健康格差縮小の動きを止めてはいけない」と語る近藤さん

 近藤さんは、浜松医大教授の尾島俊之さんや日本福祉大准教授の斉藤雅茂さんらと共に、3年かけて『見える化』システムの試作品「介護予防Webアトラス」を作り、さらに指標の改良などに取り組んでいる。それと並行し、このシステムを使って、地域で介護予防に取り組み始めた事例を集めた。

 例えば、愛知県半田市では、ほかの地域よりも良い健康指標が多かったが、唯一、認知機能が低下した者の割合という指標だけが、ほかの自治体よりもやや悪かった。近藤さんが指導していた院生で、研究にも参加していた保健師が、住民ボランティアらを集めて、この結果を見せたところ、活発な議論が起きた。

 「市内の小学校区間で比べると、ほかより1.3倍ぼけやすい校区があると紹介したところ、『そんなまちには暮らしたくないわね』という声が出たそうです。悪い情報だけじゃなくて、改善の手がかりも見せました。例えば、スポーツや趣味の会に参加する人が多いまちでは認知機能が低い人が少ないという結果も見せたら、『じゃあ、自分たちで、お年寄りの集まれる機会をもっと作らなきゃ』と相談を始めたというんです」

 長崎県のある地域では、ある小学校区で不健康な指標が高かった。そこは過疎が進んで、お店も閉じてしまった地域で、買い物難民も多かった。

 「保健師さんが、この結果を地域の民生委員さんや自治会長さんを集めて説明してくれました。そうしたら、『今は自分で車を運転して買い物に行けるけれど、もっと年を取って、免許を返納したら困っちゃうねえ。今のうちに何とかしないと』と話が盛り上がったそうです。そして、あまり使われていなかった公民館を会場に、ボランティアが運営する『お寄りまっせ』という名前のサロンが始まりました。ボランティア手作りの昼食をみんなで食べたり、お茶を飲んでおしゃべりしたりするサロンです。『行きたいけれど、足が悪くて一人では行けない』という人がいるというので、近くのデイサービスに頼んでみたら、送迎車も出せることになりました。参加者が増えてきたので、『これだけ人が集まったら、移動販売車も来てくれるのではないかしら』と思いついて頼んでみたら、これが商売繁盛(笑)。買い物に困っていたお年寄りも、販売業者も両方喜んだそうです」

 それだけではなかった。人付き合いが苦手で、サロンに参加していなかった人も、移動販売車が来ることを聞いて、買い物に出かけてくるようになった。その人たちに、ボランティアが「ちょっとお茶ぐらい飲んで行きなさいよ」と声をかけたりして、サロン参加者も増えたのだ。

「その評判を聞いて、他の地域や市町村からの見学者やテレビ局の取材まで来て、これに似た動きがほかの地域にも広がり始めています。地域のニーズが『見える化』で見えて、みんなで知恵を絞って、地域にある資源を解決に結びつけた。独り暮らしや買い物難民が多く、やせや転倒が多い地域でしたが、こんな取り組みが広がれば、地域間の健康格差も和らげられるかもしれません」

 都会では、こうした活動は無理ではないかという意見もあったため、名古屋市内でも試してみた。そこは築50年以上の団地で、高齢化が進むにつれ、人付き合いが減り、引きこもる人も増えて、高齢者の孤独死が社会問題になっていたところだった。社会福祉協議会から相談が持ち込まれたのを機会に、住民主体のサロンづくりを提案すると、社協も「やりましょう」と協力してくれた。

 「ボランティアさんや関心のある住民とまず懇談会をすると、やはり、社会とのつながりが減って不安を抱えている人が多いというのです。ほかの市町村での取り組みを話すと、やってみようということになり、準備に1年余りかかりましたが、集会所で『土曜サロン』がオープンしました。開所式は100人以上集まりました。都会で面白いなと思ったのは、田舎にはない弁当の宅配業者があるのですが、そこにも声をかけたら、試食会用にと弁当を用意してくれたんです。開所式のパーティーまで出来てしまったそうです。宅配業者の方も、商売につながるかもしれないわけで、都会には都会のやり方で、ニーズと資源のマッチングができるのだと感心しました」

