文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

障害者の性の自立を目指すNPO法人理事長 熊篠慶彦さん

編集長インタビュー

熊篠慶彦さん(5)犬や猫、障害者より優先? ガラパゴス化する日本

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

障害者の性の自立を目指すNPO法人理事長 熊篠慶彦さん

障害者の性の支援活動について、問題点を指摘する熊篠さん

 2004年7月に、障害者の性の自立支援を掲げてNPO法人「ノアール」を設立した熊篠さん。啓発イベントを開き、マスターベーションのための自助具を作り、アダルトビデオにも出演したが、なかなか支援の輪は広がらない。何より、当事者が活動に参加してくれない。

 どうしたらもう一歩先に進めるのか。自分たちに足りないものは何なのか。

 熊篠さんは、その答えを探しに、2012年10月の2週間、オランダ、ドイツ、フランス、スイスの4か国に、障害者の性の支援活動をしている団体の視察旅行に出かけた。

 まず訪れたのは、オランダのマーストリヒトだった。

 売春が合法化されているなど、性関連サービスを積極的に認める国として知られるオランダでは、障害者の性の支援活動も活発だ。障害者自身が1980年代に設立した団体「SAR」が、障害者のセックスの相手をする有償ボランティアを派遣するサービスがあり、利用者に自治体の助成金が支払われることも、よく知られている。

 熊篠さんは、同様の活動をしている別の団体の代表に会い、インタビューの後、実際にサービスを受ける申し込みをしていた。

 ところが、手続きの不手際で、相手に希望が伝わっておらず、急きょ、派遣してもらうことになった。海外から来た、無名の団体ゆえに警戒されたのか、待ちかまえていたホテルに、サービスのために現れた女性スタッフは、なんと、体の大きな夫をボディーガードとして連れてきた。

 熊篠さんも、英語ができないため通訳の男性を1人、そして身の回りの介助をする当時恋人だった女性1人の2人を伴っていた。熊篠さんは裸でベッドに、女性スタッフの夫と介助者である熊篠さんの恋人は浴室に、通訳はベッドルームと浴室の間の廊下に背を向けて体育座りという奇妙な体勢で、サービスは始まった。もちろん、全員互いの声は聞こえる距離感だ。

 女性は、慣れた様子で、「日本のプロほど上手じゃないかもしれないけれども、リラックスしてくださいね」と語りかけながら体に触れてきて、驚くべきことを言った。

 「唇に直接のキスはいかがですか?」

 「おー、いいです……」

 夫が聞いている前でこんなことを言われ、頭が一瞬真っ白になった。

 その後、なんだかおかしくなって笑ってしまった。

 「だんなさんがいるのにそんなこと言うなんて、本当にオープンな活動なんですね」

 そう語りかけても、女性は何でもないようにサービスを続けた。終わった後に話を聞くと、夫も仕事として理解を示していて、このサービスで受け取った報酬は、老人ホームへのボランティアでプレゼントを買うこと以外には使わないのだと言った。

 「こういうサービスが定着していて、身体障害者には、それを月1回利用できるぐらいの補助金が出るのですが、すごいな、いいなと純粋に思いましたよ。サービスをする人も厚意として行っていて、それを人間の生活に必要なサービスだと公が認めているんだから」

 ドイツのベルリンでは、障害者の性的な相談に、身体障害者自身が乗る「ピアカウンセリング(仲間によるカウンセリング)」について、組織の代表者に話を聞いた。ナチスによる「優生思想」で、過去に障害者の断種政策がとられたドイツでは、いまだに、障害者が性について自己主張しづらい空気があることを聞いた。それでも、自分たちの力で、悩みを解決しようと動いている姿に感銘を受けた。

 フランスのオーバーニュでは、障害者のファッションショーや映画館のバリアフリー化など、様々な障害者自立支援活動をしている運動家に会った。彼が車いすにプラカードを背負い、大統領府に向かって、「障害者にもセックスをさせろ!」と叫んでいる映像を見せてもらい、胸が熱くなった。

