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ナノマシンでがんの転移・再発を防ぐ

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 1メートルの10億分の1~1億分の1程度の大きさの“機械、”ナノマシンががん治療を大きく変える――。正常な細胞を傷つけず、がん細胞に直接作用する「新薬」としてのナノマシンが、2016年度にも、乳がんや胃がんの治療で実用化される見通しだ。がん治療はどう変わるのか、「深層NEWS」で東京大学大学院工学系研究科教授の片岡一則さんが明らかにした。(構成 読売新聞編集委員 伊藤俊行)

【機械のように働く極小の「薬」】

(図1)深層NEWSより

 ナノマシンはウイルスと同じサイズです。その中に、いっぱい、癌の薬を詰め込んでいる。カプセルのようなものです(図1)。これを点滴で体内の血管に入れていきます。

 1ナノメートルは1メートルの10億分の1です。このナノマシンが、容器の中に、銀河系の星の数の何百万倍も入っていて、一粒、一粒は見えません。インフルエンザウイルスよりもさらに一回り小さいぐらいの大きさです。

 素材は、私たちの体を作っているたんぱく質の原料であるアミノ酸がつながった分子が集まったものです。単なるカプセルではなく、体の中に入って、がん組織に入ると形が変わり、中の薬を放出する働きをするので「マシン」と呼んでいますが、医療機器ではなく、「薬」として、厚生労働省の審査を受けます。将来的には、体の外から光を当ててナノマシンを活性化させ、治療することもできるようになります。

(図2)深層NEWSより

 血管の壁には穴があり、正常な組織は穴が小さいのに対し、がん組織を通る血管は穴が大きい。抗がん剤の大きさは、正常な組織の血管の穴より小さいため、そのまま投与すれば、血管を通してがん組織に入るだけでなく、正常な組織の血管も通り抜けて、正常な組織の細胞に悪さをしてしまいます。ナノマシンを使えば、正常な血管にある穴よりも大きいため、正常な組織には入れない。穴の大きながん細胞だけに入ります(図2)。

 がん細胞の血管の穴が大きくなる理由は、がん細胞は増殖が早く、栄養や酸素が普通の組織よりも余計に必要だからです。栄養や酸素は血管から来るため、がん細胞は積極的に血管を自分のまわりにおびきよせます。いわば突貫工事で作った安普請の血管なので、隙間が大きい。がん細胞自体がいろいろと血管から取り入れようとして、隙間を広げてしまうわけです。

 がん細胞は、いろいろなものを自分自身の中に入れ込もうとする作用が強いので、血管から抜け出たナノマシンを、ナノマシンだと知らずに、のみ込んでしまう。そうすると、がん細胞の中のエンドソームという小さな袋に入っていったナノマシンは、がん細胞の中で破裂します。トロイの木馬のようなイメージです。細胞の袋中は、酸性の度合いが強く、入ってきたものを消化しようとします。人間の胃袋と同じです。ナノマシンはそこに目をつけて、細胞内に入って酸性になると構造が変わり、薬を放出し、がん細胞を壊していくのです。

 がんの種類で、血管の穴の大きさは異なります。例えば膵臓がんという非常に厄介ながんの場合、細胞の隙間が狭い。ナノマシンが大きいと通れませんから、30ナノメーターぐらいにします。「自己組織化」という仕組みを使うと、自動的にナノマシンがある大きさになっていきます。

 逆に、正常な組織で、がん細胞のように血管の穴が大きい場所、例えば、肝臓に対してナノマシンがどんな作用をするかということですが、血管からいろいろなものを取り入れようとするという点では肝細胞とがん細胞は似ています。ただ、がん細胞の貪欲さに比べ、肝細胞がものを取り込むスピードはゆっくりです。がん細胞は入ってきたナノマシンをパクリと食べてしまいますが、肝細胞にナノマシンが入っても、ほとんど出ていってしまう。少しずつ取り込まれた分も、肝臓は解毒臓器ですので、解毒、代謝されますので、毒性は出ません。ですから、ナノマシンが体の中にたまって、あとあと問題になるということは少ないとみています。


【再発、転移がんの治療に効果。総費用の抑制も】

 ナノマシンが実用化されたとき、一番効果を発揮するのは、再発や転移がんに対してだと思っています。

 再発しなければ死亡率は大きく下がるのですが、小さな転移は見つけにくく、転移が見つかったとしても、手術をすればかえって転移が広がることがあります。ナノマシンは体の隅々まで血管を通っていきますから、小さな転移でも血管の穴が広がっていますから、目に見えないようなリンパ節の転移がんにも選択的に入っていって、そこにあるがんをやっつけることが可能になります。

