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在宅医療に取り組む緩和ケア医・新城拓也さん

編集長インタビュー

新城拓也さん(4)患者と医療者のコミュニケーション

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在宅医療に取り組む緩和ケア医・新城拓也さん

「緩和ケアの始まりはいつも対話」と言い続けている新城拓也さん

「緩和ケアの始まりはいつも対話」と言い続けている新城拓也さん

 新城さんは、往診で必ず白衣を着る。そして、聴診器を患者さんの胸やおなかに当てる。在宅医療では、白衣を脱いでカジュアルな服装で診察し、聴診器も毎回は使わない医師が増えている中で、あえて、白衣を着て、聴診器を当てることにこだわっている。

 聴診器には身体診察の道具としてだけではなく、医者の持つ呪術性の象徴として重要な役割がある、ということです。(中略)「あなたにも気がつかない身体の声をわたしは聞いているんですよ。とても小さな信号だけれどもわたしには分かるんです」と身体診察を通じて患者さんのなにかを探ろうとする“呪術”なのです。また検知しようとする誠実な姿勢を患者に示すことだけではないのです。「ひょっとしたら、自分も今まで聞こえなかった、患者の身体の声が今日は聞こえるかもしれない。この方に私は注意深くあろう。そしてこの方の小さな信号を私は聞き届けたい」という診察に対する姿勢、これこそが、医師の呪術性の正体だと僕は思うのです。医師は人間の五感を超えた「何か」に畏敬の念を示し、自分自身はその「何か」を現実の世界で執り扱う司祭のような役割を果たす必要があると考えています。(ブログ「Dr.Takuyaの心の映像」より)

 「『人薬(ひとぐすり)』みたいなところがあるんですよ。やはり、自分の呪術性を利用して治療に当たらないと。自分のすべてを利用して当たらないと、良き治療者とは言えないのではないでしょうか? 昔より、人薬の効果を医師自身が信じられなくなっている状況が今はありますね。測定可能なもので治療効果を測るべきだという考えが強くなっています。治療は一人の患者さんに色々なことをするわけですが、ある一つの薬が効果を発揮するわけではなくて、もしかしてその薬以上に、患者さんの話をよく聞いてあげることが良くなっている要因かもしれません。治療の効果を最大にしたいと思ったら、呪術性や医師としての品格を下げないようにしないとだめなのではないでしょうか。そうしてこそ、患者さんに『先生に会っただけで元気が出ます』と、最高の賛辞を与えられる医師になれるのだと思います。素の自分はもうちょっと無力だと思いますから」

 ホスピスで働いていた時も、ほとんど休みなく、病棟に通い、熱心に仕事をしたとは思っているが、今振り返ると、正直、最近まで自分のキャリアは自分の持ち物だと思っていた。「医師という職業を選んだのは自分の意思だし、働き方を決めるのは自分」とも考えていた。

 「でも最近は、医師というのは、エリートの一人として社会から負託されている役割だと感じているんですよ。いやでもやらなくてはいけない。この地域の中で、周りの人たちのために、仕事中はその役割を全うして生きなくてはいけないと感じています。だから、僕はこの社会の中で、個人として生きている部分もありますが、医師としては皆さんに選ばれて仕事をしている、役割を社会から負託されてその責任を果たしているという感覚が強くなっています。だから、僕は白衣を着ますし、『先生』と呼ばれないと困るし、そういう部分で『人間宣言』して降りていくようなことはしたくない。お坊さんが、ポロシャツやジーパンで仏壇の前でお経読んだらだめでしょう? 仕事をしている時は、公人として生きているんです。医師は、社会の中で自分の置かれている立場に自覚的でないと、やってはいけない職業だと思います」

 医師に向けた講義の形式で書き進めた最新の著書『患者から「早く死なせてほしい」と言われたらどうしますか?』では、最終の「3学期」で医師と患者・家族とのコミュニケーションというテーマに、5章も割いた。

 「胃ろうがいいか悪いかとか尊厳死はどうかとか、終末期医療には様々なテーマがありますが、結局は、患者さんの治療をどうやったら最適化できるかということなんです。ケース・バイ・ケースと言ってしまったら、そこで片付いてしまうのですが、結局何が患者さんにとって最適な治療かということを探す重要な道筋の一つがコミュニケーションだと思います。ところが、医師と患者や家族のコミュニケーションのあり方は時代によっても変化するし、時間がたつにつれて患者さんや医師個人の考えも変わってきてしまうし、選択肢も増えてきている。何が最適なのか医師も患者も見つけられなくて、みんなで苦しんでいる状態でしょうね」

