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障害者の性の自立を目指すNPO法人理事長 熊篠慶彦さん

編集長インタビュー

熊篠慶彦さん(2)きれいごとでごまかさず、取り組む…NPO法人設立

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障害者の性の自立を目指すNPO法人理事長 熊篠慶彦さん

自身の活動について語る熊篠さん

 20歳の時に初体験を済ませ、急に世界が開けてきた熊篠さん。写真の現像、プリントをするDPEショップでアルバイトを始めて軍資金をため、数か月に1回、女性と楽しんだ。

「これまでの反動と言えば反動だろうし、軟禁を解かれた感じですよ。座敷ろうから出られた感じ」

しかし、性への好奇心を積極的に満たしていったこの日々でまた、身体障害がある故の「壁」を感じることになる。初対面の相手には、障害者と知られるだけで誘いを断られることが多かった。お金を持っていることを示すため、まず、高級シティーホテルの部屋を取ったことをにおわせると、とたんに相手の態度は変わった。応じるようになった。

 「世の中の現実みたいなものは思い知らされましたよね。露骨ですからね。こっちも頭を使わないと」

 物理的な問題はさらに大きかった。高級シティーホテルならバリアフリー化も進み、何か不具合があれば、フロントに連絡して対応してもらえる安心感がある。だが、高い。ラブホテルならば、休憩利用であれば1万円もかからないのに、車いすで利用できるところは、郊外のごく一部だけだった。

 「体が普通なら、安い料金のラブホテルをどこでも気軽に使えるのに、車で移動しなくてはならないから、駐車場があって、段差がないところに限られるわけですよ。そんなラブホテルは、郊外の高速道路のインター脇ぐらいにしかないし、結局、高いけれども、当初はシティーホテルに頼ることになったんです」

 それでも、経験を積むうちに、身体障害者の立場でホテルをフィールドワークする心の余裕が生まれてきた。階段、段差、車いすが自由に動けるスペース、トイレは、車いす利用の障害者にとっては要チェックのポイントだ。高額なシティーホテルからラブホテルへの利用が増え、駐車場は車いすに移りやすいスペースがあるか、部屋に段差がないか、車いすからトイレの便座に移るための手すりがあるかなど、チェックして記録するようになっていった。

 

 1999年頃は、インターネットの黎明れいめい期。入院中に希少なパソコンをいじらせてくれた臨床検査技師のおかげで、パソコンやインターネットを早くから利用していた熊篠さんは、早速、身体障害があっても使いやすいラブホテルを検索した。しかし、そんな情報は全く、ヒットしなかった。

「当時、『世界とつながる』とか『ない情報はない』なんてインターネットは言われていましたけれど、車いすで入れるラブホテルなんて検索しても、僕の欲しい情報は出てこないわけですよ。じゃあ、自分がウェブサイトを作るかってなったわけです」

 これも、ほかの障害者のため、公益のためなどとは思わなかったという。

 「僕が欲しい情報だということは、きっと誰かが欲しがっているでしょう。少なくとも車いすで入ることのできるラブホテルの情報サイトなんて作ったのは、僕が初めて。ここが拠点のようになって、ほかの障害者からも、色々な情報が集まればいいなと思ったんです。自分が新規開拓しなくても、ほかの人から情報が集まれば、僕も便利じゃないですか」

 1999年10月頃から作業を始め、翌年1月にバリアフリーのラブホテルなどを紹介するサイト「熊篠邸の地下室」を開設。自分の持っているラブホテル情報を掲載すると、アクセス数がどんどん増えていった。障害者の性について、気軽に情報交換できる掲示板、リンク集も同時に作った。

 「結局、ほとんど情報は集まらなかったけれど、皆こういう情報を欲しがっていたんだという手応えは感じました。検索ワードを逆探知すると、『ラブホテル、車いす』とか『ラブホテル、バリアフリー』とかで検索しているようなんですよ。現在、もう10年ほど更新していないのですが、今でも毎日50~100件ほどのアクセスがあります」

 開設以来、約22万ものアクセスがあったこのサイトを開設し、熊篠さんはこれまでつながれなかったような様々な人とつながり、一人で悩んできた障害者の声に数多く触れることになった。

