ケアノート
医療・健康・介護のコラム
[砂川啓介さん]妻・大山のぶ代さん認知症…公表し現状受け入れる
アニメ「ドラえもん」の声を26年間担当した女優の大山のぶ代さん(81)は現在、認知症と闘っています。夫で俳優の砂川啓介さん(78)は、悩んだ末にラジオ番組で大山さんの病状を明かしました。「公表したことで、現状を素直に受け入れられるようになりました。彼女も以前より明るくなったようです」と話します。
疑わしい点
妻が認知症と診断されたのは2012年秋のことです。ただ、それ以前から疑わしい点はありました。
台所で鍋を火にかけ、焦げ付かせてしまう。冷蔵庫は開けっぱなし、電気もつけっぱなしにする。玄関を解錠する暗証番号も忘れるため、外出できなくなりました。
ただ当時は、脳梗塞の後遺症だろうと思っていました。しばらくすれば良くなるだろうと考えていたんです。
脳梗塞で入院
大山さんは08年4月、脳梗塞を発症し、緊急入院した。体のまひなど身体的な後遺症はみられなかったが、文字の認識や計算、記憶などに障害が残った。
回復を期待していたのですが、少しずつ様子がおかしくなっていきました。一日中ボーッとしていることが増え、1、2分前のことも覚えていない。カレンダーを見せても、今日が何月何日か分からないのです。
脳梗塞で倒れる前、家のことはほとんど彼女が担っていました。でも、退院後は何もできない。料理などは僕が引き受けました。新しい仕事は入れず、できる限り彼女と家にいるようにしました。
思うようにいかないことに彼女もイライラしていたのだと思います。かんしゃくを起こし、街中で突然どなり声を上げることもありました。
アルツハイマー型
大山さんは専門医の検査を受けた。結果は「アルツハイマー型認知症」。脳内に異常なたんぱく質がたまり、神経細胞が壊れていく病気だ。記憶障害や判断力低下に加え、味覚や嗅覚が鈍感になることも多い。治療薬はあるが、完治は非常に難しいとされる。
料理研究家としての顔もあった彼女が、味が分からなくなりました。同じ料理を口にしても、「おいしい」と喜んだ翌日には「まずい」と言って残すことも。
そんな姿をどうしても受け入れられず、つい大声でしかってしまう。そんな自分が嫌になりました。
彼女が認知症だと知っているのは、28年間付き合ってきた女性マネジャーと、20年近く自宅に来てくれる家政婦さんぐらい。彼女のイメージを崩したくないと考え、友人たちにも知らせず、疎遠になる人も増えました。近況を聞かれてもあいまいな返事でごまかすだけ。「また、うそをついてしまった」と、さらに自分を責めました。
このままではいけない。そう考え、思い切って公表しようと決めたのです。
表情が柔和に
砂川さんは、今年5月に出演したラジオ番組で、大山さんの現状を明かした。大きな反響があり、友人、知人を始め、認知症を患う人の家族からも励ましの声が寄せられたという。
公表して本当に良かった。彼女の今の姿を改めて認識でき、吹っ切れました。以前の彼女を想像するから腹も立つ。新しい娘が出来たんだ、と思うようにしています。もちろん「子ども」扱いはしませんが、良いところはどんどん褒める。そうすることで、彼女の表情は柔和になり、血色も良くなってきました。
彼女は毎日昼頃に起き、僕の作ったブランチを食べます。「おーい」と呼ぶと、3階の寝室から1階に下りてくる。食べ終わると寝室に戻り、夕方まで寝て、それから夕食。そんな毎日です。テレビを見ることもありますが、どこまで理解できているのやら。
通院や入浴は、女性マネジャーが手伝ってくれます。家政婦さんが来る時には、僕はなるべく外出し、気分転換するようにしています。年1回、大好きな歌を披露するライブを開催するのが、今の僕の楽しみの一つですね。
公表後の環境の変化は、彼女にも良い影響を与えているようです。
6月に僕が出したCDには、彼女もナレーターとして参加してくれました。7月には、舞台で声の出演をするための収録をしました。もう彼女が仕事をするのは無理だと思っていたので、驚きました。できるなら、これからも仕事をしてもらいたいと思っています。
とはいえ、それは周囲の理解や協力があってこそ。認知症の家族を一人で抱え込むのは負担が大きすぎると実感しています。家族が認知症になったら、ぜひ周りの人に知らせ、可能な範囲で手助けを頼んでみてください。愚痴を聞いてもらうだけでも、気持ちがずっと楽になりますから。(聞き手・田中左千夫)
さがわ・けいすけ 1937年、東京生まれ。高校在学中から映画に出演。NHK「おかあさんといっしょ」の初代「体操のおにいさん」として人気を集める。舞台での共演がきっかけで、64年に大山のぶ代さんと結婚。俳優、タレントのほか、ライブ活動にも取り組む。6月にCD「気ままな風に吹かれて いい歌を残したい」をリリース。
◎取材を終えて 記者も大山さんの声によるドラえもんを見て育った世代。認知症になったと知った時は、少なからずショックを受けた。しかし、今の砂川さんに悲壮感は感じられない。「さらに症状が進むことを前提に、彼女をありのままに受け入れる。そう決めたんです」と言い切る。家族や親族の誰もが、認知症を患うかもしれない。そんな時にどう向き合うべきか、砂川さんの姿勢から学ぶことができたように思った。
【関連記事】