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原記者の「医療・福祉のツボ」

医療・健康・介護のコラム

貧困と生活保護(17) 保護基準の引き下げは、低所得層全体に影響する

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 生活保護の基準は、このところ、引き下げが重ねられてきました。保護基準が下がると、どうなるでしょうか。

 保護を受けている世帯は、最低生活として保障される金額が下がります。つまり、もらえる金額が減ります。また、基準が下がることは、保護の要件が厳しくなることを意味するので、以前なら保護を受けられた収入水準の世帯が、保護を受けられなくなります。

 それだけではありません。

 生活保護の収入基準は「ナショナルミニマム」(国民に保障される最低限の生活水準)として、住民税の非課税限度額の設定や、就学援助などの基準に使われています。さらに住民税が非課税かどうかは、医療、介護、福祉、教育など、多数の制度で「低所得」の線引きに使われています。それらのラインが下がると、いろいろな負担減免や給付の対象になっていた世帯が、対象から外れます。最低賃金も、保護基準を参考にしながら決めるので、ブレーキがかかります。

 したがって、引き下げの影響は、保護を受けていない低所得層の人々にも及ぶのです。2013年8月からの生活扶助基準の引き下げでは、他の制度への影響を防ぐ措置がある程度、取られていますが、その措置がこれからも継続されるとは限りません。

 「生活保護の人たちは、何もしないでお金をもらえていいな」「もっと厳しくしろ」などと、やっかみ交じりで言っていた人たちも、保護基準引き下げの余波を受けるかもしれません。

老齢加算の廃止

 まずは、近年の保護基準引き下げの大まかな内容を確かめておきましょう。

 以前は、70歳以上の高齢者の生活扶助に「老齢加算」がありました。月1万5000~1万8000円程度が、香典をはじめとする交際費など高齢者特有の需要(出費)を理由に加算されていたのですが、04年度から段階的に減らされ、06年度に廃止されました。影響は約30万人。高齢の単身世帯では、保護費の手取りが20%近く減りました。

 これを不当とする審査請求、訴訟が各地で起き、福岡高裁では原告勝訴の判決が出ました(10年6月14日)が、最高裁は「行政の裁量権の範囲を逸脱していない」と判断しました(12年2月28日最高裁判決など)。

母子加算の廃止と復活

 ひとり親世帯や、親が重い障害を抱えている世帯は、生活扶助に母子加算があります(現在は子ども1人の場合で月2万円前後)。児童扶養手当に相当するものですが、05年度から、母子世帯に特有の出費は少ないといった理由で減額が始まり、09年4月にいったん廃止されました。この引き下げをめぐっても各地で訴訟が起きました。

 その後、子どもの貧困対策として母子加算の復活を公約に掲げた民主党政権の誕生によって09年12月に加算が復活し、自公政権に戻った現在も継続しています。

生活扶助基準本体の引き下げ

 生活扶助は、食費、被服費、光熱費など日常的な生活費や耐久消費財の購入にあてるためのものです。そのベースである基準生活費の額が13年8月、14年4月、15年4月と、3段階にわたって引き下げられました。期末一時扶助も減額されました。13年7月の水準に比べ、全体の平均で7.3%、世帯人数が多い場合は最大10%という大幅なダウンです。15年4月からの消費税率アップに伴って基準額は2.9%引き上げられましたが、実質的な水準が当初の予定通り、平均7.3%ダウンしたことには違いありません。

 生活扶助基準は、03年度に0.9%、04年度に0.2%の引き下げが行われたことがありますが、今回の3段階引き下げは、保護世帯の96%,200万人以上が対象となり、ダウン幅も、過去に例のない大規模なものでした。

 これに対し、合理的な根拠のない不当な引き下げだとして、3万件近い審査請求があり、これまでに25の地裁で計800人余りが訴訟を起こして国側と争っています。

住宅扶助基準の引き下げ

 15年7月から、住宅扶助の限度額が多くの地域で引き下げられました。すでに保護を受けて住んでいる世帯には、いくつかの経過措置がありますが、条件を満たさないときは、家賃の安い住居へ引っ越すよう、福祉事務所から指導されます。新たに生活保護を受ける世帯は、従来並みの家賃が住宅扶助から出ないので、より安い物件を探すことになります。

冬季加算の引き下げ

 生活扶助には、暖房費をまかなう冬季加算があります。都道府県単位でⅠ~Ⅵ区の6ランクに区分され、寒冷地で人数が多いほど加算額が多くなります。その額が15年10月から変わりました。寒冷地では加算対象の期間が拡大しますが、月ごとの金額が大幅に減ります。

 たとえば、寒さの最も厳しいⅠ区で、2級地-1(旭川市、青森市、秋田市など)の都市に暮らす単身世帯の場合、昨冬は11月から3月まで月2万2080円の加算だったのが、今冬は10月から4月まで月1万2540円になります。シーズンの総額では20%の削減です(ただし病気・障害・乳児などで在宅時間の長い人のいる世帯は、その1.3倍までの加算が認められる)。

 一方、夏場は、熱中症を防ぐためにも意味でもエアコンがないと大変です。現在は、生活保護世帯でもエアコンの保有は認められています。その場合、電気代がかさむので、「夏季加算」が必要だと思いますが、こちらのほうは進展がありません。

