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イグ・ノーベル・ドクター新見正則の日常

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認知症と詐欺被害、「壊れていく自分を繕う行為」が落とし穴

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 今日は、「まさか?」というお話と認知症についてです。

 戦後70年の終戦記念日も終わりました。昨年亡くなった母の初盆でした。たくさん書き下ろしたいことはあるのですが、何より「まさか?」というお話です。母の認知症が進んでいき、最後は僕のこともわかりませんでした。世話をしている家内のことが最期までなんとなくわかっていたであろうことが救いでした。母の認知症は、本人が以前から「昔と違うのよね…」と言っていました。85歳ぐらいのときでしょうか。認知症を判断するひとつの試験である長谷川式テストでは正常範囲でした。でも、本人は自分の変化に少々おびえていたのではないかと思っています。そんな時に人は「繕う」ようになります。自分がちょっと壊れていくのを隠したいという本能やプライドで繕うのだろうと思っています。母も精一杯繕っていたと思います。勉強好きな品のいい母でした。

少しずつ壊れていく自分を「繕う」

 ある時、母と僕は国政選挙に行きました。母は投票用紙を記入する段になって、記入の場所で固まってしまいました。母は僕の方を向きます。何かを尋ねたいそぶりです。そんな会話を選挙管理委員の人が見つけて、「個人の判断で記入して下さい。介助者が助言してはダメです」と注意されました。でも本人は固まっています。誰の名前を書いたらいいのか、もしかしたら選挙とは何かもその時はわからなかったのかもしれません。認知症の人の選挙権に対して考える機会になりました。

 最近は詐欺事件が多発しています。オレオレ詐欺などは、母は簡単にだまされるだろうと思っていました。だって、壊れていく自分を繕いたいのですから、少々のギャップは一生懸命、前後の文脈や、経験から繕うのです。だから、「なんでそんなに簡単にだまされるのだろう」という認知症の人を知らない人ではまったくわからないことが起こるのです。そして、それは病院などの諸検査で認知症との診断に至らない人でも、微妙に起こっているのです。「繕う」というキーワードが、老人性うつと認知症を見分けるにも大切と思っています。

僕もスマホ詐欺の被害者に?

 以前に、イギリス滞在中に、片側2車線の道路をなぜか逆走してしまったことを話しました。今から20年近く前の話です。寝不足でも、アルコールや薬物を飲んでいた訳でもなく、まったく正常な判断能力があると思っていたのですが、なぜか逆走したのです。自分の逆走に気が付いたときは「まさか?」という思いでした。

 そして、昨日僕のスマートフォンにあるお知らせが届きました。僕はiPhoneを使用しています。「iPhone7のテストユーザーに選出された」といった内容でした。そして「99円でiPhone6を届けますよ」ということでした。なぜか、それを信じて自分の名前、生年月日、住所、電話番号、メールアドレス、そして希望のパスワードを入力し送信しました。そして次の画面に99円を支払うクレジットカードの入力画面に移動し、「もしかしたら…」という疑念が湧き、ネットサーフィンをして、同じような手口の詐欺が多発していることに気が付きました。個人情報は全て送ってしまいました。幸いだったことは、希望のパスワードにどうでもいいパスワードを記入したことです。今の僕のパスワードはどれも別々です。でも以前は銀行口座からカード、メールに至るまで、基本的に同じものを使用していました。もしも、その当時にこの詐欺にはまっていれば、僕の大切なパスワードが簡単に盗まれてしまったことになります。恐ろしいですね。

 認知症の母を最期まで看病して、そして認知症の経過を肌身で知ると、認知症の人が「繕う」という行為で簡単にだまされてしまうことにやっと合点がいきました。巧妙な詐欺の手口では日頃から詐欺にハマるのは愚かなことだと思っている僕にも、ある時ある瞬間には詐欺の被害者になりかねないのです。本当に「まさか?」という思いで頭が一杯でした。愚かなことと思うことが自分や自分の身の回りにも、いつでも起こる可能性があるということを再認識した瞬間でした。

母を送っても解決しない問題

 一方で認知症に関する答えは母を送った今でも解決しない問題です。メディアの表面的な発言の多くは本当に介護をしている人には当てはまらないことが多々あります。高齢者がどんどんと増え、そして医療が進歩してお迎えの時期がどんとんと延びる一方で、認知症の治療はボツボツとしか進歩していません。母を介護していて思ったことは、認知症の根本的な治療が開発されるまでは、高齢者に対する治療が進歩することは不幸の増幅にも思えました。「お迎えをお迎えとして受け入れること」も大切な選択と思っています。母は自宅で亡くなりました。最期まで点滴も胃瘻いろうもしませんでした。食べられなくなった時がお迎えの時と家族が決めていたからです。最期は30キロもありませんでした。点滴も胃瘻もしなかったので乾いて枯れるように亡くなりました。まったく汚くも臭くもありませんでした。母が亡くなってドライアイスで冷やして一晩部屋で過ごしました。その母に寄り添って娘は一晩中同じ布団で寝ていました。「冷たいおばあちゃんも気持ちいい」と言っていました。その母の初盆が終わりました。

 人それぞれが、少しでも幸せになれますように。

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知りたい!_20131107イグ・ノベーベル賞 新見正則さん(1)写真01

新見正則(にいみ まさのり)

 帝京大医学部准教授

 1959年、京都生まれ。85年、慶応義塾大医学部卒業。93年から英国オックスフォード大に留学し、98年から帝京大医学部外科。専門は血管外科、移植免疫学、東洋医学、スポーツ医学など幅広い。2013年9月に、マウスにオペラ「椿姫」を聴かせると移植した心臓が長持ちする研究でイグ・ノーベル賞受賞。主な著書に「死ぬならボケずにガンがいい」 (新潮社)、「患者必読 医者の僕がやっとわかったこと」 (朝日新聞出版社)、「誰でもぴんぴん生きられる―健康のカギを握る『レジリエンス』とは何か?」 (サンマーク出版)、「西洋医がすすめる漢方」 (新潮選書)など。トライアスロンに挑むスポーツマンでもある。

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