【追悼】報道番組キャスター 黒木奈々さん
一病息災
[報道番組キャスター 黒木奈々さん]胃がん(2)苦労重ね「メイン」に抜てき
フランス留学から2004年夏の終わりに帰国。夢だったアナウンサーの採用試験を受けるために、留年した。
「在京キー局から大阪などの準キー局、地方局と全国行脚しましたが、落ち続けました。自分の行く道を否定されたようでした」。初めての挫折だった。
不採用になった大阪の放送局から、報道記者職の受験を勧められた。その試験に合格。06年4月から報道記者として働き出したが、焦りも感じていた。翌年2月に退社した。
「この仕事が嫌いだったわけではありませんが、本当にやりたいのはアナウンサー。今しかないと思い、24歳で決断しました」
上京後、心配した前の会社の先輩が系列でもあるニュース専門チャンネルでキャスターを募集していると教えてくれた。採用になり、3年間を過ごした。
NHKBSが国際ニュース拡大のため、新番組のキャスター募集を始めた。夜の番組のサブキャスターになった。メインキャスターになる夢を秘めながら、さらに3年が過ぎた。
昨年4月、英語とフランス語が堪能な国際派として、改編された報道番組のメインキャスターに抜てきされた。「フリーになって7年、頑張ってきて本当によかった、と泣きました」
だが、この間の懸命な苦労が、健康を激しくむしばんでいた。
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報道番組キャスター 黒木 奈々(くろき なな)さん 32
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