 スイスのチューリッヒでは、セックスワーカーを対象に、障害者向けのサービスをするための研修を行っている団体の代表と夕食を共にし、話を聞いた。客もサービス提供者側も体を痛めないように、車いすからベッドへ移動させる技術、衣服の着脱の方法など、日本のへたな看護師や介護士より高いレベルの知識があることにまず驚いた。

 熊篠さんはまた、そこでも研修を受けた人のサービスを受けてみた。自分の障害の特徴や、体の扱い方をメモにした「取扱説明書」を通訳に頼んで書いてもらったが、サービスする女性は、「脳性マヒですか?」と確認すると、「何も問題ないですよ」とメモには軽く目を通しただけで、すぐにサービスに入った。

 熊篠さんは、射精のタイミングで足がけいれんする。どうするのかなと観察すると、射精と同時に膝の下に手を入れて、曲げた状態で両足を持ち上げた。すると、驚くことにけいれんがまったく出なかった。

 「へええー、けいれんが出ないよとびっくりしましたね。障害や体の特徴について知識や技術が十分にあるから、障害者の体に負担がかからないようにする対応ができる。でも、日本に持ち帰って、理学療法士や作業療法士に伝えたら、『そんなの当たり前ですよ』って言われました。日本でも、専門家は、けいれんが出ないようにするための足の角度とかを知識として知っている。でも、それは病院内やリハビリテーション室での当たり前なのであって、日常生活やセックスの最中にパートナーが膝を持ち上げるのが当たり前なのか、というとそうではないでしょう? そういうことに想像力を働かせながら、どうすれば、障害者が楽に日常生活やセックスを楽しめるようになれるのかを、共に考えてほしいんです」

 2週間の視察を終えて、日本に帰国し、熊篠さんはしばらくぼうぜんとしていた。ヨーロッパでは、当事者が性についてのニーズがあることを表舞台で訴え続け、自分たちで支援を勝ち取るための活動をしている。それに対して、理学療法士や作業療法士、性科学者も協力し、行政も費用補助で支援している。

 アメリカ・ニューヨークでも、7月、障害者への差別を禁じる「障害者法」の25周年記念パレードがあり、ニューヨーク市警の音楽隊が障害者や支援者のパレードを先導していた。

 「日本ではSNSのような非公開のグループや匿名の場所でほえている人はいるんですよ。ちまちまネットの片隅でほえているならそれでいいし、おとなしくあきらめるならそうしたらいい。でも非公開のグループでは、検索に引っかからないし、大きな動きにならないし、ニーズがニーズとして拾われないんです。非公開のグループの中で『障害者の性の問題をオープンにすべきだ』と訴えることが、いかに矛盾しているか、そろそろ気がついた方がいい」

 ノアールでは現在、脊髄損傷者が自己導尿を楽にできるようにする自助具の開発や、神経性難病の男性が自分でピストン運動をできるようにするための自助具の開発に取り組んでいる。専門家に協力を求めてきたが、性に関しては及び腰になる専門家が多く、資金面の問題もあり、なかなか実現にこぎ着けていない。

 その一方で、先日、リハビリテーション関連の学会に参加したところ、障害者の性に対する支援についての発表は見あたらなかったが、犬や猫に対するリハビリの発表が複数あった。

 「犬や猫の体のことは心配するのに、人間のシモの話には目が行かないんですよ。いまだに、強制避妊手術のような問題が起きるのは、専門職の支援が及んでいないし、それが十分世の中に知られていないことを意味します。自己導尿ができなければ膀胱ろうを作り、生理用品の交換ができなければ子宮摘出となる。せめて人間の支援システムや自助具の一つぐらい作ってから、犬猫のリハビリに励んでいただきたい。本当に、どこから手をつけたらいいのかわからない気分になります。単発の花火はたまに上がるけれども、連なったナイアガラの滝にならない。脱力と言えば脱力、虚無感と言えば虚無感。そういうのがごちゃまぜになって、どす黒い何かが胸の奥にある状態です。言葉にできないです」

