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【特集】群馬大病院の腹腔鏡手術を巡る特報…新聞協会賞

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「医の倫理」欠如に警鐘…手術死の真相、取材まで遺族知らず

 

 今年度の新聞協会賞(編集部門)受賞が決まった読売新聞の「群馬大病院での腹腔鏡ふくくうきょう手術をめぐる一連の特報」(2014年11月14日朝刊など)は、先進的な医療の導入を巡る不透明な実態に警鐘を鳴らした。群馬大病院の腹腔鏡手術事故を通じ、先端医療の推進の陰で、安全性の担保と倫理の尊重がおろそかになっていることが浮き彫りになり、関係機関や医療現場が改善に動き始めている。

群馬大学病院で肝臓の腹腔鏡手術を受けた患者8人が死亡していたことを伝えた2014年11月14日の本紙朝刊(上)。その後も、開腹手術でも10人死亡していたこと(中、同年12月22日朝刊)や、腹腔鏡手術死亡は「全例で過失あり」とした調査報告の内容(下、2015年3月3日朝刊)を伝えた(いずれも東京本社最終版)
(右上)腹腔鏡を使った肝切除手術(がん研有明病院提供)、(左上)群馬大学病院で頭を下げる当時の野島美久病院長(左端)ら(2014年11月14日、群馬県庁で)、(下)群馬大学病院

 

■はるかに高率

 「肝臓の腹腔鏡手術を受けた患者が何人も死んでいるらしい」

 そんな情報を記者が耳にしたのは昨年、暑い盛りの頃だ。北関東の医療拠点で、国立大の付属病院である群馬大病院でのことだけに、にわかに信じがたかった。

 腹腔鏡は、おなかの中をモニター画面に映し出すカメラで、これを使った手術は腹部表面の切り口が小さく済む。このため、体への負担が少ない「低侵襲ていしんしゅう」で患者の回復が早いのがメリットとされ、胃や大腸の手術では広く普及している。一般にも「体にやさしい」というイメージが広がっており、患者の死亡など重大なリスクと結びつけにくいところがあった。

 しかし、手術が難しい肝胆膵かんたんすい(肝臓、胆道、膵臓)の分野では、腹腔鏡手術は開発の途上にある。例えば肝臓は、大小の血管が複雑に入り組んでいて出血しやすく、高い技量が必要とされるからだ。

 肝臓の腹腔鏡手術は、比較的難易度の低い「部分切除」と「外側区域切除」に限り2010年4月に保険診療となったが、それ以外の切除方法は、安全性や有用性が確立されていないとして、保険適用外の実験的な医療という位置づけになっている。ところが、群馬大病院第二外科(当時)で同年12月に始まった肝臓の腹腔鏡手術では、保険適用外の切除方法が繰り返し行われ、同じ男性医師の手術を受けた患者8人が11年1月~14年5月、術後約3か月以内に死亡していることがわかった。死亡率は8%という高率で、後に日本外科学会が行った全例調査で判明した全国平均の約2%よりはるかに高かった。

 保険適用外でも、臨床研究として院内の倫理審査を受け、費用を病院持ちで行うか、患者が全額負担する自費診療で行うことはできる。しかし、群馬大病院による厚生労働省への報告では、倫理審査を受けた形跡が見られなかった。

■不備が次々と

 取材班が死亡した患者の遺族に聞き取りした結果、問題は一層はっきりした。患者が高難度で保険適用外の腹腔鏡手術を受けているのに、取材に応じた遺族は「そんなこととは知らなかった」という。中には「腹腔鏡しかないのかと思っていた」と話す人さえいた。しかも、費用は保険診療として扱われていた。

