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『紋切型社会』で思考停止に陥った現代社会を斬るフリーライター、武田砂鉄さん

編集長インタビュー

武田砂鉄さん(4)二択構図、対話を押しつぶす…結論急がず「先送り」を

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『紋切型社会』で思考停止に陥った現代社会を斬るフリーライター、武田砂鉄さん

生命倫理や医療、障害者問題について話す武田砂鉄さん

 出版社の編集者時代、時事問題や社会問題のノンフィクションを主に編集してきた武田さん。生命倫理や医療、障害者問題についても、何冊もの本を世に送り出してきた。その時、常に気になってきたのは、やはり、社会の片隅にいる少数者の声だ。

 昨年4月、フリーになる前にインターネットメディアのハフィントンポストに書いた、「『ダウン症が増えました』という記事の暴力性」というコラムは、ダウン症を巡るマスコミ報道を批判した記事だ。公立小学校の入学式でダウン症の男児が外れた集合写真と加わった集合写真の2種類が撮影されたという報道と、「ダウン症児の出生、15年で倍増」という報道。武田さんはこう書いた。


 「そもそもダウン症自体をどう考えるのか」という視座がすっかり抜けており、これこれこういうことがありました、と報告するだけでサラリと終わらせている。障害や生殖医療を巡る問題に対して意見を一本化ないしは絞り込むのは容易ではないのは分かるが、偏見とは、こうして前提を述べずに宙ぶらりんにさせて放っておくことで、すくすく育ってしまうのではないか。(「『ダウン症が増えました』という記事の暴力性」より)>


 武田さんは、この記事の中で、血液検査でダウン症など胎児の三つの病気の可能性を調べる「新型出生前検査」にもついて触れ、「技術の発達は、既に障害を持って暮らしている側の負荷にしかなっていない」とも指摘した。

 臨床研究として進められているこの検査を受けた人は今年3月までの2年間で、1万7886人に上り、陽性と判定された297人のうち、人工妊娠中絶をしたのは223人にのぼる。現在、検査の対象となる病気の種類を拡大することが検討されており、さらに、体外受精でできた受精卵の染色体を幅広く調べ、「異常」がないものだけを子宮に戻す「着床前スクリーニング」の臨床研究も了承された。

 「命の選別につながる」と反対意見が強く叫ばれる一方で、不妊や流産を繰り返す女性の期待も大きく、倫理的な議論は尽くされないまま、「臨床研究」という名目で始まったはずの検査は、なし崩し的に日常診療化している。

 「これから出産をひかえる人にとっては安堵あんどする材料になっても、既に生まれて暮らしている人たちにはプレッシャーになりかねません。既に暮らしている人たちとは、ダウン症などの障害を持つ人たちのことですが、両者を天秤てんびんにかけた時に、もう少し、後者に考えを及ばせなくてはならないと感じます。以前書いたその記事の例ですが、ここ10年でダウン症が倍増し、中絶した人は2倍に増えた、という報告だけで済ませてしまいます。それは一見、中立的な記事のようですが、言葉を尽くさないことで、これから妊娠・出産を考える人たちに対して、いたずらに偏った印象を与えかねない。同時に、ダウン症を患って生きている人たちを結果的に苦しめることになる。うちの子はダウン症でも伸び伸び生きているわよと感じている家族もいれば、社会的な支援も乏しいし育てるのは大変と感じている家族もいるでしょう。社会でダウン症への理解が深まらなければ、その双方を痛めつけることになります。“中立的な記事”ならば誰も痛めないと思っているのかもしれません。でも、今、既に生きている人を放ってはいないかと問いたくなったのです」

 生命倫理の問題で、新技術の恩恵を受ける側のメリットが大きくクローズアップされ、それによって圧力を受ける少数者の声がかき消されてしまう問題。武田さんは、終末期の延命治療をどうするかという、尊厳死や安楽死の議論でも、同様の問題があると指摘する。

 昨年11月、脳腫瘍で余命わずかと宣告された米国の女性が、安楽死を認めるオレゴン州で、医師による処方薬を飲んで死を選んだ出来事があった。直後に行われた日本の週刊誌のアンケートで、安楽死、尊厳死のいずれも賛成するという人は約7割いた。

 「何か一つの事象を受けて、世の中が一方向に流れていく。生命倫理の問題ではこれまでも頻繁に起きてきたことです。高齢化のなかで喫緊に延命治療をするかしないか判断しなくてはならない人が増え、しかもそれには莫大ばくだいな医療費がかかる、という問題点が提起されています。そんな中で、たとえば麻生太郎・副総理は、かつて、終末期治療について語りながら『さっさと死ねるようにしてもらうとか、いろんなことを考えないといけない』と発言したことがあります。その後撤回をしましたが、その発言を受けて、ただならぬ不安を感じた人もいるでしょう。ならば、その不安を注視していくのが、社会に対してものを書く者が持つべき視点だと思います」

