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筋ジストロフィーを病みながら、生きる喜びを歌う詩人、岩崎航さん

編集長インタビュー

岩崎航さん(3)「祈りと芸術 魂の奥底から思うこと」

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筋ジストロフィーを病みながら、生きる喜びを歌う詩人、岩崎航さん


 病は様々な苦痛を岩崎さんに与えてきたが、「最も苦しかった」と振り返るのは、20代前半に4年間続いた「吐き気地獄」だった。経管栄養を始め、人工呼吸器を着けた頃から、定期的に激しい吐き気が襲い、何度も入退院を繰り返した。吐き気止めも効かず、苦痛が過ぎ去るまで、背中を丸めてうずくまっていると、母はただずっと息子の背中をさすり続けた。父もまた、仕事から帰って、疲れているはずの夜に、何度も背中をさすってくれた。


 「さすったからといって、実際吐き気が治るわけではないんですけれども、やっぱりなぜか、さすってもらうと本当にちょっとだけ楽になる。最も苦しかった時、そばにいてくれたこと、そばで背中をさすり続けてくれる人がいることは、本当にありがたかったんですね。それまでも家族への感謝、周囲への感謝は抱いていましたが、そこで初めて本当にそういう気持ちになれたんだと思います」


 忘れられない出来事がある。絶え間ない吐き気で、気力も失い、ただ呆然ぼうぜんと過ごしていたある日、岩崎さんは、そばにいた母にぽつりとこう言った。

 「僕にはもう夢も希望もないよ」

 そんな心の底から漏らした言葉に、母が返したのは、こんな一言だった。

 「お母さん、かなしいな」

 その静かな言葉は、岩崎さんの心に強く響いた。

 「ほんとうの気持ちに、ほんとうにそう思って返してくれた。私は、本当にそう思って言うことは『祈り』なのではないかと思うんです。魂の奥底から思ったことは、受け取った者の心を動かし、何かが動き出すんだと思います。それは、響き合うということだと思うんです。誰もが、立場や境遇も違うし、生きてきた過程も違うし、違う人格同士。それが自分であり、他者であるということだと思うのですが、底の方には、一人の人間として生きているわけですから、その中で生まれる思いは通じ合えるものがあると思うんです。どんなに想像しがたくても、本当に根っこの方に下りていけば、通じ合える、響き合えるというのは、僕がずっと考えていることなんです」

 岩崎さんは、自殺を考えた17歳の頃にも一度、そんな経験をしたことがある。画家、香月泰男が、自身で経験したシベリア抑留をテーマに描いた連作の絵をテレビで見た時のことだ。敵国の捕虜となり、凍てつく寒さと厳しい労働、そして二度と日本に帰れないかもしれないという絶望に打ちひしがれる顔の数々。

 「連作の中に、暗黒に塗り込められた中、監獄にとらわれている人たちの顔が描かれている絵があるんです。あれを見た時に、これはまさに自分だなと思ったんですね。本当に何か、囚われている。私は別に戦争で囚われたわけではないけれども、自分で見えない牢獄を作って、自分で囚われていた。自分の病苦、こういう境遇で苦しんでいるということと、シベリア抑留を比べるというのは釣り合わないと言えば釣り合わないのですけれども、だけど一個の人間として苦しんでいるというのは同じだと思うんです。ただ、テレビで見ただけなんですけれども、そこで響き合った。実際、その絵を見て、前向きになったとか、そういう話ではないと思うのですが、そういう地獄のような苦しみ、ああいう表情に、自分の苦しみを重ねた、そういうことは、人を動かすんじゃないかと思うんです」



 そして、岩崎さんは、自分の詩も「祈り」であってほしいと願っている。



 「あくまで自分で感じてきたこと、思ってきたことを書いているわけですけれども、それが誰かに読まれた時に、私が香月泰男さんの絵を見た時に起きたことがもし起きるとすれば、書いていて良かったなと思うんですね。そういうことを意識して書く書かない、ということ以前に、やっぱり芸術や文学というものは、みんなそうだと思うんです。結果的に、そういうふうに心が動く。それは作者の意図を超えていると思うんですよ。私も意識はしないまでも、そうあってほしい、そうだとうれしい、届いていたらいいという気持ちですよね」

 「私は書き手なのですが、書いて送り出した瞬間に読者にもなっています。自分が書いた時点で思っていたことと違うとらえ方を読者がしてくださることが何度かあって、それでまた、自分の小さな世界ではわからなかったことを、気づかされることがある。自分は、本当にその時の思いを書いているのですが、その一つの言葉が、広がりを持ったり、深みを持ったりすることがあるんです」

 岩崎さんのベッドが置かれた部屋の壁には、高校生が詩集を読み、自分の好きな詩を書き写してくれたはがきが飾ってある。連載初回にも紹介した、この歌だ。


 「これを読んで励まされたと言ってくれたんですけれども、誰かに届いたというか、受け取ってくれたということが、僕の中ではすごく大きくて、そういう出来事で僕の方も励まされるんですね。そして、実際改めて、自分が今生きている中で、この詩を読むと、自分でもやっぱり励まされる。詩や言葉を書くこと、表現することというのは、すごい可能性があるのだと思います」

続く

【略歴】岩崎 航(いわさき・わたる)  1976年、仙台市生まれ。本名は岩崎稔。3歳で発症、翌年進行性筋ジストロフィーと診断される。現在は胃ろうと人工呼吸器を使用し、仙台市内の自宅で両親と暮らす。2004年秋から、五行歌形式での詩作を始め、06年、『五行歌集 青の航』を自主制作。13年、『点滴ポール 生き抜くという旗印』(ナナロク社)を全国出版し、話題を集める。公式ウェブサイト「航のSKY NOTE」で新作を発表中。


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編集長インタビュー201505岩永_顔120px

岩永直子(いわなが・なおこ)

1973年、山口県生まれ。1998年読売新聞入社。社会部、医療部を経て、2015年5月からヨミドクター担当(医療部兼務)。同年6月から2017年3月まで編集長。

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