 ただ、こうした住民の動きにまでつなげていくには、「見える化」システムを上手に使って、地域住民にわかりやすく説明したり、ボランティアになる人を集めたり、話し合いの場を作っていく進行役が必要になる。

 「このシステムをうまく使いこなすための『通訳』や『進行役』が必要となります。そういう人たちを育てるプログラムのようなものも作りたいと着手しています。『この地域にはボランティアをやる人がいない』という声をよく聞くのですが、データを示しながら、『ボランティアなど社会参加をするとぼけ予防になりますよ』と伝えると、かなり効きます(笑)。そんな住民説明用の資料を、いま作っています。保健師さんらがそれを使って、ボランティアをやってもいいという人を掘り起こす。『見える化』システムで、重点地域や重点課題を明らかにして、この町をぼけない町、転ばない町にしたくありませんか?と問いかける。そうしたら、じゃあ一肌脱ごうかという人も必ず現れると、経験から確信しています」

 こうした成果を見て、地域ごとの実情に応じた介護・医療などのネットワーク「地域包括ケア」システムの整備に取り組み始めていた厚生労働省は、「見える化」システムを国の事業として採択。検討委員長に近藤さんを据えて開発を始め、今年7月から、全国の市区町村の介護保険データを活用した「地域包括ケア『見える化』システム」を公開した。

 「自分たちのやってきたことが政策に載ったという手応えを感じました。国の関心は、介護予防における健康格差だけでなくて、介護サービスなどの資源や介護給付費まで総合的なものですが、それらも超高齢社会がいっそう進む日本にとって重要なものです。これから徐々に機能を拡充し、使いやすいものに整理していこうと思っています」

 近藤さんの挑戦はこれだけではない。医療分野の基礎研究を社会に還元するまでの研究を後押しするために国が作った、「日本医療研究開発機構(AMED)」の研究として、認知症などの予防に有効なプログラムの評価検証に向けた研究もこの秋から始めた。

 「例えば、同じサロンと呼ばれる取り組みでも、所によって、頭の体操だとか、体を動かす体操だとか、おしゃべりだとか、認知症予防に良さそうなプログラムがいろいろ用意されています。しかし、それらが本当に効果があるのか、どれが効果が大きいのかなどを評価するシステムがなかったのです。体操中心のサロンと、趣味やカラオケ中心のサロン参加者を、例えば5年間追跡して、どちらかで認知症の発症割合が低いかを比較評価できればわかります。言うのはたやすいですが、多くの市町村や高齢者の協力が不可欠で、簡単ではありません。それでも科学的な検証をしたいと思っています」

 「ほかにも自殺や防災対策、新しく出来たスポーツ庁やフィットネスクラブなど、様々な市町村担当者、省庁、企業などと協働して、健康格差を縮小するための取り組みを仕掛けてみたい。『1億総活躍社会』を政府が打ち出したのですから、高齢者にボランティアなどとして地域社会で活躍してもらい、ボランティアも参加者も、参加しない地域の人も含めて、みんなが健康になるまちづくりに挑戦したいと思っています」

 そんな活動を続けている近藤さんを勇気づけるデータが、今年8月、イギリスで発表された。日本に先駆け、国を挙げて健康格差の是正に取り組んできたイギリスでは、1999~2003年には上位10%の富裕層と、下位10%の貧困層の平均余命の差が6.9年もあったのが、06~10年には4.4年と、差が2.5年も縮小したという報告だった。