 「人数の多い少ないではなく、誰か一人でも自分の意思に反した生命判断がなされる可能性がある以上、それを『まぁ仕方ない』と承諾する気にはなれません。人工呼吸器を付けて生きるかどうかの選択を迫られるALS(筋萎縮性側索硬化症)などの難病については、その問題が如実に現れます。昨年、ジェイソン・ベッカーという、ALSを罹患りかんしたアメリカ人ギタリストを追った映画(『ジェイソン・ベッカーNot Dead Yet ~不死身の天才ギタリスト~』)が日本でも公開されました。彼は、意思表示が唯一可能な眼球の動きを使って、アルファベットが書かれた文字板を追い、『高いキーで、再生してみてくれる?』『オクターブ上げて再生してみたい』などと指示を重ねて音楽を作っていた。そのプロセスを重ねてようやくできあがった音楽が再生されると、彼が現役だったころの、とても流暢りゅうちょうで美しいメロディーが流れてくる。もし、彼に対して『もう(人工呼吸器をつけなくても)いいだろう』という判断が下されていたら、そのメロディーは生まれてこなかったわけです。これが、様々なサポート態勢に支えられた特例であることは確かでしょう。しかし、可能性に考えを及ばせないで、外から有益か無益かを定めてしまう働きかけには恐れを覚えます」

 人工呼吸器や人工栄養などの医療処置を受ければ有益なことができる、という特別な例の強調は、社会に対して有益なことができない人、意識のない人は、生きる価値が低くなるという議論へと流されかねない。これについては、どう考えるだろうか。

 「『逝かない身体』などの著作がある、ALSとなった母親を12年間介護した経験を持つ川口有美子さんは、亡くなる数年前には眼球も動かなくなる『完全な閉じこめ状態』になった母親の発汗や顔色を見ながらその体調を読み取っていたといいます。それは、個人と個人との手厚い関係性だからこそ感じられることなのだと思います。ALSでもジェイソンのように美しいメロディーを作ることのできる人、あるいは企業の社長として社会貢献をしている人もいる。それらはとても素晴らしいことですが、では、その『できる』をどこまで剥いでいったら、生きる価値がなくなってしまうのでしょう。そんなこと、誰が決められるのでしょう。少なくとも、統計やコストで、客観的に決めてしまえることではないはずです」

 武田さんは、生命倫理の問題について、「タラレバで語ってはいけない。私だったらこうするという発言の仕方は、すごく危険」と強調する。その一方で、「生命倫理だけでなく、すべての問題に共通していますが、当事者の声が強くなり過ぎていることも、建設的な議論ができない大きな原因ではないか」とも語る。

 「当事者が発言すると、全ての議論がそちらへ傾いていきます。元少年Aに殺された男児の父親が、彼の手記の出版に不快感を示すと、『遺族が怒っているのだから』という意見を背負い『出版停止にすべき』との声が一気に高まりました。勿論もちろん、書き手や版元は、遺族の声と切実に向き合うべきですが、その声を国民全員に背負わせるかのような報道の作りには戸惑いを覚えました。ドキュメンタリー映画監督で作家の森達也さんが著作で書かれていますが、シンポジウムなどで死刑は廃止されるべき、と言及すると『お前には、殺されてしまった遺族の気持ちが分からないのか!』と言われるそうです。森さんは『当事者ではないから、分からない』と言う。これを、非道、と思う人も多いのかもしれませんが、そうは思いません。とても慎重で、素直な反応だなと感じます。なぜ個人の憤りばかりが先立つのか。とても意地悪な見方ですが、その声を主役にして報じておけば自分たちが文句を言われないから、ではないでしょうか。その声はお手軽に利用されます。生命倫理の問題の場合は、主役を定めにくい。出生前検査なら妊婦が主役なのか、選別される病気を持つ人が主役なのか。尊厳死問題なら、終末期を迎えた人なのか、難病患者なのか、あるいは医療費を抑えたい国なのか……こうすると報じるのが難しくなり、当然、積極的な議論も起きにくくなります」

「結論を急がず『先送りする』ことを考えるべき」と語る武田砂鉄さん

 二択化、当事者の声の圧倒、そして、「蚊帳の外」のお手上げ状態。どの紋切り型も、思考停止状態を生み、建設的な議論の放棄につながるのを、武田さんは、苦々しい思いで見つめてきた。一つの視点にとどまることをせず、自分と思想が近いグループ、好意的な人たちとも、決してなれ合わない。武田さんのそんな態度は、フリーになってからますます強まった。