 時代につれて変化してきた医師と患者、家族のコミュニケーションのあり方について、新城さんは、自身が医師となった1996年から大まかに4つの時代を経てきたと分析している。

 96年当時は、医師がすべての決定権や責任を持ち、患者を生かすことのみを目的とする「パターナリズム(父親的温情主義)の時代」。2000年頃からは、医師と家族が「患者のためを思って」“共犯関係”となり、患者にはがんや死が間近という真実を知らせないまま治療を決めていく「マターナリズム(母親的包容主義)の時代」。05年頃からは医療現場に浸透した「インフォームド・コンセント(説明と同意)」の考えに基づき、先に起こり得る悪い状況をすべて説明し、医師が責任追及を免れるために患者や家族に重荷を背負わせる「呪いの時代」。そして、10年頃からは、患者や家族の意思を尊重する「自己決定の時代」だ。今も続くこの時代に、患者や家族の考えを聞き出し、どこでどのような治療を受けたいかを話し合うための様々な技法も開発されつつある。

 自分のことは自分で決める――。一見、理想的にも思える、医療現場での自己決定の尊重。しかし、新城さんは、その患者中心と思える思想にさえ、安住することに躊躇ちゅうちょする。

 本当のところこれからどうしていきたいのかわからない方々、ただ不安と恐怖におののく患者など、自己決定に行き詰まる方もいます。ところで、自分のことを振り返って考えてみても、本当に自分の人生を自己決定し続けて生きてきたといえるのでしょうか。いつも人生の岐路に立ったとき、すべて自分で決めてきたのでしょうか。(中略)自己決定にはいつも自己責任がセットでつきまといます。医師は、患者の治療を決定するという重責や不快感を、「患者の自己決定、自己責任」に転嫁することで軽減できるようになりました。(中略)。こうした「患者の自己決定」の追求の結果、医師は、患者、病人を含めた市民の聖職、人々の「師」であることを、自らやめてしまったのではないでしょうか。(『患者から「早く死なせてほしい」と言われたらどうしますか?』より)

 「医療倫理というものは、みんな固定していると思っていますが、時代によって変わるんです。そして、その考え方に引っ張られるものなんです。医療の考え方は、5年から10年たつとずれていき、医師と患者の関係は、2020年ごろに向けて、また、今と変わるはずなんです。医療が不確実なことを患者や家族と共有し、患者の自己決定をさらに追求していくというのではなくて、また別の概念が出てくると思います。道の途上にあるから、僕も行き詰まって出口がなくて困っている。出口がないなりに、経験から考えたり、人に聞いたり、本に刺激されたりして、自分の中に出てくる言葉を見つめたりして、自分の壁ぎりぎりまでは追いかけましたが、また今後自分の考え方も変わっていくでしょう。僕はよく『経験のおり』という表現を使いますが、どれだけ経験を重ねても、自分一人の狭い経験から『今回もこんなものだろう』と判断することは危険だと思っています。毎回、すべての患者さんに対して、ゼロから考える。対話して、考え抜いて、苦労する。それしか、方法はないと思っています」

 著書のタイトルともなった、患者から「早く死なせてほしい」と言われたらどうしますか?という問いにも、安易な答えは用意していない。「人は、首尾一貫した『本当の自分』などというものはなく、相手によって様々な人格『分人』を使い分けている」とする、作家の平野啓一郎が提唱した考えを援用し、医師としての自分に「死にたい」と訴える患者の「分人」だけでなく、家族や周囲の人たちと対話することで、患者の様々な「分人」と出会うことを勧める。

 「自分と患者さんとの関係というのは狭い空間です。その中に、医者も入り続けていると、死なすか生かすかだけの選択肢に追いつめられていくのです。この閉鎖的な空間を、もっと広げないといけない。家族やほかの人と接する患者がどういう人なのか、昔どういう人だったのか。患者の周りの人たちと対話をしていくと、その人の多面的なところが見えてくるでしょう? そのうえで、もう1回、医師と患者との閉鎖スペースに入った時に、最初に死なせてほしいと言われた時の、心の中に起こる切迫感が、違うものになると思うんです。自分は医師として向き合っているから、こういうことを言ってくるんだという理解になっていきます。医師だから、死なせてくれとか、注射してくれとか言うのだと理解しますよね。簡単に言えば、本気で死にたいと思っているのではないということがわかってきます。患者の分人と出会うことで、医師としての自分になぜそういうことを言うのか、別の観点から対話の糸口をつかむことができるようになるのです」

 「緩和ケアの始まりはいつも対話」と、新城さんは繰り返し言っている。しかし、医師とのコミュニケーションがうまくいかずに悩んだ経験は、誰しもあるだろう。緩和ケアは、一生に1回きりの、大事な時。家族にとっても、医師とのコミュニケーションがこじれれば、生涯心に残る傷になり、医師にとっても無力感ばかりが残る不幸な経験になりかねない。良いコミュニケーションの方法は、どんな医師でも身に着けることができるのだろうか。

