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虹色百話~性的マイノリティーへの招待

コラム

第5話 性は3つの組み合わせ

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性分化や性自認、自然界はけっこうあいまい

 今回はタイトルにも掲げてある「性的マイノリティー」の捉え方について、「3つの性」という考え方をご紹介してみましょう。3つとは、「体の性」「心の性」「好きになる性」です。

 体の性(身体的性、sex)には女と男があるとされます。出生時に性器の形状などで判別でき、第二次性徴を通じてそれぞれの性の肉体へと変化していきます。しかし、男女両方の特徴をもつ、あるいは男女どちらかに分化しきっていない人も一定の割合で誕生します。自然界の生物のことを考えてみれば、雌雄が同体だったり、性分化があいまいな存在は決して少なくありません。

 男女の典型的な体の人に対して、そうでないマイノリティー側の人を、インターセックス(半陰陽)と呼んでいます。性分化疾患という言葉も使われます。インターセックスの状態は、染色体やホルモン、性腺などさまざまなレベルでの形成上の過程に由来します。

 心の性(性自認、gender identity)は、自分の性別を自分でどう捉えるかの視点です。多くの人は、女(男)の体をもっていれば、自分を女(男)と捉え、そのことに疑いをもちません。社会に流布している体の性に応じた性役割に、とりたてて違和感なく「なじめて」いるわけです。

 しかし、体の性に対して心のなかで違和感をもち、自分は本当は体の性とは違う性別なのではないかと感じる人もいます。体の性と心の性が一致しない人をトランスジェンダーといい(transは「反対側」「越えて」「変えて」を意味するラテン語の接頭辞)、それに対して一致しているマジョリティー側を、「同じ側」を意味する接頭辞シス(cis)をつけてシスジェンダーと呼んでいます。

 シスジェンダーという言葉が日本でも移入され、聞かれるようになったのは、ここ数年の印象があります。トランスジェンダーの人たちが「特殊」なんじゃない、たまたま自分たちは違和感を感じなかっただけ、とマジョリティー側が自身を相対化する視点がうかがえます。

 性同一性障害という言葉がトランスジェンダーの日本語訳と思っているかたもいるかもしれませんが、性同一性障害とトランスジェンダーは必ずしも重なる概念ではありません。これについては後日、あらためてご紹介したいと思います。

当事者たちがつくりだした性的指向という訳語

 最後は好きになる性(性的指向、sexual orientation)。性愛的な感情が自認する性と同性に向かうのか、異性に向かうのかをいう視点です。異性へ向かうヘテロセクシュアル(heterosexual、異性愛)に対し、同性へ向かうマイノリティー側をホモセクシュアル(homosexual、同性愛)と呼んでいます。多くの当事者は呼称として、男性の場合はゲイ(gay)、女性の場合はレズビアン(lesbian)を使用しています。

 性的指向上のマイノリティーにはほかにも、性愛的な感情が同性・異性の双方へ向かうバイセクシュアル(bisexual、両性愛)や、逆に他者へ対して性愛的な感情を抱かないアセクシュアル(asexual)の人もいます。

 なお、sexual orientationに性的指向の日本語をあてたのは、学者でも研究機関でもなく、1990年代に「府中青年の家裁判」を提起したアカーという当事者団体です(現、特定非営利活動法人動くゲイとレズビアンの会)。同性愛は個人の趣味や嗜好しこうと言われていた時代に(現在でもその誤解は遍在していますが)、「気づいたら、自分は同性に意識が向いていた」「選んだわけじゃない」というorientationがもつニュアンスを出すために、嗜好でも志向でもない「指向」が選択されました。その点を取材に来た記者にさんざん説明したにもかかわらず、デスクや校閲で「性的嗜好」や「性的志向」に直されて紙面に出て悔しい思いをしたことも、数かぎりないといいます。


広辞苑第5版(1998年、左)と第6版(2008年)。青年の家裁判の高裁判決・確定(1997年)の約10年後、広辞苑にも性的指向が採録されました

 人の性のありよう(セクシュアリティー)は、この3つの性の組み合わせで考えれば理解しやすいでしょう。たとえば、私個人は身体的性は男性で、性自認も男性として違和感はありませんが、性的指向は、自認する性とおなじ性(男性)へ向かいます。私の場合、物心ついたときからつねにそうでした(それを自分にとっての自然として受け入れることには時間はかかりましたが――とくに性的指向)。

 しかし、人によっては、性自認や性的指向が揺れ動くこともあるようです。また、身体的性も、染色体を調べたらじつは女(男)だった、などの話も聞くことがあり、そうスッパリ二分できるものではないかもしれません。3つの性はつねにグラデーションであり、その組み合わせは無数、まさに「人の数だけセクシュアリティーはある」が“正解”なのでしょう。

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永易写真400

永易至文(ながやす・しぶん)

1966年、愛媛県生まれ。東京大学文学部(中国文学科)卒。人文・教育書系の出版社を経て2001年からフリーランス。ゲイコミュニティーの活動に参加する一方、ライターとしてゲイの老後やHIV陽性者の問題をテーマとする。2013年、行政書士の資格を取得、性的マイノリティサポートに強い東中野さくら行政書士事務所を開設。同年、特定非営利活動法人パープル・ハンズ設立、事務局長就任。著書に『ふたりで安心して最後まで暮らすための本』『にじ色ライフプランニング入門』『同性パートナー生活読本』など。

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1件 のコメント

複雑に絡む性

カイカタ

そういえば、アメリカの元オリンピック男子選手で金メダリストのジェナーが、トランスであるとカミングアウトしましたが、彼女の性的指向は、女性であると...

そういえば、アメリカの元オリンピック男子選手で金メダリストのジェナーが、トランスであるとカミングアウトしましたが、彼女の性的指向は、女性であるとのことです。なので、世間的には、今までマッチョな男性と思われたのが、実はレズビアンの女性であったということでしょうか。

私はややGよりのBですが、男性に対してと女性に対してはちょっと惹かれ方が違います。

男性に対しては、男同士ということで気兼ねなく、また、やや下品でどぎつい交流を求めてしまいますが、女性に対してはやんわりと時間をかけ、上品な付き合いをして、徐々に関係を深めていく、いわゆる草食系です。女性に対しては女性に合わせるのが丁度いいかと思います。もちろん、することはします。

また、男だから誰でもでも、女だから誰でもというわけではありません。誰でもそうですが、一定のタイプがありますよね。

結局、男だから女だからと割り切れないということなんじゃないでしょうか。世間やメディアが勝手に定義づけして、個人が迷惑していたということでしょう。

だけど、最近ネットなどメディアが多様化して、少数派でも個々の指向に合わせた生き方を模索することがしやすくなりました。

まだまだ偏見は根強いですが、もう型にとらわれる時代ではないということですね。

ちなみに指向という文字を当てるとは知りませんでした。勉強になりました。選ぶことができないからというのですよね。つまり、分かりやすくいうと左利きのようなものですね。右で書くことはできるけど、左で書く方が自然であると。

かつて左利きは「ぎっちょ」と呼ばれて、左利きの人は必至で直してましたが、今では、「私の彼は左利き」という歌のせいでポジティブに受け止められるようになりましたね。それと同じようになるでしょう。

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