 『紋切型社会』のトークイベントが6月に都内で開かれた時。対談相手の若手左派論客が、武田さんの著書をたたえながら、自分たちを「言論界の1匹オオカミ」と称すると、すぐさま「一匹オオカミというグループを作っちゃってますよね」と突っ込みを入れた。

読売新聞に、著書を紹介する著者インタビューが掲載された時は、公式ツイッターで掲載を知らせながら、同じ朝刊に掲載されていた、政府の国家公務員に対するワーク・ライフ・バランス政策「ゆう活」推進を論じる社説に「政府広報かと思った」と、すかさずかみついた。


 批評は、仲良しこよしではない。独りを恐れない、相互フォローなんてしない時代に盛んに躍動していたもの。

 (『紋切型社会』第17章「逆にこちらが励まされました 批評を遠ざける『仲良しこよし』より)


 「左翼」としばしば自称し、新国立競技場問題や安保法案、少子化政策についても、現政権に厳しい批判記事を書き続けてきた武田さんだが、左翼的な団体とは一定の距離を置く。

 「もとから集団の中に所属することが好きではない、まとまることに抵抗感があるという性格的な部分が強いんです。安倍政権に対してNOを言う時に、デモに行くでもいいし、行かずにグズグズ言い続ける方法を模索するのもいい。何をするのが効果抜群かの査定をして、これをやるべき、あんなの意味ないと小競り合いしても仕方ない。とりわけ、あのような強引な流れで安保法案が通ってしまったからには、どうやってものを言い続けるかを考えていきたいと思っています。現政権のやり方には、いくらでも突っ込みを入れることができます。彼らはそれくらい横暴なことを続けていますから。その時に必要なのは、団体や集合体だけではなく、個人として色々な目線を投じていくことだと思っています」

 安保法案を、片方は「戦争法案」と称して反対し、片方は「平和法案」と称して推進した。わかりやすい対立の構図を崩さず、結局、どこまでもかみ合う議論はなされなかった。これもまた、紋切り型だ。

 「安保法案に限らず、すべてにおいて十分な対話や議論ができない世の中になっています。今回、『反対するなら対案を出せ』という発言を頻繁に聞きましたが、そうやってすぐに議論を二択に持ち込もうとする。とても強引な手法でAを提出してきたことに対して、そのAがおかしいと言っているのに、『Bを出してから言えよ』というのは議論のすり替えです。生命倫理の話も、子育て問題の話も、今の世の中の議論はすべて、『私はA、彼はB、さぁどっちを選ぶ?』という話になりがちです。でも、ちゃんと話し合えば、その双方の利点をブレンドしたCを作り出すこともできるのではないか。そのためにはBを提出させてどっちがいいかを比べるのではなく、まずはAの精査から始めるべきでしょう。段階を踏む議論が認められない世の中になっていますよね」

 答えの定まった言葉や二択の構図で物事を考え、少数者の小さな声や、異なる意見を持つ者同士の対話の機会を押しつぶしていく紋切型社会。どこにも属さず、自身がかぎ分けた違和感を出発点に、議論を仕掛けていく武田さんは、これから何を目指していくのか。

 「とにかく、どっちなんだと問われた時に、『どっちじゃなくて、ちょっと待って』と立ち止まることが必要だと思っています。『どっちにすんだよ、急げよ』と玄関前でノックされたら、『とりあえず、ファミレスで長話をしようぜ』と対話に誘う。そうすると、『面倒くさいから早く決めろよ』と返してくるのでしょうが、どっちという選択だけを繰り返していると、必ずそのいくつかで選択肢を間違える。僕はもっと『先送りする』ってことを考えるべきだと思っています。放っておくのではなく、考えに考えて、でもまだ結論は出ないぞ、という状態です。この状態は暴走しないんです。そうやって、なかなか結論を出さない面倒臭さを頭に置きながら、書き続けていきたいですね」

(終わり)

【略歴】武田砂鉄(たけだ・さてつ)
 1982年、東京都生まれ。大学卒業後、河出書房新社で主に時事問題・ノンフィクション本の編集に携わり、2014年9月からフリーに。インターネットサイト「cakes」「CINRA.NET」「Yahoo!個人」などで連載を持ち、「AERA」「SPA!」「週刊金曜日」など複数の雑誌に寄稿。今年4月、初の著書『紋切型社会 言葉で固まる現代を解きほぐす』を出版。同作品は、第25回Bunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞した。ウェブサイトはhttp://www.t-satetsu.com/

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岩永直子(いわなが・なおこ)

1973年、山口県生まれ。1998年読売新聞入社。社会部、医療部を経て、2015年5月からヨミドクター担当(医療部兼務)。同年6月から2017年3月まで編集長。

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