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イグ・ノーベル・ドクター新見正則の日常

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認知症の判定テスト…「10時10分」が描けるかどうか

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 今日は、「10時10分」のお話。おやつの時間ではありません。長針と短針を持つ普通の丸い時計で10時10分を描いてみましょう。「○」を書いて、円周を4等分して、人によっては12等分して、真上が12で、4等分した人は時計回りに3、6、9と記入します。12等分した人は、1から順に記入していきます。そして短針が左横からちょっと上、長針が右横からちょっと上ですね。

従来の判定法より手軽

 これが実は、認知症になると思うように描けないのです。まず、円を描けない人もいます。そして4等分できない人も、また、てっぺんが12にならない人もいます。てっぺんを12にするのは結構難しいです。そしてなんと、10時10分がまったく違う位置になることも多々あります。認知症を他人が知ることは結構難しく、医療機関では長谷川式スケールというものも使用しています。これは30点満点の簡単な試験なのですが、「年はおいくつ?」「 今日はいつ?」「 ここはどこ?」といった質問のほか、「3つの言葉を言ってもらって、ちょっと後にまた尋ねる」「100から7を順番に引いていく」「3桁や4桁の数字を逆から言う」などをやってもらいます。どれも役立つ質問ですが、たくさん行う必要があり、家庭でやるには大変です。そんな時に「10時10分」を描いてもらいましょう。これでだいたいの見当は付きます。

デジタル的な判断は困難

 最近は認知症の方が起こしたと思われる事故が多発しています。「思われる」となっているのは、認知症の診断が難しいからです。たとえば、飲酒運転であれば、事故を起こしたドライバーの息のアルコールを調べれば、誰もが納得できて飲酒運転と判明します。極めてデジタル的に、つまり数字で、そして客観的に判断できます。ところが、認知症はなかなかデジタル的にはなりません。先ほどの長谷川式スケールも本当にひどい認知症になれば得点は低くなりますが、認知症もどきでは正常値を示すこともあります。母が認知症でしたので、僕はその経過が本当によく分かるのです。そして家族の方の苦労も、ましてや本人の苛立ちや、悲しい思いもよく実感できます。「10時10分」の描写も点数化はできませんが、その出来上がったものを見ると、また描いている姿をじっと観察していると、「確かに以前とは違うんだ」ということが、家族の実感としてわかると思います。

事故を防ぐために

 認知症は高齢になればなるほど罹患りかん率(病気を患っている方の割合)は上昇します。そして認知症を完全に防止する薬物はなく、もちろん回復させる薬物もありません。なんとか進行防止に役立つ薬物が最近は登場しています。認知症がなかなかデジタル化できないということは、行政が強制的に「認知症だから」と運転免許を取り上げることはなかなか困難だと言うことです。でも行政も頑張っていますよ。認知症の高齢ドライバーによる事故を防ぐため、75歳以上の運転免許制度を見直す改正道路交通法が、今年6月11日の衆院本会議で可決、成立しました。免許更新時に「認知症の恐れ」と判定された場合に医師の診断を義務づけ、正式な診断が出れば、免許停止か取り消しとなります。この法律は公布から2年以内に施行される予定です。

 僕の外来には90歳をとっくに超えていて、それでも一人で車を運転して来る人がいます。「10時10分」を描いてもらったら、4分割のきれいな時計を見事に描きました。日頃の受け答えもまったく問題ない人ですが、「やっぱり大丈夫なのだ」と再認識しました。一方で、70歳前後で元気そうな方に、「10時10分」をお願いすると、まったく描けない人も結構います。そしてその中には、実は運転をしている人も含まれています。家族も一緒に来るのですが、この「10時10分」の結果を見せると、「もっと本気で運転をやめるように説得します」と言ってくれます。それほど、僕は「10時10分作戦」は周囲が理解しやすい認知症とわかる判断材料の一つだと思っています。

 次は僕たちの自衛手段です。高速道路を逆走されては、やっぱり避けられないような気がします。逆走する車が見えても十分避けられるだけの視界を確保して運転するには、よほどの車間距離が必要です。青信号で道路を渡るときに信号無視の車が乱入するかも知れません。そうすると、十分な意思決定ができない人が運転している可能性があると思って生活するしか自衛手段はないですね。であれば、実は無防備で渡る青信号は結構危なく、青信号でも赤信号と思って渡ることが必要になるかも知れません。困りますね。

90歳を超えても「人はいろいろ」

 最後に、高齢者だから認知症と思うことは間違いです。認知症は高齢化すれば増加しますが、90歳を超えても車で来院する僕の患者さんのようにまったく問題ない人もいます。そして相当若くして認知症になる人もいるのです。このコラムの根底に流れるテーマは、「人はいろいろ」です。認知症になる人もいれば、ならない人もいます。人はいろいろなのですよ。

 人それぞれが、少しでも幸せになれますように。

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知りたい!_20131107イグ・ノベーベル賞 新見正則さん(1)写真01

新見正則(にいみ まさのり)

 帝京大医学部准教授

 1959年、京都生まれ。85年、慶応義塾大医学部卒業。93年から英国オックスフォード大に留学し、98年から帝京大医学部外科。専門は血管外科、移植免疫学、東洋医学、スポーツ医学など幅広い。2013年9月に、マウスにオペラ「椿姫」を聴かせると移植した心臓が長持ちする研究でイグ・ノーベル賞受賞。主な著書に「死ぬならボケずにガンがいい」 (新潮社)、「患者必読 医者の僕がやっとわかったこと」 (朝日新聞出版社)、「誰でもぴんぴん生きられる―健康のカギを握る『レジリエンス』とは何か?」 (サンマーク出版)、「西洋医がすすめる漢方」 (新潮選書)など。トライアスロンに挑むスポーツマンでもある。

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