文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

障害者の性の自立を目指すNPO法人理事長 熊篠慶彦さん

編集長インタビュー

熊篠慶彦さん(3)聖人君子を装い…「性」から遠ざかる障害者

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

障害者の性の自立を目指すNPO法人理事長 熊篠慶彦さん

身体障害者の性を取り巻く環境について説明する熊篠さん

 障害者の性の自立を目指して2004年7月に設立したNPO法人「ノアール」では、「熊篠福祉専門学校」と名付けた啓発イベントを当初から行ってきた。お酒を飲みながらトークショーを聞くことができる、東京・新宿の「ロフトプラスワン」が主な会場。作家のリリー・フランキーさんら、毎回、多彩なゲストを招いて、障害者の性についてざっくばらんに語ってきた。

 医療関係者や福祉関係者、アダルトグッズのメーカーや風俗産業の関係者まで参加し、回を重ねるごとに、この問題に対する世間の関心は広がってきたという手応えはあった。ところが、当事者がほとんど来ない。会場にはバリアフリーのトイレがないから、奥まった個室に障害者が使いやすい男女それぞれ用の簡易トイレを据えた。休憩時間も通常のイベントより長く取った。真面目なテーマと、柔らかいテーマとを交互に企画する工夫もした。それでも、当事者はほとんど来なかった。

 さりげなく、福祉関係者らに頼んで当事者に声をかけてもらい、理由を尋ねた。すると、参加をためらう当事者は皆、同じ理由を言っていることがわかった。

 「そこに自分がいることを知られたくない」

 熊篠さんはそれを聞いて、脱力したという。

 「もう、そんなこと言われたら、何もできないっすよ。介助者にも、ほかの障害者に対しても、自分が性に関心があることを知られたくないというんです。ノアールでは時折、飲み会も開いているのですが、そこにもやはり身体障害を持つ当事者は来ない」

 熊篠さんは若い頃、親しくなったボランティアの女性の肩を抱こうとして、「熊篠さんってそんなことする人じゃないって思ってました」と言われたことがある。「そんなことってどんなこと?」と聞くと、「だって、車いすの人は性欲がないと思ってたから」と答えられ、絶句した。

 また、最近受けたテレビ番組のインタビューで、「障害者の性の問題はタブーですらない」と皮肉まじりに答えたことがある。「そもそも、障害者は性欲があるとかないとかいう意識すらない。世間に気付かれてすらいないんですよ。当事者が声をあげないから」

 では、なぜ声をあげないのだろうか。

 「いわゆる『障害者』という役割期待を演じている方が、生活が円滑に進むんですよ。夏に、皆が黄色いTシャツを着て、障害者がたくさん登場する、24時間やっているテレビ番組があるでしょう? あれに象徴されるけれども、大手メディアが描き出す、聖人君子の障害者像を装っておけば、生活はスムーズに進む。オナニーしたいとか、セックスしたいとか言わない、ベッドの下にエロビデオを隠したりしていない障害者ですよ。ただ、健常者に『感動』を与える存在。そういう役割期待を演じてしまうことが、ナマの欲求を見せられないとか、見せたくないとか、僕らのイベントにいるのを知られたくないということにつながっていく」

 熊篠さんはまた、障害者の周りにいる医療や福祉、介護の専門職が、そうした「役割期待」を助長していると厳しく指摘する。

 「ヘルパーさんや介護福祉士、作業療法士、理学療法士も含めて、養成課程に、患者や障害者のセクシュアリティー関連のカリキュラムがほぼないので、戸惑うんでしょう。場合によっては、『問題行動』という処理のされ方をする。それに、予備知識のない素人に1から10まで説明した方がむしろ簡単という側面もある。医療、福祉、介護の専門教育を受けていると、患者や障害者、高齢者というのは支援制度の対象で、社会的な弱者ということをたたき込まれる。彼ら専門職から見れば、僕らはただただサービスを受ける受動的な存在なんです。施しを受ける社会的弱者という刷り込みを、専門教育で徹底的に受けると、障害者、高齢者、患者がオナニーしたいとか、セックスしたいとか、老人ホームで利用者同士がカップルになったりすると、どう対応したらいいかわからずに、あわわわわと慌ててしまう。えっ?と固まってしまう。そういう希望を持つのは、能動的ということだから」

 日本社会、そして障害者と日常的に接している医療、福祉の専門職さえも、障害者を性行為やエロチシズムとは無縁の存在として扱おうという無言の圧力。そのイメージは、障害者自身の心にも深く巣食い、性的な存在である自らを否定することにもつながっている。

 障害者の性をテーマにした書籍やテレビ番組では、身体障害やそれに伴う言語障害、意図せずして体が勝手に動く不随意運動を持つ障害者自身が、性的に振る舞うことへの引け目を語る。あるテレビ番組では、自身も重い身体障害を持つ男性が、「相手が障害を持っていたら、性的対象にはなりにくい」と言い切っていた。

