文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

原記者の「医療・福祉のツボ」

コラム

貧困と生活保護(15) 扶養義務の強化は、悲劇をもたらす

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

 生活保護と親族の扶養をめぐって、「子どもが老親の面倒をみるのは当然だ」」「生活保護に頼る前に家族、親族で助け合うべきだ」などと主張する人たちがいます。伝統的な家族観に立って道徳や美風の復活を説いているのだと思いますが、本当にその方向がよいのでしょうか。

 現実にどんなことが起きるか、想像力をはたらかせて、よく考えてみないといけません。

 親族による扶養義務を強めると、さまざまな悲劇をもたらすばかりか、かえって家族・親族の関係が壊れてしまう、と筆者は考えます。

 「生活保護なんて、自分に関係することはない」と思っている人こそ、扶養義務の強化によって、足を取られるかもしれません。

もともと関係が良くない場合がある

 現在の生活保護制度では、親族による扶養は、生活保護の給付に「優先」するものです。現実に親族から援助があったら、それを先に使って、足りなければ生活保護で補うという意味です。

 これが、親族による扶養の追求が生活保護の「要件」になったり、それに近い運用が行われたりしたら、どうなるでしょうか。経済力を持つ親族がいるだけで保護を受けられない、あるいは親族から援助を得るために最大限の努力をしないと保護を受けられない、さらには、扶養義務を負う者が生活保護にかかる費用の一部を福祉事務所から強制的に徴収されるといったやり方です。

 まず念頭に置く必要があるのは、家族・親族であっても実情はさまざまで、そもそも人間関係が良好とは限らないことです。

 まだ離婚していない夫婦間でも、DVを受けていたり、憎しみ合っていたりすることがあります。親子でも、親から虐待を受けて育った、親から捨てられていた、親が失踪して長年、音信不通だったといったケース。反対に、子どもから暴力や虐待を受けていた、金の無心をさんざんされて財産を食いつぶされたといったケースもあるでしょう。きょうだい同士も、仲が悪いことはしばしばあります。

 そういう関係のときに、生活に困ったなら親族だから援助してもらえ、過去は水に流して援助しろ、と求めるのは、とうてい無理がありますよね。

良かった人間関係も悪化する

 もともと関係の悪くない親族なら、スムーズに援助が行われるでしょうか。

 援助する側に経済的余裕がたっぷりあって、当事者同士の気持ちが通い合って自主的に援助が行われるならよいのですが、それほど裕福でない場合、親族の生活保護の利用に関連して金銭援助を求められると、おそらく良い気分にならないでしょう。援助を受ける側は、負い目を感じます。それが一時的ならまだしも、長く続くと人間関係がぎくしゃくしてくるでしょう。まして、大人になったきょうだいだと、配偶者がいたりするわけです。

 ホームレス状態で野宿している人たちに対して「なぜ親、子、きょうだいに頼れないのか」という見方がありましたが、金銭の援助を求めたら関係が悪化する、家に転がり込んだら関係が悪化する、実際に住まわせてもらったけれど関係が悪化したので出てきた、という現実があるのです。

保護の必要な人が受けにくい

 生活保護の申請をすると、扶養義務者に関する調査が行われます。本人から親族の生活状況を聞き取り、年齢などを確認したうえで、<1>生活保持義務関係にある人(配偶者、未成熟の子に対する親)<2>親子関係にあって扶養の可能性が期待できる人<3>本人と特別の事情のある親族で扶養能力があると推測される人――だけに、扶養できるかどうかを照会すればよい、と厚生労働省は説明しています。兄弟姉妹は原則として照会の対象外です。

 しかしこれまで、福祉事務所によっては、画一的に広い範囲の親族へ照会文書を送って「この人が生活保護を申請しているのですが、あなたは援助できませんか?」と問い合わせることがありました。何十年も音信不通の親族へ照会したケースもありました。

 そうすると申請した人は、自分の恥をさらすことになる、あるいは相手に負担をかけるのではないか、と気がかりですよね。それがいやで、生活に困窮していても生活保護の申請をあきらめる人が、現在でも少なくないのです。

 2013年の生活保護法改正(14年7月施行)では、扶養義務者の収入・資産の調査を含めて福祉事務所の調査権限が強化され、保護を受ける当事者だけでなく、扶養義務者や同居の親族に対しても、報告を求めることができるという規定が新設されました。

 さらに扶養義務が強化されていくと、保護の必要な状態にある人が、保護を申請しない、保護を受けられないという事態が大幅に増えかねません。

貧困に周囲が巻き込まれる

 かりに、生活保護にともなって、十分な余裕のない親族にも扶養義務による金銭援助が強く求められると、どうなるでしょうか。お金を出す側の経済状態は当然、低下します。

 誰かが貧困状態に陥ると、周りの親族も巻き込まれてお金を取り上げられる、場合によっては、そちらも貧困に陥るのです。貧困の渦巻きのようなものです。そうなると、生活保護を受ける人は親族たちから白い目で見られ、やっかい者扱いされるでしょう。

 いまは元気に働いて収入を得ている人でも、たとえば病気をしたら、たちまち貧困に陥ることがあります。そういうときに、裕福でない親族にまで扶養を強いるのは、親族に負担を押し付け、親族を犠牲にすることにほかなりません。