 それでも、夏バテする7月、8月が過ぎれば、また元気がわいてくるように、熊篠さんは何度でもはい上がる。10月には、ニューヨークやバークレー、カナダのトロントにも、障害者の性支援活動をしている当事者や支援者に会いに行く予定だ。

 「日本は地理的にも言語的にも確実に孤立しているガラパゴス。マスコミも専門職も当事者も、自分たちが取り残されかかっていることをせめて自覚してほしい。僕のこのインタビュー記事を読んで、少しでも感じてくれることがあるなら、今から、自分のできることに手をつけてほしい。僕は動きますよ。自分のために」

 人のためではない。初体験をした時に、自分のために起こした革命ののろしは、自分が生きている限り燃やし続ける。そう決めている。

(終わり)

【略歴】(くましの・よしひこ)  NPO法人ノアール(http://www.npo-noir.com/)理事長。出生時より、脳性まひによる四肢けい性まひがある。医療、介護、風俗産業など様々な現場で、身体障害者が性的な活動から排除されている現実に突き当たり、身体障害者のセクシュアリティーに関する支援、啓発、情報発信、イベント、勉強会を行っている。著書に『たった5センチのハードル』(ワニブックス)、玉垣努・神奈川県立保健福祉大教授との共編著に『身体障害者の性活動』(三輪書店)がある。


  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

編集長インタビュー201505岩永_顔120px

岩永直子(いわなが・なおこ)

1973年、山口県生まれ。1998年読売新聞入社。社会部、医療部を経て、2015年5月からヨミドクター担当(医療部兼務)。同年6月から2017年3月まで編集長。

編集長インタビューの一覧を見る

4件 のコメント

熊篠さん凄いです

怪我

こんなに大事なことが掲載されているのを今、知りました。 答えは無いと思います。 人それぞれ感じ方が異なるからです。 一概に誰が正しいか? そうい...

こんなに大事なことが掲載されているのを今、知りました。

答えは無いと思います。

人それぞれ感じ方が異なるからです。

一概に誰が正しいか?

そういえない。

人はこの世に生を受けた以上幸せになる事を求める。

それは、誰にも邪魔できない。

やり方は、多種多様。

どの方法が正しいなんて無い。

熊篠さんは同じ立場の方に良かれと思い行動していると思う。

理解されない事もある。

でも後悔するくらいなら

失敗してもいいじゃないか

やってみよう!

冒険は続く

冒険の先には更に困難がある

不確実な世は誰にとっても同じ

前に進むか否か

それはだれにとっても同じこと。

つづきを読む

違反報告

どちらも大事な問題

gokuhaze

>PTやOTにとっては、動物は専門外そうですねー共通点はありますが、骨格や腰椎の数、荷重関節の構造など細かく異なりますから、大枠では神経系など共...

>PTやOTにとっては、動物は専門外
そうですねー
共通点はありますが、骨格や腰椎の数、荷重関節の構造など細かく異なりますから、大枠では神経系など共通項もありますが・・・

私はPT、障がい者スポーツトレーナーの前は、獣医大に行っていましたから、どちらのちがいも理解していますが、そういった方は稀でしょうね。

障がい者の性問題、御拝読させていただき、なるほどと感じました。
障がい者スポーツが専門なので、そちらの問題は気がつきませんでした。

つづきを読む

違反報告

よしさんへ

プー助

「犬猫なんかより」とは私には読めませんでしたが……。だって、PTやOTにとっては、動物は専門外。人間が先なのは、この専門家にとっては当たり前なん...

「犬猫なんかより」とは私には読めませんでしたが……。

だって、PTやOTにとっては、動物は専門外。
人間が先なのは、この専門家にとっては当たり前なんですから。
専門外の犬猫の前に、人間のことで忘れてることはありませんか?
そう言ってるように読めましたが……。

つづきを読む

違反報告

すべてのコメントを読む

障害者の性の自立を目指すNPO法人理事長 熊篠慶彦さん

最新記事