 千葉県がんセンターでも昨年春、肝胆膵の腹腔鏡手術を巡り患者の死亡が相次いでいることが発覚し、県が検証を進めていた。群馬大での出来事も似た構図だと確信した。

 昨年11月14日の最初の報道後、群馬大病院は記者会見し、保険適用外の腹腔鏡手術で8人が死亡したことを初めて公に認めた。その後の報道で、保険適用外の手術を保険診療として診療報酬を請求していたことや、患者へのインフォームド・コンセント(説明と同意)の不備、開腹手術でも10人死亡していた事実が次々と明らかになった。

新調査委 死亡30例検証へ

 

■調査やり直し

 群馬大病院は腹腔鏡手術について、外部委員を交えた院内調査委員会の報告書を今年3月、公表した。しかし、報告書の内容を外部委員が承認した後、病院側が8人全例に「過失があった」とする病院としての判断を無断で加筆したことなど、調査過程の不備が発覚。開腹も含め、改めて調査することが決まった。

 それを受け、群馬大は8月、同大病院で行われた肝胆膵の腹腔鏡手術と開腹手術について調査するため、外部委員からなる新たな医療事故調査委員会(委員長=上田裕一・奈良県総合医療センター総長)を発足させた。

 調査委は同30日に初会合を開き、既に明らかになっている18人以外に12人の死亡例があることが公表された。07~14年の肝胆膵の全手術を対象とし、計30の死亡例を中心に調査が進む見通しだ。

■新技術の課題

 群馬大病院で起きた問題の背景には、外科の新しい技術が導入されてから、全国の病院で幅広く行われる標準診療となるまでの手順が明確でないという事情がある。どこまでが日常診療でできる工夫の範囲で、どこからが倫理審査などの手続きが必要な新しい技術なのか、現場の認識もあいまいな面がある。そのことが、ともすれば、安全や倫理について客観的な検討もなく、患者への十分な説明を欠いたまま、新たな技術が導入される土壌になっていたといえる。

 「医の倫理」の欠如は、患者の安全を脅かし、医療の信頼性を失墜させる。群馬大病院の事故が残した教訓だ。

 (医療部 高梨ゆき子)

 

国が実態調査/「保険外」手順を整備…改善の動き各方面で

 

 「記者が来るまで、仕方なかったのかとあきらめかけていた」――。取材に応じた遺族は一様にそう話した。

 一般の人にとって、医療は専門的でわかりにくい世界だ。報道を受け、読者からも驚きと怒りの声が続々と寄せられた。共通するのは「患者の安全・安心を第一に考える姿勢を見せてほしい」という願いだ。

 報道後、これは群馬大病院だけの問題ではないことが浮き彫りになり、各方面で改善の動きが広がっている。

 日本肝胆膵外科学会が主な病院を対象に行った緊急アンケートでは、55%が倫理審査をせず保険適用外の腹腔鏡手術をしていたことが判明した。このアンケートで、4病院の死亡率が約5%と高水準だったこともわかり、同学会は個々の死亡例の報告を求め、調査している。

 厚生労働省は6月、群馬大病院に対し、高度な医療を担う特定機能病院の承認を取り消し、全特定機能病院の実態調査を始めた。

 独自の対策に乗り出した病院もある。

 名古屋大病院は保険適用外手術の導入手順を整備し、6月に新たな審査組織を発足させた。保険適用外でも、すでに慣習的に行われていたり、海外で実績が出ていたりする手術や技術を専門に審査するものだ。

 そうしたケースは日常診療の延長と考えられがちで、倫理委員会に諮られることもなく、個々の医師や診療科だけの判断で行われていたのが実情だった。しかし、従来の倫理委員会が審査する臨床研究の枠組みで行うのは大がかりでなじみにくいため、別の審査ルートを作った。

 慶応大病院では、院内で起きた全死亡例を医療安全部門に報告し、特に術後30日以内の死亡は院長にも詳細な報告をすることにした。保険適用外手術など新しい高難度の技術を導入する際の審査組織も新たに設置を検討中だ。

