文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

ケアノート

コラム

[清水浩司さん]がん告知後出産、結婚493日間で逝った妻

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック
「照れくさいので、面と向かっては『もう十分がんばっているから無理しなくていい』と言えず、ブログに書いて妻に伝えました」(東京都内で)=松田賢一撮影

 フリーライターの清水浩司さん(43)は2010年、妻のむつみさんをがんで亡くしました。38歳でした。

 夫婦だったのは493日間。妻の闘病生活をユーモラスにつづった著書は映画「夫婦フーフー日記」として、現在公開中です。清水さんは「最後まで楽しい人生にしようと、自分たちらしい時間を大切にしました」と話します。

 20歳の頃に知り合った妻とは17年来の友人でしたが、2008年に「見合いをする」と聞かされた時、「何でも話せるのは彼女しかいない」と初めて気づいたのです。結婚を申し込むと、妻は「うれしい」と応えてくれました。

 09年1月、川崎市のマンションで新婚生活が始まった。4月に妊娠が判明、7月には新婚旅行を兼ねて両家で箱根に出かけるなど、順調な結婚生活だった。

 9月4日、体調が良くなくて病院で検査を受けた妻から、震える声で「直腸がんだった」と電話がありました。「何かの間違いだろう」と思いましたが、1週間後の精密検査で「リンパ節にも転移している」と告知されたのです。絶望し、その日はどうやって家に帰ったのか今も思い出せません。

 9月28日、長男が帝王切開で生まれました。1481グラムしかなく、新生児用の集中治療室に入りました。

ブログで病状報告

 

 睦さんは通院しながら放射線治療と抗がん剤治療を続け、11月24日に終了。長男も退院して家族3人の生活が始まった。清水さんと睦さんの母親が上京して長男の世話をし、清水さんは出版社の仕事を続けた。

 12月16日、医師から「一人で病院に来てほしい」と電話があり、駆けつけるとレントゲン写真を見せられ、肺と腹部への転移を告げられたのです。「あ、これはもう助からないわ」と直感しました。転移のことは妻に告げず、治療よりも、どうやって悔いのない最期を迎えさせてあげるかを考えるようになりました。

 病状を友人に報告するためにブログを開設し、ありのままを書いていましたが、この転移のことだけは書けませんでした。妻もそのブログに「宝物授かってしまったので生きる気力は満々」と書き込んだり、「退院したらデミグラスソースの料理を食べたい」と私に話したりと前向きに生きていたので、希望を奪うのは残酷だと思ったのです。

 ブログには、こうした夫婦のやり取りや、「長男がミルクを吐くようになった。いつ自分にぶっかけられるのか、気分はロシアンルーレット」というコミカルな調子の文を書き続けていました。

 入退院を繰り返すようになった妻と、病室に2人でいた時、妻が「死ぬのが怖い」と漏らしたことがありました。励ましたかったのですが、「そうか……」「そうだよなあ」としか言えませんでした。夫婦ではあっても、当事者の妻と同じだけの痛みや恐怖感は抱くことはできないと痛感していたからです。

 それでも、妻の気持ちを和らげようと、新聞をめくりながら事件やプロ野球の話をしたり、友人のうわさ話をしたりと、以前と変わらずに過ごしました。がんと闘病するという状況になっても、結局は夫婦としての日常を繰り返すしかなかったし、私たちにはそれが一番幸せな時間だったのです。

フーフーと闘病

 

 抗がん剤の副作用に苦しむ睦さんは「治療をやめて1か月しか生きられないとしても、元気な体で過ごしたい」と決心。「死ぬならふるさとがいい」と、6月に福島県いわき市の実家に移った。清水さんも休職して付き添ったが、睦さんは7月9日、38歳で力尽きた。

 振り返ると、転がり落ちる坂道の途中で戸惑いつつも、夫婦でフーフー言いながらがんと闘った日々でした。病気と闘う時ほど、夫婦で協力しないといけない場面はありません。493日間でしたが、夫婦として濃厚な時間を送れたように思います。

 ブログは11年4月に書籍化され、プロデューサーの目に留まって映画化されました。考えてもみなかったことですが、妻から「私がここまでやってあげたのだから、後は自分で頑張りなさい」と励まされているような気がします。これからも、一緒にフーフーと闘病した妻との日々や考えたことを、文章や講演で伝えていきたいと思っています。(聞き手・吉田尚大)

 

 しみず・こうじ 1971年、広島県生まれ。出版社勤務などを経て、2011年、妻の闘病をつづったブログを基にした「がんフーフー日記」(小学館)を出版。この本が原作の映画「夫婦フーフー日記」が、5月から新宿ピカデリーなど全国で上映中。現在、広島県で長男(5)を育てながら、フリーライターやラジオのコメンテーターとして活動する。

 

 ◎取材を終えて 記者も、病室で妻に付き添ったことがあるが、気持ちを和らげる言葉は出てこなかった。「病気の前と同じ時間を過ごせばいい」という清水さんの話は新鮮だった。ただ、それは「普段から一緒にいて幸せな夫婦」が前提。日常の会話が「土曜日は仕事」「明日は何時に家を出る?」など味気ないものばかりだと、病室で和やかな時間は作れないだろう。闘病生活も普段の生活の延長線上にある。日頃の会話を大切にしたい。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

kea_117

ケアノートの一覧を見る

最新記事