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医療事故調査 対象あいまい…10月スタートの新制度

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何を報告 院長に裁量の幅

 法律に基づく初めての医療事故調査制度が10月から施行される。「医療に起因すると疑われる予期しない死亡・死産」の報告と原因の調査が、すべての病院、診療所、助産所に義務づけられる。医療機関が逃げ腰にならず、誠実な姿勢で調査を尽くすことが大切だ。(編集委員・原昌平)

■死亡の「予期」

 今回の制度は、航空・鉄道事故のような第三者機関ではなく、医療機関自身が調査主体になる。

 該当する事例があれば、医療機関の管理者(院長)は、医療事故調査・支援センター(日本医療安全調査機構)に報告する。あわせて、支援団体(医師会・学会・病院団体など)に協力を求め、外部委員を入れて調査を行う。

 対象となる医療事故は「医療に起因すると疑われる死亡・死産」で、かつ「管理者が予期しなかったもの」。迷ったら院長はセンターに相談できるが、最終判断は院長で、裁量の幅は広い。

 群馬大病院のように手術後の死亡が多発した場合、個々のケースが予期したリスクの範囲内か、微妙な判断になるだろう。院内感染の扱いもはっきりしない。

 気になるのは、対象をなるべく少なくしたいと考える傾向が医療側の一部に見られることだ。「一定のリスクがある」といった一般的な死亡の可能性では、予期にならない――と厚生労働省はクギを刺しているが、現場からは「いろいろな原因による死亡の可能性をカルテに書いておけば、調査しなくて済む」といった声も聞かれる。

 報告・調査の回避を図るのは本末転倒だろう。死因がよくわからなければ、正式に調査するべきだ。安易に対象外にすると、医療を向上させる機会を失うことになる。

 院長が報告しない場合、遺族からセンターに調査を依頼できる規定がないのは、制度の欠点だ。疑問があるのに調べてくれないのでは、遺族は納得しないだろう。「報告しないことによるトラブルが多発すれば、医療界への不信を招く」と今村定臣・日本医師会常任理事は懸念する。

■遺族との関係

 リスクの説明を含めた事実経過について、スタッフと遺族の認識が違うことはよくある。患者の病状や発言などで遺族しか知らないこともある。

 実際、過去の多くの医療訴訟では、医学的な評価より前に、何があったのかという事実経過がしばしば争われてきた。「ごまかされている」という怒りが、遺族側が訴訟を起こす原動力になっていた。

 今回、厚労省の通知では「遺族からのヒアリングが必要な場合があることも考慮する」というあいまいな規定だが、むしろ遺族からの聞き取りを必ず行い、中間報告をして事実経過をすりあわせることが紛争を防ぐカギだろう。

 「対話のためには、共通の事実認識が必要だ」と松村由美・京都大病院医療安全管理室長は強調する。

 今回の制度は、医療従事者の個人責任を追及せず、調査報告書でも個人特定される記述はしない。医療機関の法的責任を示すこともない。

手術はリスクを伴う。死亡した場合、予期の範囲かどうかが問題になる(近畿地方の病院の手術)

 それでも刑事捜査や民事訴訟に使われるのを警戒して、調査報告書を遺族に渡さないよう勧める医療側弁護士もいるが、大間違いだと思う。医療側に逃げ腰の態度が見えれば、遺族の不信は高まり、強い怒りに発展する。かえって医事紛争、訴訟が増えかねない。医療側は、その点を深く考える必要がある。

医療事故調査制度

1999年以降、大学病院などで医療事故が相次ぎ、民事訴訟や刑事捜査も増えた。関係学会や日本学術会議は中立的専門機関による調査を提唱。2005年から第三者機関による調査のモデル事業が始まり、08年に厚労省がその方式の大綱案をまとめたが、医療界の一部から反対が出て頓挫。曲折を経て、医療機関主体の調査制度が昨年6月の医療法改正で決まった。


具体的手法見えず

 制度の目的は、原因究明と再発防止にある。直接原因だけでなく、背景要因、システム的な要因も探る必要がある。けれども、そのための調査分析の視点や方法は、まだ具体的に示されていない。

 単純に見える投薬の種類の間違いでも、様々な要因がありうる。個人の技量や資質、スタッフの連携、過重労働、医薬品や機器のあり方、医療機関の経営姿勢……。一つひとつの事例をきちんと掘り下げ、教訓を導き出して改善を図る。その作業を真剣に行うことが医療の質の向上につながり、遺族の信頼を得ることにもなる。

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