 「ブレア政権の時に仕込んだ政策が、じわじわと7年たって効いてきたのだと思います。やりようによっては健康格差は縮小することが証明されたのです。健康格差の縮小という目標には反対しない人でも、『簡単ではない』『できっこない』と思っている人は少なくありません。しかし、縮小できた前例ができたのですから、日本でできないとしたら、やり方が悪いか、取り組みが不十分であると考えられます。とても勇気づけられる報告でした」

 イギリスでは、労働党のブレア政権が、様々な格差の実態がわかるデータを国民に「見える化」し、健康格差対策に取り組むと宣言した。2010年に、格差に寛容な保守党が政権に返り咲き、健康格差対策は打ち切られるかと懸念された。しかし、蓋を開けると、保守政権でも健康格差是正の政策は続行された。

「健康格差があるということが国民に知れ渡って、『いのちの格差まで放置するのはまずい』という国民感情が形成されてしまったのです。だから保守政権も『健康格差はどうでもいい』とは言えなくなってしまったのだと思います。見えてしまったことの力だと考えています。日本でも、健康格差の実態を広く知ってもらい、対策を取るべきだという合意を形成することがまず大事です。日本でもそういう共通認識ができ、健康格差が拡大していることが誰の目にも明らかになれば、対策が立ち止まることはないと思います」

 次世代の研究者も育てようと、来年度から、千葉大、金沢大、長崎大の3大学共同大学院で、「社会疫学」の講義も担当する。

 「10年以上前から千葉大の医学部などで健康格差について講義をしてきましたが、学生の反応はいろいろです。国公立9大学の医学部合格者の出身校を調べてみると、1981年には7割が公立高校でしたが、2005年には私立高校が8割だったそうです。中学以降、均質な同級生の中で育った医学生が増えてきているのです。講義の感想文の中には、『私は医学部に入るために小学生の時から努力してきた。努力しなかった人が貧乏になっても仕方ない』などと書く学生もいます。一方で、『こんなに格差があるとは知らなかった。なんとかすべきだ』という感想を持つ学生は多いし、『自分も社会医学の仕事をしてみたい』と言ってくれる学生が必ず何人かはいるのです。健康で幸福な社会づくりを目指す若手が大勢育って、社会に情報発信し、働きかけてくれる。そんな人材養成の拠点づくりも、私がやりたいことです」

 国が「健康格差の縮小」という10年計画を掲げて、はや2年半が経過した。あと、残り7年余り。インタビュー翌日に57歳になった近藤さんは、これから何を目指すのか。

 「恐れているのは、『10年間取り組んだけれども、健康格差は縮小しなかった、無謀な目標だった、だから取り下げる』となってしまうことです。7年以内に目に見える形で格差を縮めるか、もう少しで成果があがりそうだという見通しを示すところまで持ち込まないと危ない。それまでに、日本でも、見える化を進めて、格差があることを誰もが知り、何とかすべきだという合意を作りたい。あちこちで試みを始めて、効果を評価して、少なくとも可能性が見えるところまでは持っていかなければなりません。せっかく国が『健康格差の縮小』を目標とするところまでこぎ着けたのに、『そんな時代もありましたね』と後戻りはさせたくない。そんな思いを胸に、これからも走り続けます」

(おわり)

【略歴】近藤克則(こんどう・かつのり) 千葉大予防医学センター教授(社会疫学)、国立長寿医療研究センター老年学評価研究部長

 1958年、愛知県生まれ。83年、千葉大医学部卒業、船橋二和病院リハビリテーション科長などを経て、97年日本福祉大助教授。イギリス・ケント大留学後、日本福祉大社会福祉学部教授を経て、14年4月から現職。『健康格差社会―何が心と健康を蝕むのか』(医学書院)で社会政策学会賞(奨励賞)受賞。『「医療費抑制の時代」を超えて―イギリスの医療・福祉改革』『「医療クライシス」を超えて―イギリスと日本の医療・介護のゆくえ』(共に医学書院)、『「健康格差社会」を生き抜く』(朝日新書)など著書多数。

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