 ただ、課題も見えてきた。必要に迫られ、厳密に言えば保険適用外でも、保険の範囲で実施してきた診療行為は少なくない。審査した上で実施したとしても、費用の問題が出てくる。全て病院持ちにすれば経営が圧迫され、自費診療にすれば患者負担が重くなる。かといって、それらを一切行わなければ患者の救命や医療の進歩に支障が出るという指摘もある。

 名大病院医療の質・安全管理部の長尾能雅教授は「命を救うには、柔軟な対応が求められる場合もある。保険適用外の診療でも、条件を満たせば保険請求を認める仕組みを明確に定めるなど、国レベルで現実に即した制度の見直しをすべきではないか」と話している。

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 群馬大手術死問題取材班は、代表の高梨ゆき子のほか、鈴木希、上村健太、山口博弥、坂上博、渡辺理雄、佐々木栄

 

襟正した医師 多いはず…腹腔鏡手術に詳しい がん研有明病院長・山口俊晴氏

 

 大学病院など高度医療を担う特定機能病院は、安全管理の仕組みが整っていることが最も重要だが、群馬大病院は形式だけできていても運用に問題があった。そういうケースがありうることを広く知らせた報道には、大きな意味があった。

 まず、大病院だからといって妄信してはいけないという患者への啓発になった。患者や家族は、疑問があれば納得できるまで質問しなければと思っただろう。

 先進的な医療の中には危険を伴うものがあり、患者の安全を守る仕組みが機能していて初めて実行できる。一連の報道をきっかけに、その重要性を再認識した医師は多いと思う。安全や倫理の手続きを怠っていた場合、これを機に襟を正したに違いない。

 腹腔鏡手術は胃や大腸では普及しており、安全性も高い。肝胆膵は、胆のう結石手術以外はこれからの分野だが、全て危険なわけではない。この出来事を教訓とし、腹腔鏡手術が健全に進歩する契機としなければならないと思う。

 

医療の透明化推進 必要…千葉県がんセンター問題検証委会長の阪大名誉教授・多田羅浩三氏

 

 一連の報道は、群馬大病院の実態を明確に示すことで、日本の医療が直面する課題を明らかにした。それにより、表に出ていないだけで他でも同様な問題が起こりうることが示唆され、関係機関に対策を促す役割を果たしたのではないか。

 群馬大より先に千葉県がんセンターの問題が発覚したが、それだけでは、全体の問題というより、特殊な個別事例とみなされていたのではないか。群馬大でも同様の問題があったことが明確になったからこそ、千葉の問題も含め、特殊な例外ではないことが認識されたのだと思う。

 二つの病院で起きた問題が、患者も医師に任せきりではなく、積極的に情報収集するなど、自らを守る必要があるということを教えてくれた。そのための前提として、カルテ開示の一般化や、セカンドオピニオンが受けやすい体制の確保などによる医療の透明化の推進が不可欠だ。今後、医師と患者が共に病と闘うという問題意識が広がってほしいものだ。

 

多角的に検証 課題見えた…医療事故の遺族で群馬大の新調査委委員・勝村久司氏

 

 出産事故で妊婦が死亡し、医師が逮捕、起訴された福島県立大野病院事件(08年に無罪確定)以降、医療界の反発が強まり、医療事故については、再発防止のための正当な議論さえしにくい雰囲気になっていたと思う。その影響か、マスコミも萎縮している印象があったが、今回の報道は、その雰囲気に風穴を開け、依然として存在する深刻な医療事故について、改めて問題意識を喚起した。

 特に、一つの医療事故を一面的に報じるのではなく、あらゆる視点から多角的に検証したことは意義深い。群馬大の事例を通じて、インフォームド・コンセント、新しい技術の導入と医療倫理、医療安全システムのあり方、外科医の技術論、不透明な保険請求など、具体的な課題が見えてきた。

 特定の病院や医師個人の不祥事で終わることなく、医療界全体に横たわる普遍的な課題があぶり出され、それらを改善しようという機運が高まったのは、日本の医療にとって大きな前進だと思う。

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