 脊椎腫瘍で車いす生活を送る女性は、「セックスで怖かったのは失禁しちゃったらどうしよう、ってこと。でも、不思議なことにセックスをしまくって、排せつ障害が治ってしまったようなんです。(中略)障害者って神聖なものだっていう、はた迷惑なイメージがあるせいか、障害者のセックスについてのページってなかなかない。ここは私の探していたものにピッタリ!」というメールを送ってくれた。知的障害の弟を持つ男性は、「弟にも性欲はあるのでしょうか?」と問いかけてきてくれた。

 障害者施設の職員は、「男女は別々の寮で生活しているのですが、どうしても夏の夜などお互いの寮に行って、くっついてしまいます。妊娠してしまうケースもままあります。(中略)複雑な気持ちですが、したいことを全部してこの施設を卒業してください。私はそう思っています。陰ながら応援しています」と書いてきた。熊篠さんは、もう一歩踏み込んでほしいと、「障害者が安全にセックスできる方法や避妊方法の基本的指導をするところまでいってもらえたら」と返信した。

 介護福祉士の学校に通う女性は、この問題に関心を持ったことを知らせてくれた。現役風俗嬢からは、「みんな同じ、友達よね」と応援メールが届いた。

 ビジネスの話も持ち込まれるようになった。障害者が女性との接し方を自然に学べるようなデートサービスや、若い女性とお酒が飲める出張キャバクラのサービスなど、様々なアイデアを業者と共に実現させた。女性スタッフには障害者との接し方の講習をした。

 活動が広がると、一個人の趣味の活動では追いつかなくなり、2004年7月、障害者の性の自立を目指すNPO法人「ノアール」を設立した。ノアールは、フランス語で「暗黒」や「夜」、「裏世界」を意味する。表で取りあげられることすらない障害者の性の問題に、きれいごとでごまかさずに取り組むという思いを込めた。「地下室」を作ったのは30歳の時、「ノアール」を作ったのは35歳の時。5年で熊篠さん自身の障害も進み、神経痛も強くなり、手も動きづらくなっていた。自身の体がもっと動かなくなった時のために、早く社会の支援体制を整えたいという焦りもあった。

写真1

 主な活動は、身体障害でマスターベーションができない人のための自助具作り、やはり身体障害でセックスに困難を抱えている人の相談・具体的な性的支援のほか、障害者の性に関する啓発イベントの開催などだ。自助具については、作業療法士のスタッフや企業も加わり、これまで自慰用のアダルトグッズを固定するためのベルト(写真1)や、孫の手の先にローターをつけて、性器に届くようにした「孫の手ローター」などを作ってきた。介護系、福祉系、医療系の学生たちの論文作成への協力やマスコミへの取材協力も、社会の理解を広げるため、積極的に行ってきた。

 NPO法人の定款に書いた目的は、

 この法人は、障害者に対して、性に関する諸問題を中心に、さまざまな情報の普及啓発事業・自由に自己選択し、自己決定することを応援し、その実現を支援する事業・社会一般の人達の理解・協力を得るための情報発信事業を行うことにより、障害者が真に公平な社会参加を実現し、生きる勇気や希望に満ちた真に幸福な生活を確立することに寄与することを目的とする。

 強調したのは、障害者の性の自立だ。生活をするのに、誰かの助けが必要な身体障害者は、性的な欲求があっても、介助者には伝えづらく、一人で悶々もんもんと悩むことが多い。支援する人や団体が現れても、その人の都合や思想に左右される。そんな現状を何とか打開したかった。

 マスコミで取材を受けると、射精介助をしている有名な団体とセットで紹介されることがある。その団体が掲げる「射精介助の定義」を読んで、熊篠さんは自身が目指すものとまったく違うと感じたという。

 「自力で射精ができない身体障害者に対して、介護用の手袋をはめたスタッフが、性の自立と尊厳を保護し、定期的に射精(介助)を行うことで、性機能の健康(維持)管理ができると書いてある。だけど、いつどのような方法で射精をするか、性の5W1Hを当事者・利用者が決めるのが、性の自立じゃないですか。『性の自立』と『性機能の健康管理』は同時に成り立たない。自立を守ろうとすれば管理はできないし、管理しようとすれば自立は守れない。つまり定義が成立しない。間隔が何日おきだろうが、したい時がしたい時だし、それは個々によってばらばらですよ。そして、その方法も、人に管理されるものじゃない。管理される側に、5W1Hの選択権と自己決定権はないんです」