 ノアールが、現在進めている企画の一つが、進行性筋ジストロフィーの女性のヌード写真集だ。車いすで生活する彼女は、自身の体を魅力的に思えず、性的対象になり得ないという自分の意識を払拭したくて、ヌード写真を撮ることを決めたという。

 「女性の方が、身体障害で自分の身体イメージ、性的イメージが傷ついている割合は強いのではないでしょうか? 例えば、僕は20~30センチの手術の傷が両側の太もも、骨盤に4本ぐらいある。でも男はそんなのは気にならないし、むしろ勲章とさえ思ったりする。でも、女性が体に傷があったり、障害があったりしたら、それをためらいなくパートナーに見せられるかと言ったら、男よりはためらうでしょう」

 女性経験が豊富な熊篠さん自身も、女性との交わりに踏み込んでいく時に、自身の障害が全く気にならないと言ったら、うそになるという。

 「目をつぶって手を上げると、僕の頭の中ではひじも手首も真っすぐ伸びているんです。自身の手を直接見ても、変な感じはしない。昨日今日で曲がったわけではなくて、中学の頃から徐々に曲がってきたので、主観の目では違和感がないんです。でも、これが鏡に映ったり、ショーウィンドーに映ったりすると、うわーっと猛烈な違和感を覚えるんです。なんでこんなに曲がっているんだろうって。それは第三者の目線なんです。客観的に見ると、違和感がある。自分はその違和感が、そこまで男女関係に影響しているとは思わないけれど、やはり、まったく臆さないかというとそれは違う。なくはないです」

 身体障害を持つ体に対して一瞬、感じる違和感。そしてそれによって生まれる人間関係の距離感。しかし、それは身体障害だけでなく誰もが持つ感情で、慣れれば払拭できるものだと熊篠さんは言う。

 「それを僕は自分も感じるし、ほかの人だって感じるでしょう。でもそれがいいか悪いかということではないと思います。例えば、歌舞伎町で客引きに黒人がいると、ずいぶん肌の色が黒い人がいるなと一瞬僕も見てしまう。いくら茶色く髪を染めていたって、普段周りにいるのは日本人だらけである中で、黒人がいたら、差別ではなく、違和感を持つし、目を引くでしょう。健常者ばかりいる中で、一人車いすの利用者がいればそりゃ目を引きますよ。歌舞伎町なんかで、杖をついたり、車いすを使ったりしている若者がいたら、見てしまうでしょう。お互いさまです。僕はすぐに自分のことを棚に上げて、頑張れ頑張れ、よく一人で来たねと思う。誰だって、違和感を持って見てしまうのは一瞬のことで、そのうち気にならなくなるでしょう」

 さらに、身体障害を持つ場合、排せつの問題もセックスに影響することがある。

 「心とか恋愛感情の問題ではなく、即物的なセックスの話になった時、多くの障害者が排せつの問題がクリアにならないと、先に進めないですよ。例えば、僕も含めた男性の障害者の場合、基本の体位は女性が上に乗る騎乗位なんです。そうすると、腹圧がかかるので、いくら事前に済ませていても、大小を催す方向に力が入る。したくなってもすぐにトイレに行けるわけでもなく、車いすに移って、トイレに移動となると、時間や手間を考えると間に合わないことだってある。催した時は既に遅し。それを恐れて、また消極的になったりもする」

 熊篠さん自身、セックスの最中、ベッドの上に大便を漏らしたことがある。相手の女性に謝ると、「謝ることはないから!」と逆に怒られた。それでも、気まずい雰囲気になった。

 「向こうはそういうトラブルも了解していて、こちらだって相手に了解してもらっていると思っていても、やはり僕は平気な顔はしていられない。いたたまれないですよ。それをどう解決したらいいか、自分にもまだ道筋は見えていない」

 男女の体の構造も影響する。頸椎けいつい損傷があって、自然な排尿が難しい男女がいた場合、男性はペニスを目で確認しながら管を尿道に入れて、尿を引き出す導尿をすることができる。しかし、女性は尿道を確認することが難しく、下腹部に尿を引き出すための穴「膀胱ぼうこうろう」を作ることもある。

 「障害の程度がまったく同じであっても、排尿でさえそんな男女差ができてしまう。女性の場合は、そういう姿をなかなかすんなりは見せられないでしょう。月1回の生理も介助者に面倒をみてもらわなくてはいけないし、単純に体の構造上、女性の方が大変です。身体イメージの傷つき方は、やはり女性の方が強くなるのかもしれません」

 障害者の性の自立を掲げるノアールでは、身体障害を持つ女性が楽に、自己導尿するための自助具や、一人で着脱しやすいおしゃれな下着を開発中だ。女性デザイナーには、「女性障害者自身が使いやすく、自分も身に着けたいと思う、彼氏も脱がせたくなる下着」という注文をつけた。

