文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

2件 のコメント

患者の多様性とコミュニケーションの難しさ

寺田次郎関西医大放射線科不名誉享受

とある反医学論者が障害児の母親をなじるさまがツイッターに流れました。

自分の知識と理解に基づいて、その母親の生活などに関して一方的に反省を強要する姿勢に驚くとともに、自分の業務でも過去にあったことなどを振り返りながら、色々考えました。

人を見て法を説け

という言葉がありますが、個々の知識や理解および感情には差があり、とりわけ専門家と一般人の理解には大きな差がありますので、コミュニケーションの齟齬は起こりうるものです。


その人の意見の根拠としては、化学物質や心身のストレスがあげられており、100%嘘ではありません。

就労環境や地方特有の化学物質や体質との相関などは大事なことですし、過去の有害物質訴訟の数々もそういったことの重要性を教えてくれます。

(労働派遣法が変わりましたが、賃金以外の安全保障の問題も合わせて変更されるかどうかは重要ではないかと思います。 記憶が確かならば、僕も常勤の研修医から非常勤の大学院生に変わるさいに、放射線ガラスバッジが支給されなくなったので、分野をまたいで関係する問題だとわかります。)


けれども、その時点で知らないことや避けられないことまであれこれ告げながらいきなり反省を求めるのは誤りです。
彼の信者さんは、援護射撃してましたが、その反応は第三者の理解と違います。

ここで、旧来の医師患者関係と本文のような共感的対応の並列の難しさがわかります。
いずれのタイプの患者にも対応するには難しいです。
改めて、地域や施設ごとのチームワークの在り方の重要性を感じます。

違反報告

傾聴が癒す「身体症状障害」

生涯いち医師

直接拝見していないので、間違っているかもしれませんが、この患者さんは、「身体症状障害」かもしれません。医療関係者から相手にされない「不定愁訴」患者さんの中には相当数の「身体症状障害」の方がおられると思います。「自分のいうことが聞いてもらえていない」ことには非常に敏感な方々なので、医療機関を転々とされることが多く、お気の毒です。先生の傾聴で癒されたのではないでしょうか。先生の傾聴能力に敬意を表します。
  漢方医の先生方のところには、このような「心と身体の両方にまたがる」心身相関の患者さんが流れ流れてたどり着くことが多いのではないでしょうか。本来は精神疾患ですが、「身体化」が症状ですので、患者さんとしては、自分の身体症状が精神的原因だとは受け入れられず、精神科医や心療内科医に紹介されると気を悪くされる方が多いようです。相性の良い精神科医や心療内科医に巡り合うとも限りませんし(精神科医の中にさえ、『身体症状障害』は精神科が診るべきいわゆる『ハードな精神病』ではないので苦手だ、という向きも多いようですから)。
  DSM-5(米国精神医学会の新しい診断基準;「身体症状障害」は、器質的疾患が除外されなくてもそう診断してよい、という画期的見解を展開)が普及して、このように苦しむ多くの患者さんがふつうの医者によって傾聴という標準的治療で癒される日が早く来ることを心から願うものです。
  明治時代に呉秀三が嘆いたとおり、「日本の精神病患者は、精神病で苦しむのみならず、日本(という精神病に無理解な国;精神科医の中にさえも患者の人権を踏みにじって平気な者がいる)に生まれたということでも苦しんでいる」のですね。

違反報告

記事へ戻る