茂木健一郎のILOVE脳
yomiDr.記事アーカイブ
贅沢な「オーバーフロー」体験
毎朝走ることを基本としている私ですが、その一方で、決してムリはしません。
生活の「流れ」が大切だと思っているのです。
エクササイズはするけれども、それは、生きるということの流れになくてはならない。
どのようにエクササイズのプランを立てるということは、案外、難しく、そして奥深いことだといつも感じています。
私は、この原稿を北九州市の小倉駅近くのホテルで書いています。
二泊三日の旅です。
最初の夜のこと。
旧知の、牧師さんでさまざまな社会活動をされている奥田知志さんと、お酒を飲みながら楽しく語り合いました。
翌朝。本来ならばランニングに行くはずの朝ですが、二つ問題がありました。
一つは、前日のお酒のせいで、何とはなしに身体が重い気がする(笑)。
もうひとつは、仕上げたい仕事がある。外に出る前に終わらせるためには、ランニングにいく時間がない。もしランニングに行くと、仕事を持ち越してしまうことになる。
こんな時、私は、「ランニングに行かない」という判断をします。
そのような判断ができるようになったということが、エクササイズ人生で、一つの進歩でもあるなあ、と感じます。
決して、サボるとか、そういうことではなく(笑)。
その代わり、というわけではないのですが、夕方の仕事先の八幡まで、歩いていくことにしました。
小倉駅からの距離は、約7.5キロ、予想の所要時間は1時間35分(写真1)。
ふらふら歩いていくには、ちょうど良い距離です。
一口にエクササイズと言っても、いろいろな「種目」があると、私は考えています。
ランニングもあれば、ウォーキングもある。
場合によっては、部屋の中を片付ける、というのもエクササイズかもしれない。
決して、ランニング原理主義ではなく、さまざまなエクササイズを組み合わせることが大切だと思うのです。
いろいろな発見
小倉駅を出発。スマートフォンの地図に従って、歩いていきます。
小倉は、私の母のふるさとなので、子どもの頃から何度も来ているのですが、案外、こうして長い距離を歩くという経験がありません。
だから、見るものがすべて珍しく、いろいろな発見があります。
途中にあった、愛宕神社(写真2)。
山上にあるこの神社に参拝しやすいようにするために、江戸時代に少しずつ寄付を集めて、石段をつくった、という説明がありました。
そのような歴史と文化の集積の上に、今の自分がいる、ということも認識できます。
神社から、道を回りこんでいくと、急に視界が開けて、目の前に川が(写真3)。
学校帰りの生徒たちが歩く道を、私も歩きます。
曇っていた空から、日差しが現れて、なんとも言えない風情を醸しだしています。
道は、ずっと続いていく。
そして、新しい風景が、次々と開ける。
そのような、予想ができない展開こそが、脳への適度な刺激となり、身体運動に加えて、生命の肥やしとなってくれます。
道の風景は、地元の人にとっては見慣れたものかもしれませんが、私にとっては生まれて初めての、一期一会(写真4)。
初めての土地を歩く、ウォーキングの楽しみは、このような出会いの中にあります。
さらに歩いていくと、目的地に近い、「スペースワールド」が遠景に見えてきました(写真5)。
シンボルとなっているスペースシャトルの姿が、くっきりと目に焼き付きます。
スペースワールドでは、かつて、宇宙飛行士の訓練を疑似体験できるスペースキャンプが設営されていました。
その頃、私も重力が小さくなる運動体験をしたことがあります。上から特殊なコードで
今は、スペースキャンプのプログラムは終了しているようですが、新しい施設、アトラクションが増えて、多くのお客さんがいらしているようです。
そのうち、また、スペースワールドに行きたいな、と思いながらさらに歩くと、折しも夕暮れ。
美しい夕日が見えました(写真6)。
温泉のかけ流しのよう
このように、写真とともに、小倉から八幡までのウォーキングをみなさまにご紹介しているのですが、実際には、「意識の流れ」の中で、書ききれない、そもそも記憶しきれないほどの体験が、私の脳の中で生み出されていました。
このような、あふれ出てしまう、いわば、温泉のかけ流しのような体験を、最近の研究では「オーバーフロー」と言います。母の故郷である小倉から八幡まで、オーバーフローのウォーキングをするのは、本当に
エクササイズは、運動のための運動になってしまっては何かが違うように思います。
自分が充実した人生を生きる、という流れの中に、うまくエクササイズを取り入れることが出来たならば、それは、とても素敵な時間を約束してくれることでしょう。
記憶に残る、充実した北九州ウォーキングでした。