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原記者の「医療・福祉のツボ」

コラム

貧困と生活保護(6) 日本の未来を危うくする学生の「四苦」

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 現代の大学生の暮らしに、どんなイメージをお持ちでしょうか。ろくに勉強もしないで、バイトで稼ぎながら遊び回っている? 年配の人の中には、まだそういう見方をされている方もいるようですが、間違っていると思います。

 最近の大学生は、全体的な傾向として、まじめでおとなしい、というのが筆者の印象です。学力水準は別として、授業にもよく出席します。

 そして、少なくない割合の学生とその親は「四つの苦しみ」を背負っています。高い「学費」、借金になる「奨学金」、きつい「バイト」、しんどい「就活」です。


べらぼうに高くなった学費

 大学の学費は、1970年代後半から2000年代初めにかけて、ものすごいペースで上がりました。国立大では「受益者負担」「私学との格差の縮小」が値上げの理由とされました。文部科学省の資料から、大学への納付金の額(円)の推移を、おおむね5年刻みで示します。

国立大学私立大学(平均)
年度授業料入学料授業料入学料施設整備費
197536,00050,000182,67795,584資料なし
1980180,00080,000355,156190,113
1985252,000120,000475,325235,769
1990339,600206,000615,486266,603
1995447,600260,000728,365282,574
2000478,800277,000789,659290,691203,150
2005535,800282,000830,583280,033195,340
2010535,800282,000858,265268,924188,477
2013535,800282,000860,072264,390188,063

 国立大は1980年度に授業料と入学料を合わせて26万円だったのが、今は81万円台です。私立大では、授業料・入学料のほかに施設設備費を徴収されることも多く、2013年度の合計額の平均は、文科系114万円台、理科系149万円台、医歯系466万円台となっています。

 国立大を含めて、これだけの金額を容易に払えるのは、一部の裕福な家庭だけでしょう。複数の大学を受験すると、入学検定料もばかになりません。

 さらに学生生活には、大学へ納める学費だけでなく、通学費、教科書代、スマホ代、食費、サークル活動費などがかかり、自宅外(下宿生)なら住宅費、食費、光熱費がかさみます。全国大学生協連合会の2014年の学生生活実態調査では、1か月に使った生活費の平均額は自宅生で4万1650円、下宿生で10万4650円となっています。

 子どもが1人ならまだしも、2人、3人となると、家計への圧迫は巨大です。親が負担するなら貯蓄はみるみる減ってゆき、老後の貧困にもつながりかねません。

 労働者の平均年収は90年代半ばをピークにダウンしており、親から学生への小遣いや仕送りの額は、大学生協連の調査でも、減少傾向が続いています。


奨学金という名の借金を抱える

 学費や生活費を親だけに頼れない学生が、お金を工面する手段は、奨学金かアルバイトです。奨学金の主力は、日本学生支援機構の奨学金で、大学の学部学生の4割近くが利用しています。

 この奨学金は、無利子の1種と、卒業後は低利ながら有利子になる2種に分かれています。1999年度から2013年度まで、奨学金の利用者はどんどん増えたのですが、かつて中心だった1種の貸与人数はおおむね横ばいで、急速に増えたのは2種です。2014年度の実績では1種が46万人余り、2種が87万人余り、同年度の貸与総額は合計1兆円余りとなっています(大学院、高専、専修学校を含む)。参照:日本学生支援機構IR資料

 1種も2種も給付ではなく、貸し付け。つまりは学生本人の借金です。教員になると返還免除される制度は1997年度入学を最後になくなり、返還免除は優秀な業績を挙げた1種の大学院生だけ。このため、奨学金を借りた学生は、卒業時に何百万円もの借金を抱え、分割返済していくことになります(死亡、重い障害のときは返還免除)。

 大学を卒業しても安定した職につけない若者が少なくない中で、学生支援機構は財務省などの要請を受け、2009年秋から回収を大幅に強化しました。返還が滞ると債権回収会社に督促を委託する、連帯保証人の親や保証人になった親類に連絡する、3か月続くと信用情報機関のブラックリストに登録する、それでも滞ると簡裁に「支払督促」を申し立てる――といった方法です。

 厳しすぎるという声を受けて、▽経済的に苦しいときの減額返還制度の導入(2011年1月)▽1種の奨学生の一部に、一定の収入を得るまで返還を無期限で猶予する方式を新設する(2012年度)▽延滞金の利率を10%から5%に下げる(2014年度)▽所得が少ないときに延滞金がつかずに返還が猶予される制度の適用基準を緩め、延滞者にも適用を認める、その最大期間を5年から10年に延長する(同)――といった改善が行われました。しかし借金自体が減るわけではありません。

 なお、1種の無利子貸与金の財源は、国の一般会計からの借り入れと卒業生の返還金でまかなわれます。一方、2種の有利子貸与金は、在学中の利子が一般会計から出るのを除いて、国債発行を通じた国からの財政融資、学生支援機構自身による金融機関からの借り入れや債券の発行、卒業生の返還金で資金調達されています。無利子貸与の国の予算枠が抑え込まれている中で、2種の奨学金事業は、金融機関などから見ると、低利ながらリスクのほとんどない大規模な投資先になっています。学生支援機構としては、しっかり回収して返さないと、まずいわけです。


