文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

こころ元気塾

ニュース・解説

宮本顕二・礼子夫妻(3)安らかに命を終えるために

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック
「どのように生きて、どのように死んで行くか、真剣に考える時に来ている」と話す宮本夫妻(札幌市の自宅で)

 ――このブログは、コメントも多かったですね。

 宮本顕二「反響が多くてびっくりしました」

 宮本礼子「そもそもこの本を書こうと思った動機は、素晴らしいコメントがたくさん寄せられたからです。ブログだけではもったいないと思ったのです。一般の人だけではなく、医師や看護師等も書いてくれ、大変参考になりました」

 顕二「机上の空論ではない、体験に基づいたコメントなので、とても説得力がありました」

 

 ――読者の意見をほかの読者も読んで、議論がどんどん広がったということがありました。こういうやり取りは、インターネットメディアならではと思うのですが、どんな意義があったと思いますか。

 礼子「みんな、こういう話をしたいのに、話す場がないのですよね。講演会を聴きに行って、質問のやり取りをするぐらいがせいぜいです。親の介護をした人は、特に言いたいことがいっぱいありますね。あれだけたくさんのコメントが来たということは、今までにそういう場がなかったのだと思います」

 顕二「ただ、今回は70代、80代の方もコメントを書いてくださいましたけれども、やはりインターネットを使える世代という偏りはありますね」

 礼子「終末期や認知症の講演会を行うと、たいてい年齢が高い人が来てくれます。でも、このブログでは、若い人も関心を寄せて書いてくれたということですね。そこが不思議です」

 

 ――ただ、関心が高い一方で、意思表示できなくなった時に医療処置の希望を書く「事前指示書」や、自分にもしものことがあった時に、残された人に伝えたいことをまとめる「エンディングノート」を書いている人は一部です。制度化、法制化しようという動きは、反対意見もあって、日本では実現していないです。

 礼子「順番があると思います。いきなり事前指示書は書けないと思います。最近ようやく、死ぬ時はこうしたいと、家庭で話すようになったのだと思います。『私の父は、延命はいやだと言っていました』とか、『管をつけて生きるのはいやだと言っていました』と家族が言います。話し合っている家族が多くなってきたと感じます。ただ、書き残している人は、確かに少ないです」

 顕二「エンディングノートも書店で売っていますけど、やはりこれが法的にはっきり認められていないということも、書かない理由なんでしょうね。本にも書きましたが、エンディングノートや事前指示書を書いたとしても医療現場ではなかなか相手にされないというのも事実ですし」

 礼子「書きたくないということもあるのではないでしょうか。刻々と医療技術は進歩し、薬も進歩するのに、書き残した意思で医療を決められてしまう恐ろしさがあるのではないでしょうか。不安を残さないようなものであれば、書き残す人も増えるのではないでしょうか。例えば、私、健康保険のカードに臓器提供の意思を書いたのですが、そんなに不安はなかったですものね。年齢制限で、もう何も提供できないかもしれませんけれども。10年前だったら、まだ怖さがあったかもしれません」

 顕二「日本では、尊厳死に関する法制化について、一向に進まないと言われましたが、法制化には問題があると考えています。最近、脳腫瘍を病み、苦痛を長引かせたくないと、自ら死を選んだ米国のブリタニーさんの報道がありましたけれど、欧米の尊厳死法案は、積極的に死を早める安楽死法です。医師による自殺ほう助です。日本で検討中の法案は、死を免れない患者に本人が望むなら延命処置をしない、または延命処置を中止しても医師が責任を問われないという内容です。要するに、欧米では当たり前のことを、日本で法制化しようとしています。そこに大きな違いがあります。私が危惧するのは、もし、日本で法律が出来たら、事前に尊厳死を望むことを書面で残していない患者は、逆に延命処置をしなければならなくなる可能性です。尊厳死ができなくなります。だから、尊厳死に関する法律を作るより、終末期の高齢者の延命処置は倫理的でないという社会通念を作る方がいいと思います。自分の親が悲惨な状況で死ぬのを見たら、将来、自分は延命処置なんていやだという人ばかりになる。あと20年もすれば自然とそうなる。ただそこまで待てないから、こうやって本などで訴えるわけです」

1 / 2

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

こころ元気塾の一覧を見る

最新記事