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心療眼科医・若倉雅登のひとりごと

コラム

「心因性」は医学的用語?「キツネが憑いた」と大差なし

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 「先生、悲しいよ。あの雄大な富士山がもう見えないのですよ」

 今、60歳代後半のこの男性は、静岡県で雄大な富士山を借景にする自慢の庭を持つ自営業者でしたが、仕事はもうほとんどできないといいます。

 彼は、25年以上も前に、当時は大学に勤務していた私の外来にやってきました。見ようとするところが白っぽく光ってしまって、どうにも見えにくいという理由です。近所の眼科では、病気ではない、気のせいだろうと言われていました。

 矯正視力(適切なレンズを使った視力)は、両眼とも1.0と数字上は正常範囲です。ですが、本人はくっきり見えていないと訴えます。

 診察しても、眼底を含めて異常なところは見当たりません。

 ここで、多くの医師は心因性視力低下だろうと考えます。心因性とはいっても、特定の心因があって病気を起こしていることを証拠だてることはできるはずはなく、ただ、視機能低下を説明できる病変が見つからない場合、「心因性」として、いわばゴミ箱に整理してしまうのです。

 「心因性」はいかにも立派な医学的用語に見えますが、何らそのメカニズムは語られておらず、昔の人々が言った「キツネがいた」というのと大して変わらない言葉だと私は思っています。

 眼科の視力検査は、ランドルト環と呼ばれるCの字の、開いている方向がわかるかどうかで調べる検査です。Cの字がゆがんでいようが、ぼやけていようが、とにかく開いている方向さえわかれば、パスします。つまり、眼科の視力検査はものの見え方のごく一面を反映しているだけです。

 そこで私は、中心30度以内の視覚感度、色覚、コントラスト感度など、彼の視機能を多面的に検査してみました。すると、一部の検査で異常が検出され、決して「気のせい」ではなく、確かに見え方に問題が出現していることがわかりました。ですが、どこがどう悪いのか皆目見当がつきません。

 私は彼の状態を、当時の医学の検査法、診断法のレベルでは検出できない異常が隠れている視機能低下だと考えて、その後20年以上追跡してきました。その間、だんだん視力低下は進み、ついに冒頭のように富士山も見えなくなっています。

 今もって、眼底検査では正常ですが、この間に進歩したOCTや網膜細胞の神経活動の様子をとらえる電気生理検査でわずかな変化が捉えられ、錐体すいたいジストロフィーという病名をつけるに至りました。しかし、よい治療法はありません。

 似たような経過を示す人を、私はこれまで5人ほどみています。形態は機能を必ずしも反映するわけではないと、眼科医はそろそろ肝に銘じるべきで、やたらと気のせいだとするのはやめにしたいものです。

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201505_第4回「読売医療サロン」_若倉

若倉雅登(わかくら まさと)

井上眼科病院(東京・御茶ノ水)名誉院長
1949年東京生まれ。北里大学医学研究科博士課程修了。グラスゴー大学シニア研究員、北里大学助教授、井上眼科病院副院長を経て、2002年から同病院院長。12年4月から現職。日本神経眼科学会理事長、東京大学医学部非常勤講師、北里大学医学部客員教授などを歴任し、15年4月にNPO法人「目と心の健康相談室」を立ち上げ副理事長に就任。「医者で苦労する人、しない人---心療眼科医が本音で伝える患者学」、「絶望からはじまる患者力」(以上春秋社)、「心療眼科医が教える その目の不調は脳が原因」(集英社)、医療小説「茅花流しの診療所」(青志社)など著書多数。専門は、神経眼科、心療眼科。予約数を制限して1人あたりの診療時間を確保する特別外来を週前半に担当し、週後半には講演・著作活動のほか、NPO法人、患者会などでのボランティア活動に取り組む。

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