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イグ・ノーベル・ドクター新見正則の日常

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治療行為とドーピングは紙一重

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 今日はドーピングのお話です。

 陸上持久系種目、メダル146個ドーピング疑惑との記事が載りました。

 ドーピングとは、運動能力を向上させるために、薬物などを使う行為です。

ツールドフランス、英雄の転落

 僕はトライアスロンが趣味なので、自転車レースもテレビ観戦します。先日、世界最高峰の自転車レースであるツールドフランスが終了しました。今年も大変に面白いレースでした。21日間にわたって約3500kmを走行する自転車レースです。平坦へいたんなレースもあれば、ピレネーやアルプスなどの山岳地帯を走行するレースもあります。毎日の行程(各ステージ)で優勝者が決まりますが、何と言っても最高の名誉は21日間を通じて、もっとも早く走った選手に与えられる「マイヨジョーヌ」と言われる栄冠です。

 レース中は前日まで最速で走った選手が黄色のマイヨジョーヌを着ています。つまり、最終日終了時にマイヨジョーヌを着る選手が優勝者です。そのツールドフランスで1999年から7連覇した選手がいました。名前をランス・アームストロングといいます。彼は1995年に精巣腫瘍を患い、脳や肺にも転移しており、それを克服しての7連覇だったために、自転車レース界だけでなく、一般社会でも英雄でした。ところが、彼の7連覇の記録は2012年にドーピングによるものと認定され、剥奪はくだつされました。彼自身も2013年のインタビューでドーピングの事実を認めました。

アスリートには心肺機能が大切

 いろいろなドーピングがありますが、わかりやすいものは血液の濃度を濃くすることです。僕たちの体は酸素を消費して動きます。酸素を運ぶのは血液中のヘモグロビンという物質です。日常生活で例えるとトラックです。トラックの台数が血液濃度で、トラックの速度が心臓の拍動数です。たくさん心臓が拍動すれば、つまり平常時の3倍拍動すれば、だいたい3倍の速度で血液が体を回っているといったイメージです。心拍数は鍛えると上げることができます。そして結構高い心拍数を維持することもできます。優秀なアスリートほど、心拍数を急激に上昇させ、そして高い値にキープできます。ところが平凡な僕などは心拍数を非常に高い位置にはキープできません。ましてや疲れているとき、体調が悪いときは、心拍数はなかなか上がらず、また運動終了後もなかなか下がらないのです。心臓の機能、そして酸素を取り入れる肺の機能、つまり心肺機能がアスリートにとっては大切とわかります。

血液濃度をいかに濃くするか

 ところが、トップレベルの選手になると、皆同じように鍛えているので、なかなか心肺機能だけでは差がなくなります。そんな時にもうひとつの作戦があります。血液濃度を濃くすればいいのですね。トラックの台数を増やせば、同じ速度でしか走れない状況では、とても有利になります。ですから、貧血の治療薬などを使って血液を濃くするのです。これがわかりやすいドーピングの一例です。そんな不正を防止するために、アンチドーピング機構は、血液中の薬物を監視します。通常は尿検査をします。

 トライアスロンでトップアスリートの方と話をすると、上位に入った時は、競技終了後に、検査係の人の目の前でパンツを下げて、尿を採取するそうです。また、最近は競技終了後には体には薬物が残らないように競技前にドーピングをします。ですから、上位選手は抜き打ちでドーピング検査が行われるそうです。つまり、毎日何処どこでなにをしているかを報告する義務があるそうです。トップアスリートは大変ですね。

健康のためにもフェアでいこう!

 さて、血液を濃くするには標高が高いところでトレーニングをするのもひとつの方法です。酸素が少ない高地で生きるために山岳民族は、血液が濃いのです。そんな環境を利用してトレーニングを行えば、ドーピングに似たことが可能になります。また、自分の血液を保存しておいて、それを自分に輸血すれば血液は濃くなります。ドーピングは、検査方法とのイタチごっことも言われます。

 トップアスリートの方に伺うと、「1位と2位は大違い、メダルと入賞は大違い、入賞とそれ以外もまた大違い」と言います。そうなんですね。ほんのわずかな差の世界での競争ですからね。そうであれば、いろいろな手段を利用して少しでも運動能力を上げたい気持ちはわかります。でもそこにはルールがあります。そしてそのルールは、実は本人の健康を守るためでもありますね。何よりフェアな、公平公正な立場で、争うのがスポーツでしょうが、難しい判断は少なくありません。

 前述のランス・アームストロングは精巣腫瘍の治療薬を使用していたから、ドーピングの検査をすり抜けることができたとも言われています。病気の方がそれを克服して、アスリートの世界で活躍することは素晴らしいことです。でもその一方で、治療行為とドーピングが紙一重という事実も存在します。

 人それぞれが、少しでも幸せになれますように。

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知りたい!_20131107イグ・ノベーベル賞 新見正則さん(1)写真01

新見正則(にいみ まさのり)

 帝京大医学部准教授

 1959年、京都生まれ。85年、慶応義塾大医学部卒業。93年から英国オックスフォード大に留学し、98年から帝京大医学部外科。専門は血管外科、移植免疫学、東洋医学、スポーツ医学など幅広い。2013年9月に、マウスにオペラ「椿姫」を聴かせると移植した心臓が長持ちする研究でイグ・ノーベル賞受賞。主な著書に「死ぬならボケずにガンがいい」 (新潮社)、「患者必読 医者の僕がやっとわかったこと」 (朝日新聞出版社)、「誰でもぴんぴん生きられる―健康のカギを握る『レジリエンス』とは何か?」 (サンマーク出版)、「西洋医がすすめる漢方」 (新潮選書)など。トライアスロンに挑むスポーツマンでもある。

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