茂木健一郎のILOVE脳
yomiDr.記事アーカイブ
アメリカで見た、普段の生活とはあまりにもかけ離れた風景
この原稿を書いている現在、世界最大の脳科学の学会、北米神経科学会議(Society for Neuroscience)に参加するために、シカゴを訪れています。
シカゴを訪れるのは、実に30年ぶり。日米学生会議(Japan-America Student Conference)で訪れて以来のシカゴは、なんだか不思議な気分でした。
そして、学会の合間に、私には、どうしても訪問したい場所がありました。
それは、シカゴ郊外にある「レイクフォレスト」(Lake Forest)という小さな街です。
30年前の日米学生会議の時、なぜか、この街を訪れました。
その時の印象が、強烈だったのです。
記憶の中のレイクフォレストは、広々とした家が並ぶ、まさにアメリカの原風景。
とりわけ、一つの家が鮮明に脳裏に焼き付いています。その家には、大きな
庭にブランコの下がった樫の木のある家! 以来、そのイメージは、私の心の中で、アメリカの豊かな生活の象徴になりました。
今回、シカゴを訪れるずっと以前から、何故かレイクフォレストが気になり、もう一度訪れてみたい、できれば、あの、樫の木にブランコが下がった家が見てみたい、と思っていたのです。
「心身の健康」というように、心と身体は一体です。
心を作り出しているのは、脳。脳は、身体といつも対話しながら、さまざまな機能を調節し、改善し、「メンテナンス」していきます。
そして、この「心」のバランスは、案外、微妙なところに懸かっていると、私は常々思っているのです。
ポイントの一つは、気にかかることは、確かめる、解消するということではないでしょうか。
30年前の夏に見たレイクフォレストの街がここまで気になっているということは、そこに何かがあるに違いない。
自分の人生で大切なヒントのようなものがあるに違いない。
ならば、そこを訪れなければならない。
たとえ、少々面倒でも。
どの家も大きく、緑あふれる街並み
意を決した私は、シカゴの中心にあるターミナル駅に向かいました。
多数の列車が発着するこの駅。目指す列車は、13時35分発の、ワウケガン(Waukegan)行きです(写真1)。
約1時間の旅の後、列車はレイクフォレストの街に着きました(写真2)。
30年前は、バスで来たので、列車でこの駅に降り立つのは初めてです。
何しろ、初めて来る駅。勝手がわかりません。とりあえず、「レイクフォレスト・カレッジ」という大学を目指そうと思い、ミシガン湖の方に歩き出しました。
シカゴに来てから、「レイクフォレスト」について聞くと、一様に、「高級住宅地だよ」という答えが返ってきます。
確かに、どの家も大きく、緑あふれる街並みは、まるで別天地。
そんな中、ふと気付くと、少し先に、鹿がいるではありませんか!
一瞬、さすがアメリカ、こんな住宅地にも鹿がいるんだ、と思いましたが、どこかおかしいのです。
立ちすくんだまま、全く動かない。
ひょっとすると、と思って近づくと、やっぱり彫刻でした(写真3)。
それにしても、よく出来ています。遠くから見た時は、ほんものの鹿だと思ったのです。
再び、歩き出します。
周囲にある家は、どれも個性的で、魅力にあふれています(写真4)。
地球上には、こんな生活があるんだなあ、と改めて感心しながら、さらに先に進みます。
やがて見えてきたのは、レイクフォレスト・カレッジ(写真5)。
何でも、学費がやや高い、名門のリベラル・アーツ・カレッジのようです。
こんなにゆったりとした、恵まれた環境で過ごす学生時代もあるのだなあと、心の底からの感動。
しばらく大学のキャンパスを歩いたあと、再び街歩きを始めました。
どの家もため息がつくほど立派で、ここで育った子どもたちは一体どんな人生を送るのだろうと考えてしまいます(写真6、7)
いろいろと考え事をしながら駅まで戻ってきて、反対側にある市庁舎を見て、またびっくり(写真8)。歴史ある建物は、そのまま、このコミュニティーの豊かさを表しているようです。
折しも、収穫の秋。駅舎には、大きなかぼちゃが置かれていました(写真9)。
やがて、日が暮れてきます(写真10)。
自分のありのままを映す鏡
記憶の中にある、庭にブランコの下がった樫の木のある家こそ見つかりませんでしたが、十分に経験したような満足感がありました。
日本とは、あまりにもかけ離れた風景。
今回、レイクフォレストを訪ねたいと思った理由は、自分の普段の生活を見直したかったということかもしれない。
こんな生き方もある、と知ることで、自分の今のあり方を「外」から見たかったのかもしれない。
そんな風に思えてきたのでした。
満たされた思いで、シカゴに向かう列車に乗ります(写真11)。
自分自身を知るためには、自分と異質な他者を「鏡」にしなければならない。
東京の普段の生活と余りにも違うレイクフォレストの風景は、自分のありのままを映す鏡になってくれたようでした。
自分の日常から離れて、自身を見つめなおす。
旅の効用は、そこにあると言ってよいでしょう。