横行するブラックバイト

 学費の高額化と親の収入減によって、遊びや旅行の費用をためる以前に、学費や生活費を調達するためにアルバイトする学生が増えました。

 そのバイトがまた問題です。店の都合で勤務予定を入れられる、長時間の労働、試験前でも休めないなど、学業に支障の出るケースがあります。不払い残業、罰金の天引き、過大なノルマ、商品の自腹買い取り、パワハラなども珍しくありません。研究者とNPO法人による2014年の調査では、バイトしている学生の29%が、学業への影響の大きい週20時間以上の労働をしており、67%が何らかの不当な扱いを経験していました(学生アルバイト全国調査結果)。

 それでもバイトを辞めると生活に困るから、簡単に辞められない。コンビニや飲食店ではバイトに管理的な仕事までさせているケースが増えており、学習塾も個別指導が多くなったので、学生が責任感から辞められないこともあります。

 一方で、奨学金の返還もあるから、しっかりした所へ就職しないといけない。就職状況が改善したとはいえ、失敗すると、名の通った大学を出ても非正規やブラック企業で働くことになりかねません。就活をする時期はバイトができず、交通費やスーツ代もかかる。就職に有利な資格を取るにも費用がかかる。だからお金をためておかないといけない。でもバイトに追われていたら勉強ができない――というジレンマに学生は苦しむわけです。

 雇う側からすると、学生アルバイトは、社会保険料の事業主負担がない、能力が比較的高い、ずっと雇う必要がない、といった面で便利な存在なのでしょうが、立場の弱さや経験不足につけ込むとしたら大きな問題です。最近は、アルバイト学生らによる労働組合がいくつかの地域に生まれ、厚生労働省や文部科学省も、対策に乗り出しています。


高等教育への公的支出が少ない日本

 ネコもしゃくしも大学に行きすぎ、と言う人もいるかもしれません。でも、昔と違って高卒の就職先は限られており、将来的な収入も低くなりがちです。

 18歳人口に対する入学者数で見た日本の高等教育進学率(短大・高専・専門学校を含む)は2014年度で80%。このうち4年制大学進学率は51.5%ですが、先進国・中進国が加盟するOECD(経済協力開発機構)の平均は2011年のデータで60%。日本は低い方なのです。

 都道府県別に見た4年生大学への現役進学率(2013年度)は、東京62%、京都59%、神奈川56%に対し、鹿児島29%、鳥取33%、北海道・青森・岩手・宮崎・沖縄が34%と大きな地域差があります。下宿するときの経済的負担も影響しているでしょう。

 親の年収が少ないほど、4年制大学への進学率が低いという調査結果もあります。
(以上については、平成25年度版文部科学白書 第5章など参照)

 能力があっても経済的理由で進学できない、勉学が十分できない、中退せざるをえない、大学院へ進めないといった状況は、何をもたらすでしょうか。格差の拡大だけではありません。

 学生や院生は、社会の将来を担う中核です。日本が産業・経済を維持していくカギは、技術革新、アイデア、品質、デザイン、知的財産などを生む人材でしょう。複雑化した社会の運営にも能力の高い人材が必要です。高等教育や研究にしっかり投資しないようでは、先行きが心配です。

 OECDの統計(2011年)によると、日本は、教育への公的支出のGDP(国内総生産)比が加盟国の中で最下位。公的支出に占める教育費の割合、高等教育費の割合は、ともにイタリアに次いで下から2番目。教育に政府のお金があまり投入されておらず、家計の負担が大きいのです(OECD:Education at a Grance2014

 文科省は、学生や親の経済的負担の軽減を求めてきました。政府は民主党政権だった2012年9月、高校・大学までの教育の漸進的な無償化を定めた国際人権A規約(13条2項b、c)の留保を撤回しました。無償化を目指すことを国際的に約束したわけです。

 ところが財務省は、財政支出の削減を主張しています。今年5月には「国立大の学生は富裕家庭の子どもがわりあい多い」として、授業料を私立大に近い水準に上げることを財政制度等審議会で提案しました。値上げしたら、経済的に苦しい家庭の子どもはよけいに入れなくなります。

 高等教育は、個々の学生の利益だけではなく、社会を支えるために必要なもの。そういう公的な役割を重視して、学費の軽減、給付型奨学金の導入を進めるべきではないでしょうか。

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原昌平20140903_300

原昌平(はら・しょうへい)

読売新聞大阪本社編集委員。
1982年、京都大学理学部卒、読売新聞大阪本社に入社。京都支局、社会部、 科学部デスクを経て2010年から編集委員。1996年以降、医療と社会保障を中心に取材。精神保健福祉士。社会福祉学修士。大阪府立大学大学院客員研究員。大阪に生まれ、ずっと関西に住んでいる。好きなものは山歩き、温泉、料理、SFなど。編集した本に「大事典 これでわかる!医療のしくみ」(中公新書ラクレ)など。

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