 「セックスと排せつ、二つの下の話は切り離せない。もしかすると、物理的にも精神的にも障害者のセックスに一番大きな影響を与えているかもしれないから、その解決のための努力もしたい」

(続く)

【略歴】(くましの・よしひこ)  NPO法人ノアール(http://www.npo-noir.com/)理事長。出生時より、脳性まひによる四肢けい性まひがある。医療、介護、風俗産業など様々な現場で、身体障害者が性的な活動から排除されている現実に突き当たり、身体障害者のセクシュアリティーに関する支援、啓発、情報発信、イベント、勉強会を行っている。著書に『たった5センチのハードル』(ワニブックス)、玉垣努・神奈川県立保健福祉大教授との共編著に『身体障害者の性活動』(三輪書店)がある。


  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

編集長インタビュー201505岩永_顔120px

岩永直子(いわなが・なおこ)

1973年、山口県生まれ。1998年読売新聞入社。社会部、医療部を経て、2015年5月からヨミドクター担当(医療部兼務)。同年6月から2017年3月まで編集長。

編集長インタビューの一覧を見る

3件 のコメント

障がい者の自立とセクハラ

りみ

器具を開発する、とかいうのは素晴らしいと思います。いくら障がい者がから、といって、他人にセクシュアルに肩に触る、とかのわいせつ行為をするのはいた...

器具を開発する、とかいうのは素晴らしいと思います。

いくら障がい者がから、といって、他人にセクシュアルに肩に触る、とかのわいせつ行為をするのはいただけません。介護人も人権があるのですから。

障がい者が、自分では手を動かせないので、介助者に動かしてもらおう、というのは、理論としてはいいですけど、それは、介護者にとってはセクハラになることもあるのです。

つづきを読む

違反報告

自由性を保ちながら個々への支援

試しながら徐々に元気に

障害者の性の自立というとそれ関連になってしまうのは地域性もあるんでしょうね。地球規模で考えると日本はという事と日本の中でのこの地域(自治体等)や...

障害者の性の自立というとそれ関連になってしまうのは地域性もあるんでしょうね。地球規模で考えると日本はという事と日本の中でのこの地域(自治体等)や家族性や宗教等などの理由も多岐にわたってあると思います。

わたしが見た日本の外での障害のある方はひとり住まいであっても国籍がその国の外の方なのでシェアメイトを募集して同居という方法をとっていました。特にどの団体の手を借りるという方法ではない方法です。
何人かと同居をして最後の方と結婚されました。

その地域はひとりで生活となるとソーシャルワーカーがいて、各国事情や宗教性、理念、個人の考え方など個別に扱って回りの方との共存という事をしています。海外だと平等や各種社会サービスが充実していると報道されますがそうでもないのが実情でしょう。

特に身の安全に無頓着だと生活自体成り立たないので性の問題にまでたどり着けないと思います。
この方が行っている社会運動的な性の自立支援の方法はその団体特有のものだと思います。理念や定款など自分と合致した方が支援を求めてもいいと思います。

一律にこうだと規定することなく個人の自由性は保ったまま、回りと共存ということが自立だと思います。それには仲立ちする専門家がいないと難しいと思います。

あと本の紹介を1冊。「オーガズム・パワー」シェアハイト著 石渡利康 訳 という本です。真実の告白ハイト・リポート。参考まで。

つづきを読む

違反報告

何ででしょうね?

ふりふりさえもん

性に関する問題って出れば必ずコメントが10とか20とか簡単に出るのに、なんで「障害者の性」ってなるとコメントが止まるんでしょうか?結局、日本って...

性に関する問題って出れば必ずコメントが10とか20とか簡単に出るのに、なんで「障害者の性」ってなるとコメントが止まるんでしょうか?結局、日本って中心とか多数意見などから外れた人には冷たい社会なので、ほとんどの人は障害者みたいな少数派とは関わりあいたくないんでしょうね。自分も障害もちで車椅子乗っている身なのである意味少数派ですけどね。前にも書いたとおり恋愛とか結婚はあきらめましたが、相手が来なければどうしようもないですし。ちなみに友人は同性(男)の方が多いですが異性(女、ただし全員既婚)も少しいますので、生活態度等はそんなに悪くないかなと思ってますし、お金もそんなに持ってませんので金目当てではないと思いますが。

あと、私は医者ではないので詳しくは分かりませんが、脊髄とか頸椎を損傷してしまうと人によってはEDになってしまいセックスから遠ざかる、すなわちここで書いている聖人君子にならざるを得ない人だって多数いると思いますが。

つづきを読む

違反報告

すべてのコメントを読む

障害者の性の自立を目指すNPO法人理事長 熊篠慶彦さん

最新記事