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日野原重明の100歳からの人生

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人間ドック受診の最高齢記録保持者になりました

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 10月4日は私の104歳の誕生日でした。その前日は、聖路加国際病院の「人間ドック友の会」と「メディローカスクラブ」の会員を対象にした「健康の祭典」がホテルオークラで催され、私は「加齢とともに気をつけなければならない日常の生き方」と題する講演を行い、引き続いて懇親会がもたれました。

 「健康の祭典」は、もともと聖路加国際病院で人間ドックを受けられた方々が年に1回集まるという「人間ドック同窓会」が元になって生まれたものです。

 日本で初めて人間ドックを開設したのは聖路加国際病院と国立東京第一病院(現・国立国際医療研究センター)で、1954年(昭和29年)のことでした。その時、聖路加国際病院が掲げたキャッチフレーズは、「人生の長い航路の時々、ドックにでも入って精密なる点検、修理を行って、自信をもって再び航海をつづけ、難破沈没の危険を防ぐべし」というもので、「人間ドック」という呼称はある新聞記者によって命名されたものでした。

 当初の人間ドックは1週間の入院期間で全身をチェックするというもので、当院では2病室をこれに充てました。政財界の第一線で活躍中の方々が毎年、休養も兼ねてこのドックを受けられ、その方々によって55年に同窓会が誕生しました。65年には3日間ドックを開始し、私は院長補佐のかたわらドックの主任も務めていました。72年には外来通院ですむ自動化健診も行うようになり、現在、病院に隣接する聖路加タワーの3、4階に「聖路加国際病院付属クリニック・予防医療センター」を運営しています。

 人間ドックは日本で生まれたユニークな予防医療活動です。私は人間ドックを担当したことによって、ある一人の人間の健康状態を病気を発症していない人がどのような経緯をたどって発症に至るのか、もしくは発症せずにそのまま健康を維持することができるのかについて、経年的にフォローすることができました。ここから得られたことは、「自分の健康は自分で守るもの」というきわめて当たり前のことでした。一般の人たちへの「健康教育」に力を入れたのも、「生活習慣病」という考え方を主唱したことも、人間ドックを担当した医師としての体験がもとになっているのです。

 「人間ドック」は、今では日本ばかりか、中国、台湾などにまで行き渡り、多くの病院や健診施設が病気の早期発見に努めています。しかし、何より大事なことは、国民の一人ひとりが生活習慣病にならないようにするという日頃の生活です。

 世界でもトップレベルの長寿国である日本では、今、いかに健康寿命を平均寿命にまで近づけるかが課題となっています。栄養バランスの良い食事をとり、フレイル(脆弱化)の大きな原因となる転倒、骨折などに気をつけ、介護や寝たきりなどで過ごしている男8.93年、女12.4年という期間をできるだけ短縮するように努めたいものです。

 私自身のことを申しますと、今年の7月初旬、心房細動に対して除細動の処置を受けたほかは健康上大きな変化はなく、7月下旬には聖路加で毎年恒例としている人間ドックを受け、人間ドック受診最高齢記録保持者となりました。相変わらず車椅子を相棒に、各地を飛び回る忙しい毎日を送っています。

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日野原重明ブログ_顔120_120

日野原重明(ひのはら・しげあき)

誕生日:
1911年10月4日
聖路加国際病院名誉院長
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