 小さな転移を発見するためには、ナノマシンの中にMRI(磁気共鳴画像)の造影剤を入れます。造影剤の入ったナノマシンががん細胞に集まっていけば、MRIではっきりと転移があったと分かります。ナノマシンを使って一時的に転移をなくせば、手術の選択肢も広がります。

 がん治療の総費用の抑制にも効果が出てきます。

 例えば、シスプラチンという抗がん剤は非常に作用が強く、よく使われますが、腎臓に毒性が出ます。患者は予期せぬ副作用を避け、毒性を緩和するために大量の水をのまなければならないので、入院しなければなりません。これに対し、ナノマシンは簡単に血管に入り、副作用もありません。30分程度で済んでしまいますから、入院も必要ありません。現在のがん治療の大きな問題は、3人に1人が失職してしまうことです。働けなくなることによる労働損失は、年間1兆円を超えると言われています。ナノマシンを使った治療法が普及すれば、職を辞めなくても、普通の社会生活を送りながら通院治療ができるようになります。

 ナノマシン自体は手を掛けて作っていますから、それなりの価値があり、安いとは言えません。ただ、入院しなければ入院費は不要になりますし、副作用を抑制するための薬も要らなくなります。総医療費という意味では、むしろ下げる効果が見込まれるわけです。エコカーを考えてください。エコカー自体は安くないけれども、燃費がいい。だから、トータルの費用は下がります。労働損失がなくなるということも考慮すれば、社会全体としてトータルで見た時に、ナノマシンは一種のエコメディシンだと言えます。


【早ければ2016年度に乳がんなどで実用化。がん治療の総合力を高める】

 ナノマシンが実用化されても、そこにがんがあると分かったら、手術が第一選択肢であることに変わりはありません。しかし、手術することで再発や転移が起きる可能性があるわけですから、ナノマシンを投与して、その可能性をできるだけ下げるというのが、現実的な使い方でしょう。がん治療は総力戦なのです。

 ナノマシンの実用化は、早ければ2016年度にも実現できるかもしれません。現在、新薬としての臨床試験を、乳がん、胃がん、膵臓がんで行っていて、乳がん、膵臓がんは患者さんを対象にした試験も3段階の最終段階に入っています。第1段階が安全性の評価。第2段階が実際の効果を比較的少数の患者さんでみる。第3段階は、既にある薬と比べて効果があるのか、副作用が下がるのかといったことを、数百人の患者さんに使ってもらって統計的にみるというものです。順調に効果が評価されれば、2015年度中に承認申請ということになり、申請から実用化までは、おおむね、半年から1年程度を想定しています。膵臓がんに関する臨床試験はアジアで、肺がんについては米国で行っていますので、世界の先頭を切っていると言っても言い過ぎではないでしょう。


【がん以外への応用】

 がん以外でも、例えば動脈硬化など循環器への適用が考えられます。挑戦的な課題は、頭の中です。脳の血管はバリア性が高く、隙間がありません。今までの方法では通れませんが、ナノマシンの表面に特殊な分子をつけ、脳の血管の細胞につくと、細胞の中に小さな通り道ができ、中に入ることができるといった方法論があります。将来、アルツハイマー病のような中枢系の病気に効く薬を脳内に送り込み、治療ができるかもしれません。

 もちろん、機能を複雑化していくうえでは、安全性のリスクを考えていかなければなりません。素材はたんぱく質と同じ原料なので、かなり安全ですが、そこにいろいろなものを入れていくと、その安全性もきちんと検討していかないといけない。

 ナノマシンで何でもかんでも治すということを目指していくのではなく、この新しい技術を、今あるがんの治療の中に積極的に入れてもらうことで、相対的にがんという病気の怖さを克服していくことが、本当の狙いです。

片岡一則さん
 東京大学大学院工学系研究科教授。専門はバイオマテリアル、高分子材料、薬物・遺伝子デリバリーシステム、再生医療材料設計。1988年にがん細胞をピンポイントで攻撃できる超小型カプセルを作成、2005年には高分子カプセルで治療用の遺伝子を患部に運び、レーザー光で活性化させる、新しい遺伝子治療法を開発した。2010年から12年まで、高分子学会会長。


 「深層プラス」は、BS日テレ「深層NEWS」(月~金曜日22:00~23:00)の放送から、視聴者に好評だったテーマをとり上げ、もう一歩深く解説するコーナーです。yomiDr.に随時掲載していきます。

 
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