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原記者の「医療・福祉のツボ」

医療・健康・介護のコラム

貧困と生活保護(14) 扶養義務ってどういうもの? 生活保護との関係は?

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 2012年、人気お笑いタレントの母親が生活保護を受けていたことをめぐって、一部の雑誌、民放テレビ、国会議員などが激しい生活保護バッシングを繰り広げました。その結果、2013年12月に行われた生活保護法改正では、扶養義務に関する行政の調査権限の強化が行われました。

 しかし、この問題は冷静に考える必要があります。

 法律上の扶養義務は、広範囲の親族に無条件に要求されるものではないこと、お笑いタレントのケースは、法律に触れる「不正受給」ではなく、道義的にどうかというレベルにとどまること、生活保護に関して親族の扶養義務を強調していくと、いろいろなマイナスの問題が生じることを、理解していただきたいと思います。

 今回はまず、法律的に見てどうなのかを確認していきましょう。

民法はどうなっているか

 扶養について定めているのは、民法のうち、いわゆる家族法の部分にある以下の条文です。

民法752条  夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない。
民法877条  直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある。
 家庭裁判所は、特別の事情があるときは、前項に規定する場合のほか、三親等内の親族間においても扶養の義務を負わせることができる。
 前項の規定による審判があった後、事情に変更を生じたときは、家庭裁判所は、その審判を取り消すことができる。

 その次の878条では、扶養の順位、扶養の程度・方法について協議がととのわないか協議できないときは、家庭裁判所が定めるとしています。その場合、扶養の程度・方法については、扶養権利者の需要、扶養義務者の資力その他一切の事情を考慮して定めます(879条)。

 したがって、民法上の扶養義務が一般的にあるのは「夫婦、直系血族、兄弟姉妹」の範囲です。このうち直系血族というのは、親、子、祖父母、孫といった縦の関係です。

 それ以外の3親等内の親族が扶養義務を負うのは、特別な事情があって家庭裁判所が審判で定めた場合だけなので、例外的なケースです。たとえば過去に本人から多額の生活費援助を受けていためいが、何らかの理由で大金持ちになったような場合でしょう。

 前者(夫婦、直系血族、兄弟姉妹)を絶対的扶養義務者、後者(それ以外の3親等内の親族)を相対的扶養義務者と呼ぶことがあり、厚生労働省が定めた生活保護の実施要領にも登場しますが、これらは非常に誤解を招きやすい用語です。以下で説明するように、前者は、けっして「絶対的」な義務ではないし、後者は「例外的な扶養義務」とでも呼ぶほうが内容に合うからです。

 法学用語はいったん使われると、意味に問題があっても、漢字がむずかしくても、なかなか変わりませんが、民法関係の学会は、早急に用語を改めるべきだと思います(たとえば尊属、卑属という用語もそうです)。

「生活保持義務」と「生活扶助義務」

 夫婦、直系血族、兄弟姉妹の扶養義務は、「生活保持義務」と「生活扶助義務」に分けて考えるのが民法学の通説(一般的な考え方)です。過去の判例でも、その考え方が確立しています。生活保護の実施要領や、実務用に出版されている『生活保護手帳 別冊問答集』も、同じ考え方に立っているのですが、ていねいな説明が書かれていないため、よく理解していない福祉事務所の職員もいます。

 「生活保持義務」は、夫婦間と、未成熟の子に対する親からの扶養が対象です。自分と同程度の水準の生活をできるようにする義務があるとされています。これは内容的に「強い義務」だと言えます。ただし、自分の健康で文化的な最低限度の生活に必要な費用(生活保護基準額)を削ってまで援助する必要はないという解釈が一般的です。

 「生活扶助義務」のほうは、成熟した子と親の関係、祖父母や孫との関係、そして兄弟姉妹の関係が対象です。自分が健康で文化的な最低限度の生活水準を超えて、しかも社会的地位にふさわしい生活を維持したうえで、なお経済的余力があるときに、援助する義務があるとされています。簡単に言うと、余裕があったら援助するべきという「弱い義務」です。

 改めて整理すると、民法上の扶養義務は、次の3段階に分かれるということです。

生活保持義務夫婦間、未成熟の子に対する親自分と同程度の生活水準を提供する
生活扶助義務成熟した子と親、直系血族、兄弟姉妹自分の生活に経済的余裕があるとき
例外的な扶養義務3親等内の親族で、特別の事情がある家庭裁判所が審判で定める

民法上の義務は、当事者間の問題

 勘違いしてはいけないのは、民法上の扶養義務は、基本的には当事者間の問題であって、第三者がどうこうできる筋合いのものではないということです。

 生活に困った人は、扶養義務者に対して扶養を請求する権利を持ち、話し合いで決まらないときは家庭裁判所に申し立てて扶養の実行を求めることができます。もしも審判や調停で確定した内容を相手が実行しないときは、裁判所を通じて強制執行することもできます。よくあるのは、別居中または離婚した妻が、子どもの養育費を夫に請求するケースです。未成熟の子に対する親の生活保持義務が、請求の重要な根拠のひとつになります。

