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原記者の「医療・福祉のツボ」

コラム

貧困と生活保護(10) 困ったら、だれでも生活保護を利用できる

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 経済的に困ってやっていけないとき、人間らしい暮らしを支える最後の手だてになるのが生活保護制度。重要なポイントのひとつは、要件を満たしていれば、どんな人でも生活保護を利用できることです。

 生活保護法は、次のように定めており、「無差別平等の原理」と呼ばれます。

第2条 すべて国民は、この法律の定める要件を満たす限り、この法律による保護を、無差別平等に受けることができる。

住所がなくても受けられる

 住む所を失ってホームレス状態になった人が福祉事務所へ相談に行ったとき、「住所不定の人はダメ」と説明されて追い返されるケースが、かつてはしょっちゅうありました。しかも、個々の窓口担当者が知識不足でいいかげんなことを言ったというだけではなく、1999年に筆者が取材したときは、複数の政令指定都市の生活保護担当課長が「住所のない人は、救急搬送で入院したとき以外、保護の対象にしない」と明言したので、驚きました。

 生活保護を受けるのに、住居や住民登録の有無は関係ありません。住居・住所がないことを理由に拒絶するのは、明らかに違法です。生活保護法では、住所がはっきりしない場合や急迫した状態の場合、「現在地保護」と言って、今いる場所の自治体で保護することになっています。

 素朴に考えても、住む所がないほど生活に困っている人には、むしろ積極的に手を差し伸べるべきです。福祉事務所が職権で保護できるという考え方もあります。少なくとも本人が希望すれば、生活保護を適用して、まっとうな住まいを確保するのが行政の責務でしょう。

働く能力があっても受けられる

 「まだ若いから働けるでしょ」と、福祉事務所へ相談に行った人が追い返されるケースもしばしばありました。ホームレス状態の人に限ったことではありません。

 生活保護の要件のひとつに「稼働能力の活用」があります。働いてお金を稼ぐ能力のことです。通常は65歳(一部の自治体では60歳)になるまで、病気、障害、乳児の養育、家族の看病・介護といった事情がなければ、働いて稼ぐ努力をするよう求められます。

 しかし、65歳未満で労働能力があるからといって、生活保護を利用できないわけではありません。心身の状態や家庭の条件から見て本人が働ける状況にあるか、実際に就労できる場があるか、働いたらすぐに収入を得られるかを考えて、保護の必要性を判断する必要があります。

 働こうと思っても不景気で適当な仕事が見つからないこともあれば、個人の年齢、能力、資格、資質などの関係でなかなか雇ってもらえない人もいます。たとえ就職しても給料日までお金をもらえなくて困る場合もあるし、懸命に働いても低い賃金しか得られないこともあります。一律に年齢で区切って排除するのはおかしいのです。

違法な運用を、社会運動が正してきた

 路上や公園などで寝泊まりする野宿者が90年代後半から2000年代にかけて急増したのは、失業の増加に加え、以上のような福祉行政による排除(差別)が大きな要因でした。このため、ホームレス支援団体や法律家は、行政への改善要請、審査請求、行政訴訟などに取り組みました。

 厚生労働省は2003年7月31日に「ホームレスに対する生活保護の適用について」という保護課長通知を出し、「居住地がないことや稼働能力があることのみをもって保護の要件に欠けるものではない」とし、住所の有無や年齢で線引きしてはねつける運用が間違っていることを明確にしました。また、ホームレス状態の人を保護する場合、病院への入院または生活保護施設への入所に限定していた自治体があったのを改め、敷金を支給して路上から直接、アパートなどの居宅で保護してよいことを示しました。

 2008年秋のリーマンショック後の不況では、「派遣切り」によって仕事と住まいを一気に失う人が相次いだため、同年末から「年越し派遣村」の運動が東京・日比谷公園を舞台に展開されました。東京都と厚労省は、稼働能力のある年齢層も幅広く保護の対象として認め、公園からの保護の申請、公園を現在地とする保護の即日開始、保護費の即日支給、居宅へ移るための敷金や家具などの支給を行いました。翌年に相次いで出された厚労省の課長通知は、失業困窮者への速やかな支援と住宅確保を求め、居宅を確保するまでの一時的な宿泊費も支給できるとしました。