 「そこでは、サービスを受けている間は、AVやアダルトグッズを使うのも禁じられている。そういう要望も、個々の選択と自己決定の範囲でしょう? 例えば、入院中の食事にはこちらには選択権がない。肉が食べたくても、魚が出てきたら食べるしかないわけです。風呂も好きな時間にはいれないし、夜9時になったら強制的に電気が消される。それはこちら側が管理されているからですよ。でも自立ってそういうことじゃない。夜中の2時に焼き肉を食べたかったら、他人に迷惑をかけない範囲で、食べられるのが自立でしょう? 僕個人が望むのは、そういうことです」

 「ほかの当事者が、『本当は肉が食べたいけれど、魚だけでも食べられるだけマシ』と満足、納得するならそれでもいい。でも、僕から見れば、それは飼いならし。管理されたければ管理されればいいし、そういうサービスがあることを否定はしない。ただ、健康管理をうたっておきながら、それが性機能の健康にどれほど寄与するのかは不明です。利用したければすればいいと思いますが、性機能の健康は維持できていますか?と利用者に尋ねてやりたいですね。それに何より、何の根拠もない言説を精査、検証せずに妄信している医療、介護系の専門職には、僕は生命も身体も預けたくない」

 ノアールでは、「性的支援」については、まず作業療法士など専門職のスタッフが行き、マスターベーションやセックスをする上で、どのような困難があるのか、身体の障害の状況を具体的に見極める調査をする。そのうえで、どのような支援をすれば、どのような道具を使えば、本人の希望に近づけられるのか、かなえられるのか、個別に対応していく。

 「性的支援というと、セックスボランティアの印象が強くて、セックスの相手になったり、ペニスを触ったりっていうことに一足飛びに考えがちなんですが、普通、『僕は足に障害があります』と言われて、支援者がいきなり『おんぶしましょうか』って言わないじゃないですか? その人が持つ機能を評価し、リハビリをし、適切なつえや車いすが提供されるのが通常で、おんぶなんて緊急時の最終手段です。中間がごっそり抜け落ちて、勘違いしている。物理的にできないことだけ何とかしてくれと言っているだけです。AVが見たいと言う時も、デッキにDVDを出し入れすること、リモコンの操作をすることを求めているだけで、誰もあなたと一緒に見たいと言っているわけではない。僕がこの動きができないと言ったら、その動きだけを補佐してくれればいいんですよ」

 障害者の性の自立にこだわり、「支援」をうたう団体や専門家とも時には闘う熊篠さんの覚悟が伝わる映像が、ノアールのウェブサイト上にあるリンクから閲覧できる。2012年8月に、島根県で開かれた「アジア・オセアニア性科学学会」で発表された映像だ。熊篠さんが自身の下半身をモザイクなしでさらし、マスターベーションする姿を見せながら、手が不自由な身体障害を持つ当事者がどのような困難を抱え、どのような介助が必要で、自助具をどのように使うのか、想定しながら実践して見せている。

 動画投稿サイト「YouTube」で、この映像を公開したところ、管理者から「性器が映っているため、削除する」という連絡が来た。熊篠さんは「国際学会で流した学術動画です。それを消すというのか」と猛抗議した。結局、年齢制限をつける形で公開が認められ、現在も公開されている。

 「障害者の性」をテーマにしたアダルトビデオに、希望者と共に、自ら出演したこともある。風呂に入る時、ベッドに移る時、どのような介助が必要なのかを見せ、自身の足のけいれんなど、障害もありのままに見せた。どんな形であれ、性の喜びを享受する現場から、障害者が排除されたくはないという思いからだ。

 「必然性があれば、いつでもパンツを脱ぎますよ。お行儀のいいことをやってて、何が変わるっていうのか。何も変わらないでしょう?」

(続く)

【略歴】(くましの・よしひこ)  NPO法人ノアール(http://www.npo-noir.com/)理事長。出生時より、脳性まひによる四肢けい性まひがある。医療、介護、風俗産業など様々な現場で、身体障害者が性的な活動から排除されている現実に突き当たり、身体障害者のセクシュアリティーに関する支援、啓発、情報発信、イベント、勉強会を行っている。著書に『たった5センチのハードル』(ワニブックス)、玉垣努・神奈川県立保健福祉大教授との共編著に『身体障害者の性活動』(三輪書店)がある。


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編集長インタビュー201505岩永_顔120px

岩永直子(いわなが・なおこ)

1973年、山口県生まれ。1998年読売新聞入社。社会部、医療部を経て、2015年5月からヨミドクター担当(医療部兼務)。同年6月から2017年3月まで編集長。

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