 とはいえ、権利があっても扶養を請求しないのは自由です。また、扶養義務を果たさないからといって、公的に責められることはなく、刑事罰はありません。

扶養は保護に優先するが、要件ではない

 では、生活保護との関係はどうなるのでしょうか。

 民法の扶養義務は、まともな公的扶助制度のなかった明治時代に作られた民法から引き継がれてきたもので、生活に困った人が私的扶養と公的扶助(生活保護)のどちらを選ぶべきかという規定は、現在も民法にはありません。つまりは本人の自由です。

 けれども、生活保護法には「補足性の原理」があります=貧困と生活保護(11)参照=。民法にもとづく扶養は、保護に優先します。「優先」とは、実際にあるならば、そちらを先に使うという意味であって、保護の「要件」とは違います。したがって、生活に困っている人の身内に経済力のある扶養義務者がいても、実際に援助を受けていないとき、援助の確実な約束と準備がないとき、援助の金額が保護基準額に足りないときは、保護を受けることができます。

 実はかつて、扶養の請求が生活保護の要件であるかのような解釈を旧厚生省が示し、それに沿った運用が行われていたのですが、2008年度から2009年度にかけての実施要領の改正で、要件ではなく「優先」であることが明確にされました。扶養は自分の努力だけで得られるものではないので、活用すべき「あらゆるもの」には含まれないというのが厚労省の現在の見解です。

 生活に困って福祉事務所に来た人に対して、窓口担当者が「生活保護より先に身内に援助を頼んで」などと言って申請させずに追い返すケースがしばしばありましたが、扶養の位置づけを取り違えているという面でも、申請権の侵害という面でも、間違っています。

福祉事務所は何をできるか

 生活保護の申請があると、福祉事務所は、扶養の可能な近親者がいるかどうかを調査します。そして、扶養を期待できる扶養義務者がいれば、扶養を求めるよう本人に促します。正確に言うと、保護申請中の段階では「助言」しかできず、保護を開始した後に初めて「指導」できます。

 とはいえ、扶養を求めるかどうかを決めるのは本人であり、応じるかどうかを決めるのは相手です。福祉事務所が強制することはできません。お金の援助について、法律をタテにして扱うと、人間関係が壊れてしまいます。できるだけ当事者間の話し合いによって円満に解決するべきだ、と厚労省は説明しています。

 では、扶養義務のある近親者の中に大金持ちがいても、何もできないのか。生活保護法には次の条文があります。行政から、その近親者に対して事後的に費用を請求できるという規定です。

生活保護法77条  被保護者に対して民法の規定により扶養の義務を履行しなければならない者があるときは、その義務の範囲内において、保護費を支弁した都道府県又は市町村の長は、その費用の全部又は一部を、その者から徴収することができる。
 前項の場合において、扶養義務者の負担すべき額について、保護の実施機関と扶養義務者の間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、保護の実施機関の申立により家庭裁判所が、これを定める。

 徴収と言っても、税金のように行政による強制徴収はできません。また、「生活保持義務」の関係にある場合を除いて、こういう強硬手段を取りうるのは、相手が明らかに富裕で、本人との関係も特に悪くない場合ぐらいでしょう。

お笑いタレントの件は、不正受給ではない

 ここまで説明してくれば、お笑いタレントの母親のケースが不正受給にならないことはわかるでしょう。扶養は、保護の要件ではなく、実際にあったら「優先」されるという位置づけのものだし、子どもから親への扶養は、弱い義務にとどまるからです。このタレントは、お笑いの世界に入ってから貧しい時代が長く、収入が多くなってからは福祉事務所と協議して母親に仕送りを行い、途中で増額したそうですから、法律上の問題は何もない。あるとすれば、仕送りの額が当時の収入に照らして妥当だったかという問題だけです。

 不正受給とは、収入、資産、必要経費などを偽って保護費を得ることです。いいかげんな法律知識のまま、不正と印象づける報道や発言は、名誉毀損きそんにあたるし、母親の生活保護に関する情報の出所によっては、地方公務員法の守秘義務違反(刑事罰あり)かもしれません。

 *参考文献:近畿弁護士会連合会編『生活保護と扶養義務』(民事法研究会)、二宮周平『家族法第4版』(新世社)

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原昌平(はら・しょうへい)

読売新聞大阪本社編集委員。
1982年、京都大学理学部卒、読売新聞大阪本社に入社。京都支局、社会部、 科学部デスクを経て2010年から編集委員。1996年以降、医療と社会保障を中心に取材。精神保健福祉士。社会福祉学修士。大阪府立大学大学院客員研究員。大阪に生まれ、ずっと関西に住んでいる。好きなものは山歩き、温泉、料理、SFなど。編集した本に「大事典 これでわかる!医療のしくみ」(中公新書ラクレ)など。

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