 公的扶助(生活保護)が公的な責任を果たし、きちんと機能していてこそ、周りの人が貧困に巻き込まれずに済むのです。

子どもや障害者の自立を妨げる

 さらに考えてほしいことがあります。まず、生活保護を受ける家庭に育った子どものことです。

 就職して独立し、多少の収入を得るようになっても、生活保護を受けている親やきょうだいへの援助を義務づけられるとしたら、資格の取得、通信教育、読書など、自分を高めるのに使えるお金が減ります。結婚資金もためにくいでしょう。そうすると、貧困家庭に育った子どもは、自分を犠牲にして親きょうだいをいつまでも養い続けろということになります。まさに「貧困の世代間連鎖」をもたらし、格差の固定化を招くのです。

 今年、大阪府大東市で次のような事例が判明しました。5人暮らしだった生活保護世帯の18歳の長男が高校を卒業して就職し、6月になって女性と暮らすために独立して住んだことに対し、福祉事務所が、非難する指導指示書を出したのです。長男が家に残って給料を入れ、いずれ下のきょうだい2人も働くようになれば、世帯の収入が増えて生活保護から脱却できるのに、というのが福祉事務所の主張でした。この世帯の父親は脳卒中の後遺症のため要介護状態で、母親も介護に追われていました。就職後2か月間の長男の給料は世帯の収入として認定され、保護費の支給が減っていました。独立後も長男は福祉事務所から要請され、月3万円を仕送りしていました。

 弁護士の抗議を受けて、福祉事務所は8月末、指導指示書を撤回し、仕送りの要請もやめましたが、この福祉事務所のやり方は、保護費の支給を減らすことばかり考えて、子どもの自立を軽んじたものと言えるでしょう。

 障害者の場合も問題が生じます。障害者は、収入が少なくて生活保護を利用することが珍しくありません。大人になった障害者についても、親に養ってもらえ、独立して住んで生活保護を受けるときでも親から援助してもらえ、と要求されるなら、いつまでたっても自立した生活を営めません。親のほうも障害者がいるために負担を強いられ、経済的に苦しい状態が続きます。

 生活保護は世帯単位が原則ですが、個人の自立を助けるために「世帯分離」という扱いをすることがあります。たとえば長期の入院、施設入所、寝たきり、重度障害で医療・介護の費用がかさむ人がいれば、その人だけを生活保護にして家計の負担を減らす。反対に、奨学金やアルバイトで生活費を得ている大学生・専門学校生、結婚・独立を控えている人は、その人を保護から外して自分のために収入を使えるようにし、残りの世帯だけを保護する、といった方法です。

 生活保護法の目的の一つである「自立助長」は、貧困が多くの人に波及するのを食い止める意味を含んでいます。そこを理解せずに親族の扶養ばかり強調するのは、法の目的に反するのです。

外国と比べてどうか

 そもそも日本の民法が「夫婦、直系血族、兄弟姉妹、特別の事情がある3親等内の親族」の扶養義務を定めていることについては「範囲が広すぎて、現代の実情に合わない」という批判があります。たしかに、兄弟姉妹の間で扶養を求めるのは、現実に照らして、いかがなものでしょうか。また3親等内の親族というと、自分のおじ、おば、おい、めいに加えて、配偶者の父母、きょうだい、おじ、おば、おい、めいまで及びます。

 外国では、どうでしょうか。近畿弁護士会連合会編『生活保護と扶養義務』(民事法研究会、2014年)は、主な先進国の民法上の扶養義務や、公的扶助にかかわる扶養義務者への求償制度(費用徴収制度)を調べた結果を紹介しています。

<国><民法上の扶養義務><公的扶助に関する求償制度>
イギリス夫婦間、未成熟の子に対する親 求償制度はない
フランス夫婦間、未成年の子に対する親 求償の明文規定はない
ドイツ夫婦間、未成年の子に対する親、直系血族1親等内で収入が年10万ユーロを超す場合に限り、求償
スウェーデン夫婦間、独立前の子に対する親 子どもの養育費は資力があれば徴収
アメリカ夫婦間、未成年の子に対する親(州により差)子どもの養育費は支払いを強制

 生活に困った人を誰が助けるかについては、親族間の私的扶養から、社会による公的扶助へ、しだいに重点が移ってきたのが歴史の流れで、欧米主要国の扶養義務の範囲は限られています。

 日本の現実に即した妥当な範囲はどのあたりなのか、民法の扶養義務のあり方を含めて、見直しを行う必要があるように思います。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

原昌平20140903_300

原昌平(はら・しょうへい)

読売新聞大阪本社編集委員。
1982年、京都大学理学部卒、読売新聞大阪本社に入社。京都支局、社会部、 科学部デスクを経て2010年から編集委員。1996年以降、医療と社会保障を中心に取材。精神保健福祉士。社会福祉学修士。大阪府立大学大学院客員研究員。大阪に生まれ、ずっと関西に住んでいる。好きなものは山歩き、温泉、料理、SFなど。編集した本に「大事典 これでわかる!医療のしくみ」(中公新書ラクレ)など。

原記者の「医療・福祉のツボ」の一覧を見る

最新記事