 「伝えられると思っています。人間の素養とか、出来る医師は出来るというものではなくて、職業的なコミュニケーションであり、人と話すうえでの礼儀と型は教育できます。個人の性質で言えば、すごく口べたな、だめな先生なのに患者さんが心を開く医師はいるし、すごく頭がいいのに患者さんには嫌われる人もいます。やはり、医師と患者のコミュニケーションで一番大事なのは、礼儀と型だと思うし、教えれば身に着けられるものです。『今日はどうされましたか?』と患者が自分の思いを語りやすい質問をするとか、それは医学部教育でも卒後教育でもなされています。ただ、型を全て身に着けたうえで、生涯、自分のコミュニケーションを高めたいと模索を続けていくのが、プロなんだと思います」

 医療者への講義の形を取った著書『患者から「早く死なせてほしい」と言われたらどうしますか?』で、「コミュニケーション」について書いた最終章の最終講義は、「医療者のバーンアウト(燃え尽き症候群)」だ。がん診療、特に緩和ケアにかかわる医師や看護師ら医療従事者は、日々状態が悪くなる患者と向き合い、無力感にさいなまれがちだ。自身の日々の葛藤を伝えることで、全国にいるそんな仲間を励ますことも、自分の役割の一つだと考えている。

 「結局、自分も、個人的な経験や家族の体験など、自分の人生でストックされてきたものがどうしてもコミュニケーションに反映されてしまいます。でも、それだけで自分がもし患者とコミュニケーションを取っているのだとしたら、陳腐なものになってしまうでしょう。自分の『経験の檻』から出られないということになりますから。型はすべて身に着けたうえで、自分の使えるものはすべて総動員して、それでもどうしたらいいのか絶対悩む。さらに、緩和ケアも時代と共に変わっていき、自分の実践している医療を変化させることは、それまでのやり方を捨てなくてはならないこともあるので、痛みを伴うこともあります。医療者が前に進むために感じる痛みをなくすことはできませんが、どのような痛みであるかを周りに知らせることはできます。誰かが同じことで悩んだ時に、先に行く者として、どれぐらい深められたのだろうかということを知らせ、共有したい。だから、一人で診療をしているだけでなく、論文や本や、ブログを書いているのだと思います。誰かへの贈与をしたいんです。患者、家族の痛みを軽減すると共に、医療者の痛みを軽減することも私の夢なのです」

 今日も白衣に聴診器をぶら下げ、「新城先生」は患者や家族の元に向かう。一人一人に対してどうしたらいいのか、悩み、もがきながらも、その合間に原稿を書き、気力、体力を維持するために、晩酌も控えめにして、毎晩5キロのランニングも続けている。そんなストイックな生活を続けてでも、在宅での緩和ケアや社会への発信に、新城さんを駆り立てるものは何なのだろう。

 「自分の子供の病気をきっかけに緩和ケアへの関心が生まれ、当初から緩和ケアを通じて自分の能力は一番かされるし、患者さんや家族と新たな関係を築けると確信はしていました。そして、日々、患者さんや家族との対話を通じて、本来医療とは何であるか、社会の中で医師とはどうあるべきか教えられています。人々が避けられない病と共に生きることは宿命づけられたもので、私はそういう不治の病を負った人々のために存在しなくてはならないと思っています。医療の光の部分が機能回復や新たな治療法とするならば、その光が届かないところであっても、何か光のようなものを届ける。それも、医療者の使命だと信じています」

(おわり)

【略歴】新城拓也(しんじょう・たくや) しんじょう医院院長
 1971年、広島市生まれ。名古屋市育ち。1996年、名古屋市大医学部卒。社会保険神戸中央病院(現・JCHO神戸中央病院)緩和ケア病棟(ホスピス)で10年間勤務した後、2012年8月、緩和ケア専門の在宅診療クリニック「しんじょう医院」を開業。日本緩和医療学会理事、同学会誌編集長。共編著に『エビデンスで解決!緩和医療ケースファイル』(南江堂)、『3ステップ実践緩和ケア』(青海社)、単著に『患者から「早く死なせてほしい」と言われたらどうしますか?―本当に聞きたかった緩和ケアの講義』(金原出版)など著書多数。

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岩永直子(いわなが・なおこ)

1973年、山口県生まれ。1998年読売新聞入社。社会部、医療部を経て、2015年5月からヨミドクター担当(医療部兼務)。同年6月から2017年3月まで編集長。

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