ほかの制度の線引きも変わる

 さて、生活保護基準が下がると、どんな制度に影響するでしょうか。厚労省は今回の生活扶助基準の引き下げの際、影響を受ける他の制度として38分野を挙げ、できるだけ影響が及ばないようにすると説明しました。しかし、厚労省のリストアップから漏れている制度もあります。

 そこで、筆者が調べた範囲で、保護基準の引き下げによって、生活保護を受けていない世帯にも不利益が生じうる制度について、主なものを挙げていきます。

<生活保護基準に合わせて給付基準を決めている制度>

 保護基準の引き下げによって、そのまま、給付水準が下がったものです。

中国残留邦人等に対する支援給付、ハンセン病療養所入所者の家族への生活援護費、ハンセン病療養所に入所していない患者・回復者への給与金

<生活保護基準を指標にして適用基準を決めていることがある制度>

 以下の制度では、生活保護基準を準用して、あるいは「生活保護基準の1.3倍の収入」といった計算方法で、制度の適用基準やその目安を決めていることがあります。適用基準の定め方は、実施主体ごとに違います。

就学援助(市町村ごと)、生活福祉資金の貸し付け(都道府県社会福祉協議会ごと)、無料低額診療事業(医療機関ごと)、国民健康保険の保険料・自己負担額の申請減免(市町村ごと)、後期高齢者医療の保険料自己負担の申請減免(広域連合ごと)、高校生の奨学金(都道府県ごと)、大学の授業料・入学金の減免(大学ごと)、民事法律扶助の利用

<境界層の負担を軽減するしくみがある制度>

 介護、障害者、難病の分野では、生活保護受給なら利用者の負担がゼロ、住民税非課税なら低い負担額になります。さらに、制度の区分に従って費用を負担すると生活保護の対象になる「境界層」の人たちに対し、保護に移行せずに済むレベルまで負担を減らすしくみを採用しています。このため、保護基準が下がると、境界層の範囲が変わります。

介護保険の保険料区分、介護保険施設に入所中の食費・居住費(負担限度額の区分)、高額介護サービス費制度(負担上限額の区分)、障害者・障害児・難病患者向けの福祉サービス・補装具・日常生活用具の利用(負担上限額の区分)、障害者の自立支援医療(負担上限額の区分)、難病・小児慢性特定疾病の医療・日常生活用具の利用(負担限度額)

<住民税が非課税かどうかで負担額・給付額などを線引きしている制度>

 住民税の非課税限度額は、生活保護の基準を参考にしながら、生活保護の地域区分(級地)に応じて地方税法で決められます。そして、住民税が非課税かどうかを、負担や給付の線引きに使っている制度は、下記のように、非常にたくさんあります。先に挙げた「境界層の負担軽減」のしくみがある制度も、住民税非課税を負担区分に用いています。

 今回の生活扶助基準の引き下げの後は、他の制度への影響を防ぐため、非課税限度額は据え置かれています。住民税非課税を線引きに使っているだけの制度には影響が出ていないはずです。ただし、2016年以降にどうなるかは「わからない」(総務省市町村税課)ということです。

医療保険の高額療養費制度(負担限度額の区分)、入院中の食事療養費・生活療養費(標準負担額の区分)、高額医療・高額介護合算療養費制度(負担限度額の区分)、社会福祉法人による介護保険サービスの負担額(軽減の要件)、養護老人ホームへの入所(対象になるかどうかの基準)、未熟児養育医療(負担限度額の区分)、保育料(徴収金の区分)、幼稚園の就園奨励費補助金(補助限度額の区分)、母子生活支援施設・児童入所施設の利用(徴収金の区分)、ひとり親家庭への日常生活支援事業(利用料の区分)、ひとり親世帯の教育訓練・高等職業訓練の給付金(支給額の区分)、NHK受信料の免除(障害者のいる世帯の場合の基準)

影響の検証が必要

 就学援助は、生活保護に準じる世帯も対象で、子どもの貧困対策に直結するため、基準引き下げの影響が最も懸念され、文部科学省は、影響を及ぼさないよう市区町村に求めていました。

 文科省が15年10月に発表した「平成25年度就学援助実施状況等調査」等結果は、15年度当初の就学援助制度について、回答した1761自治体のうち、引き下げの影響がありうるのは27自治体だけだったと説明しています。

 これに対し、法律家・実務家・支援者・当事者などでつくる生活保護問題対策全国会議は「集計結果をよく見ると、212自治体(12.0%)は基準引き下げの影響がある。それを含めて674自治体(38.3%)で引き下げの影響を受ける可能性がある」と指摘しています。

 他の制度を含め、基準引き下げの余波による不利益は、ていねいな検証が必要でしょう。

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原昌平(はら・しょうへい)

読売新聞大阪本社編集委員。
1982年、京都大学理学部卒、読売新聞大阪本社に入社。京都支局、社会部、 科学部デスクを経て2010年から編集委員。1996年以降、医療と社会保障を中心に取材。精神保健福祉士。社会福祉学修士。大阪府立大学大学院客員研究員。大阪に生まれ、ずっと関西に住んでいる。好きなものは山歩き、温泉、料理、SFなど。編集した本に「大事典 これでわかる!医療のしくみ」(中公新書ラクレ)など。

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