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心療眼科医・若倉雅登のひとりごと

医療・健康・介護のコラム

白内障手術の落とし穴…強度近視の場合

 白内障手術は、失明を救うというレベルから、見え方の質、さらには生活の質(クオリティー・オブ・ライフ)の向上をゴールにするようになりました。

 遠近両方にピント合わせが可能なバイフォーカルレンズ(現在は健康保険と併用できる先進医療の扱い)や乱視を矯正するトーリックレンズなど眼内レンズの選択肢が広がり、フェムトセカンドレーザ(フェムトセカンドとは千兆分の1秒の意味で、超々短時間のパルスを発生する)を使った精度の高い手術も導入されはじめています。いったいどこまで進歩するのでしょう。

 進歩すれば、手術を受ける人々の期待度、要求度が高くなるのは当然です。

 70歳代の女性は、元来強い近視でしたが、段々ぼやけが進んでいる気がしていました。白内障手術を受けた友人たちが、「よく見える」と喜んでいるのを聞き、自分も同年代だからと日帰り手術もしている近所の眼科に相談しました。

 やはり白内障の診断で、早速手術を受けました。

 ところが、期待通りではありませんでした。確かに明るくはなりましたがまぶしさがあり、遠くが二つに見えたり、左眼でみると線がゆがむのでした。手術前は眼鏡をかけずに近付ければ見えた、画数の多い漢字やルビ(ふりがな)が読めなくなったのです。

 術者の先生に訴えても、「手術は完璧だし、視力も出ているのにどうしてそんなに不満ばかり並べるのか」と取り合ってくれません。

 「他の病院に行きなさい。どこに出しても恥ずかしくない手術だということがわかりますよ。それとも精神科に紹介しますか」と言われたと、がっかりした様子で私の外来にやってきました。

 診察すると、確かに手術は完璧でしたが、不満の原因も判明しました。

 専門的になるので、簡単に記しますが、全ては強度近視だったことに源があります。この方は、目の位置異常や、左眼の黄斑という網膜中心の最も感度のよいところにわずかな変性が存在していました。大きな病変があればおのずとわかりますが、白内障が原因の見えにくさと医師が一旦いったん判断すると、その術前には、他を細々と調べることは普通はしないのです。

 もう一つの不都合は、近付ければ字が大きく映り、よく見えるという強度近視の人が持つ得意技を、眼内レンズで近視度を減らしたことで、使えなくしてしまったことです。

 強度近視は成人人口の6~8%と日本人には非常に多く、白人の数倍です。これは、単に眼鏡の問題ではなく、緑内障、白内障、網膜病変、眼の位置異常などが起こりやすい難しい眼でもあります。だから、私たちは強度近視の方の白内障を手術する際には、よくよく慎重に検査をすすめることにしています。

 眼科手術の結果に満足できず、受け入れられない状態を、私は「眼科術後不適応症候群」と称していますが、上の例のような白内障手術後不適応が最多です。年間約100万眼と著しく多い手術だからでしょう。

 白内障手術の恩恵に与る大勢の人がいる一方で、手術の失敗や医療過誤ではないけれども、不適応例があるということです。

 眼は見え方の質が問題になる精緻な感覚器です。今日の白内障手術は、昔のように見えない目を見えるようにする手術と違って、見え方の質が重要になりますから、不適応も起こりやすいのだといえましょう。

201505_第4回「読売医療サロン」_若倉

若倉雅登(わかくら まさと)

井上眼科病院(東京・御茶ノ水)名誉院長
1949年東京生まれ。北里大学医学研究科博士課程修了。グラスゴー大学シニア研究員、北里大学助教授、井上眼科病院副院長を経て、2002年から同病院院長。12年4月から現職。日本神経眼科学会理事長、東京大学医学部非常勤講師、北里大学医学部客員教授などを歴任。15年4月にNPO法人「目と心の健康相談室」を立ち上げ副理事長に就任。「医者で苦労する人、しない人 心療眼科医が本音で伝える患者学」、「絶望からはじまる患者力」(以上春秋社)、「心療眼科医が教える その目の不調は脳が原因」(集英社)、医療小説「茅花流しの診療所」、「蓮花谷話譚」(以上青志社)など著書多数。専門は、神経眼科、心療眼科。予約数を制限して1人あたりの診療時間を確保する特別外来を週前半に担当し、週後半は講演・著作活動のほか、NPO法人、患者会などでのボランティア活動に取り組む。

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