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心療眼科医・若倉雅登のひとりごと

医療・健康・介護のコラム

日本で一番有名な眼科医、理研プロジェクトリーダーの…

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 臨床に携わる医師が実験室で研究する際に、いつも自問自答しなければならないのは、その成果が臨床とどう結びつくかということです。

 日常臨床に直ちに応用できる仕事が、そうたやすく成就するわけはなく、基礎工事からじっくりやらないと建物が建たないのは当たり前です。ただ、ともすれば、どんな建物を建築しているのかを忘れて、無関係の土台作りに時間も費用も費やしていることがあるのです。

 厚労省の網膜視神経研究班に所属していた20年近く前のことです。その成果発表の場に若手の女性研究者が招かれました。颯爽さっそうとした発表態度で、実験成果に基づいて論理を展開する彼女の講演を、聞きれていた自分がそこにいたのでした。

 彼女の名は、現在、理化学研究所プロジェクトリーダーである高橋政代さん。

 iPS細胞(人工多能性幹細胞)を用いた網膜色素上皮細胞のシートを、加齢黄斑変性の症例に移植するという臨床と直結した成果を出し、2014年、イギリスの科学誌ネイチャーが「今年の10人」に選出しています。

 今、日本で一番有名な眼科医であり、世界的な研究者でもあるということです。

 先日学会でお目にかかったので、

 「ストーカーが多くて困っているのでしょう」

 と尋ねましたら、街を歩くにも、銀行へ行くのにも、サングラスとマスクは必需品ですと苦笑していました。

 新聞やテレビで「網膜移植の成功」といったタイトルが躍りましたので、高橋先生を紹介してほしい、私も実験台になりたいという網膜や視神経の病気の方が私の外来にもやってきます。ただ、彼らがこの成功を十分理解しているとは限りません。

 彼女のグループが行ったのは、網膜にある脆弱ぜいじゃくな新生血管を手術で取り除き、欠損した色素上皮をiPS細胞由来の培養細胞で補てんしたものです。間違ってはいけないのは、網膜という神経組織自体を移植したのでなく、網膜構造の基盤となり、それに栄養を与える色素上皮細胞を入れたということです。

 神経網膜は特化した神経細胞が整然と並んだ重層構造で、この網膜ネットワークで視覚信号の分離、伝達が行われます。動物由来の胚性幹細胞(ES細胞)で立体網膜組織が作製されたことも既に発表されていますが、移植治療実現までには、まだまだいくつもの峻嶮しゅんけんな山を越える必要があります。

 おそらく、網膜構造よりは単純な大脳の病気、例えばパーキンソン病や脳梗塞への応用が成功してから、ようやく網膜という話になるでしょう。網膜はそれほど高度に分化した、移植医療にとって難しい組織ということになります。

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201505_第4回「読売医療サロン」_若倉

若倉雅登(わかくら まさと)

井上眼科病院(東京・御茶ノ水)名誉院長
1949年東京生まれ。北里大学医学研究科博士課程修了。グラスゴー大学シニア研究員、北里大学助教授、井上眼科病院副院長を経て、2002年から同病院院長。12年4月から現職。日本神経眼科学会理事長、東京大学医学部非常勤講師、北里大学医学部客員教授などを歴任。15年4月にNPO法人「目と心の健康相談室」を立ち上げ副理事長に就任。「医者で苦労する人、しない人 心療眼科医が本音で伝える患者学」、「絶望からはじまる患者力」(以上春秋社)、「心療眼科医が教える その目の不調は脳が原因」(集英社)、医療小説「茅花流しの診療所」、「蓮花谷話譚」(以上青志社)など著書多数。専門は、神経眼科、心療眼科。予約数を制限して1人あたりの診療時間を確保する特別外来を週前半に担当し、週後半は講演・著作活動のほか、NPO法人、患者会などでのボランティア活動に取り組む。

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