 社会運動が行政の姿勢を正し、生活保護の理念、無差別平等の原理を、少なくとも国の運用通知のレベルでは実現してきたわけです。ただし、自治体幹部の無理解や現場のケースワーカーの勉強不足から、ルールに反する運用は、最近でもときどき見受けられます。

かつては働けない者だけが救済対象だった

 戦前の日本にあった公的扶助制度は、対象となる者の範囲を限定する「制限扶助主義」でした。

 1874年(明治7年)に制定された「恤救じゅっきゅう規則」の救済対象は、次の3つのパターンです。労働能力がないうえ、人民相互の情誼じょうぎ(親族や近隣による助け合い)で生計を維持できない極貧者、という非常に限られた範囲にコメ代を支給しました。

1 障害・疾病で、独身または家族が70歳以上か15歳以下の極貧者

2 70歳以上の重病あるいは老衰で、独身または家族が70歳以上か15歳以下の極貧者

3 13歳以下で、独身または家族が70歳以上か15歳以下の極貧者

 1929年(昭和4年)に成立した「救護法」は、市町村長が救護の責任を持ち、生活扶助に加えて、医療・助産・生業(仕事に必要なもの)の扶助と埋葬費の支給を行いました。 対象者は次の通りで、働くことが困難なことに加え、扶養義務者が扶養できない場合に限定していました。

65歳以上の老衰者、13歳以下の幼者、妊産婦、傷病・障害で労務に支障のある者

 また、「性行著しく不良なるとき、または著しく怠惰なるとき」は、救護しないことができるという欠格条項がありました。

労働能力、貧困に至った原因、素行を問わない現行法

 戦後すぐの1946年に制定された旧生活保護法は、国家責任、無差別平等をうたう一方で、能力があるにもかかわらず勤労の意思のない者、勤労を怠る者、生計の維持に努めない者、素行不良な者には、保護を行わないという欠格条項を定めていました。怠けている、素行不良、生計の維持に努めないといった判断には、行政側の主観がかなり入ります。

 1950年にできた現行の生活保護法は、労働能力の有無にかかわらず、すべての生活困窮者を対象にする「一般扶助主義」を採用しました。欠格条項の規定もなくなりました。

 貧困に至った原因が何であっても、現に生活に困窮していて、「利用しうる資産、稼働能力その他あらゆるものを、最低限度の生活の維持のために活用する」という要件を満たせば、保護の対象になります(稼働能力を意図的に活用しない者は除外するという欠格条項的な要素は残っている)。

 どうして、そういう制度にしたのでしょうか。

 法律作成にあたった旧厚生省の担当課長は「何らかの意味において社会的規準から背離している者を指導して自立できるようにさせることこそ、社会事業の目的」と説明しています(小山進次郎『生活保護法の解釈と運用』)。

 貧困状態に至った人の中には、ギャンブルや浪費で身を持ち崩した人、刑務所に入っていた人、余裕がないのにパチンコをしょっちゅうやる人、お酒をたくさん飲む人、どんどんお金を使って月の途中で食べていけなくなる人も、確かに一部います。それでも、排除するのではなく、問題解決のための支援をしっかりやって、生活を立て直してもらおうという考え方なわけです。

 このあたりには抵抗感を抱く人もいると思いますが、個人の生活問題の背景には依存症、軽い知的障害などが絡んでいることがよくあります。かりに問題を抱えた人たちをどんどん拒絶・排除していたら、どういう事態が社会に生じるかも、想像する必要があるでしょう。

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原昌平20140903_300

原昌平(はら・しょうへい)

読売新聞大阪本社編集委員。
1982年、京都大学理学部卒、読売新聞大阪本社に入社。京都支局、社会部、 科学部デスクを経て2010年から編集委員。1996年以降、医療と社会保障を中心に取材。精神保健福祉士。社会福祉学修士。大阪府立大学大学院客員研究員。大阪に生まれ、ずっと関西に住んでいる。好きなものは山歩き、温泉、料理、SFなど。編集した本に「大事典 これでわかる!医療のしくみ」(中公新書ラクレ)など。

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