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8件 のコメント

中年会社員様 ありがとうございます

岩永直子

中年会社員様 ご返信ありがとうございます。なるほど。そうですね。私も中年会社員様と近い考えだと思うのですが、こうした考えを十分理解したうえで、岩崎さんは、それでも不安や疑問を抱くと訴えていらっしゃいます。
 記事中にも岩崎さんの言葉で紹介していますが、医療や介護支援が十分行き届いておらず、「動けなくなったら生きていても仕方ない」と考える傾向が社会にある現状で、終末期医療の差し控えが拡大解釈されていくことに恐怖を抱かれています。私はこれは重要な指摘だと思っています。
 現在同時に、高齢者の終末期医療差しひかえについて訴えていらっしゃる宮本顕二・礼子夫妻のインタビューも掲載中です。私はこちらも重要な主張だと考え、両者の考えは十分な配慮さえあれば、必ずしも対立するものではないのではないかと思っています。丁寧な議論が必要な問題です。もしまだご覧になっていなかれば、両方をじっくり読んで、考えて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。

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例えで言うと

中年会社員

老人の場合は、目が見えないのに無理やり眼鏡をかけて、食べられないのに口をこじ開けて入れ歯を入れるようなものじゃないかと思うんですが

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中年会社員様 ありがとうございます

岩永直子

コメントをありがとうございます。
なるほど、確かに、眼鏡も入れ歯も、見る、食べるという生活の根幹を支える道具ですね。そういう自然な受け止め方が広がるといいと思いました。重要な視点をありがとうございました。「老人の終末期医療は違う」とのことですが、どう違うと思われるのか教えて頂けますか?

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埼玉のシニアさまありがとうございます

岩永直子

埼玉のシニア様 コメントありがとうございます。ヨミドクターが始まった頃から、奥様の介護を続け、愛情あふれる言葉を度々お聞かせくださっていますね。そんなご主人のお気持ちは、きっと奥様に伝わっていると思います。言葉が交わせないのはおつらいと思いますが、回復を信じてそばにいるだけで、シニア様も奥様から力を得られているのだろうと思います。どうかご自身の心身もいたわりながら、奥様との逢瀬を続けてください。この連載、5回続きますので、続きもぜひ読んで下さいね。

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ぽんぽこ様、またありがとうございます

岩永直子

ぽんぽこ様

 1回目に続き、2回目もコメントをありがとうございます。毎週月曜日更新の5回連載ですので、すべて読んで頂けると嬉しいです。
 今回は「病魔」と闘うための医療の力や生活を支える道具について書きました。確かに、ぽんぽこ様が「インターネットなどの道具がいくら発達しても、自分の力を信じる前向きな心がないかぎり、可能性は広がっていかないのでしょう」と指摘されているように、いくら生活支援があっても、それを使いこなして生活を充実させようというご本人の意思がない限り、岩崎さんのように可能性は広がらないかもしれないですね。でも、一方で、ただその人が生きるための医療や支援は、岩崎さんのように重要なお仕事をされていなくても、あるべきだとも思うのです。、

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医療用具

中年会社員

筋ジストロフィーの人にとって、人工呼吸器や栄養は、健常者にとっての眼鏡とか入れ歯みたいなものなのかなと思いました。老人の終末期医療はまた違う気がするのだけれど

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信ずる者は救われるんだよね

埼玉のシニア

人の命ははかなく切なく、当事者には懸命に生きようとしているのに、傍の人間は苦しさが実感できないため同情だけで、本当に申し訳ありません。私も家内がアルツでホームに入居していますが、わけがわからなくなった今でも、明日には突然元気になり、ただいま と大きな声で帰ってくるような気がして、ホームに面会に行くときは他人には解らない複雑なきもちになります。

せめて一言 やあ と明るく返事がほしいと、心から思うのです。

五行詩で私も今の気持ちを表現してみると、

今日は回復してるかと
膨らんだ胸の内
飛び込むように玄関に入るから
靴の脱ぐのも
もどかしく思う

家内は 多分こんな作りか

今一度
涙の桟橋歌いたい
こんなはずではなかった人生
必ず治ると
今も信じて

そうだよ 信じていいよ、信じていろよ

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つながる、ということ

ぽんぽこ

「生き抜く」という決意表明、それが自らの旗印なのだという詩に始まる第2回、他者とつながること、外の世界とかかわりをもつことの意味を考えさせられました。
 あたりまえのことですが、社会における自分という存在は、他者とのかかわりあいの中でしか存在しえないのですね。お医者さまの聴診器から、冬を感じ取った二つ目の詩を読んで、そんなことを思いました。外の世界を感じ取れるかどうかは、自分の心が外に向かって開かれているかにもかかっていますね。インターネットなどの道具がいくら発達しても、自分の力を信じる前向きな心がないかぎり、可能性は広がっていかないのでしょう。岩崎さんは、とてつもなく大きな病魔と闘いながら、自分の力を信じる自身の心に、「燠火」としての希望を持っているだと思いました。
 そんな岩崎さんにとって、「貧しい発想」の詩が言うところのマイナス思考は、勘弁願いたいものですよね。
 病の中から見いだした希望であり、光。そこに、「治る」ことはどのような意味をもつのか。詩が突きつける根源的な問いの答えは、私にもわかりません。
 ですが、どんな状況にあれ、その日をプラスと捉えて生きられたら、夜眠る瞬間に「いい一日だった」と思えたら、それだけで成功なのだと思いました。
 いや、何げない日常の一瞬に幸せを感じられたら、それだけでいいのかもしれません。
 そんな幸せは、周りの人たちとのつながりから生まれるのでしょう。
 心を閉じてはいけませんね。そんなことを感じました。
 
 

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