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中村祐輔の「これでいいのか!日本の医療」

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「生命倫理」という名の「非合理」…ガイドラインによる呪縛

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 米国では臨床試験が数え切れないくらい実施されている。多くの臨床試験では、研究目的で患者さんの試料(血液、尿、組織など)が収集されている。当然ながら、臨床試験の期間は長い。その間に解析技術や手法などが急速に進めば、最初の研究計画に記載されていないような研究が可能となる。現在のように技術が急速に進展する中では、いつ、どこで、だれが、どのように試料を利用するかなど、計画時のインフォームドコンセントに書き切れていない場合も少なくない。

 もし技術が進み、当初想定されていなかった研究が可能となった、あるいは費用がかかりすぎてできないと思ったことが可能になった場合、研究者や倫理委員はどのように行動するのが倫理的なのか?

 実際、10年前には現在のようにゲノム解析が簡単に安価でできるとは思えなかった。私は研究が進むことによって、患者さんがより安全に、より効果的に治療を受けることができるような成果が期待できるなら、研究者は言うに及ばず、「倫理的」な思考ができる倫理委員ならば、そして研究が患者さんのプライバシーなどを侵害するリスクがないのであれば、「倫理的な裁量」として研究を推進すべきではないかと思う。人の道に即して、論理的な判断をするのが、倫理学のはずだ。

 米国での倫理委員会や臨床試験審査委員会は、研究によって期待できる効果と、研究によって起こりうる不利益が議論され、その上で判断を下されることが多い。特にがんの臨床試験は大半が進行がん患者さんを対象としているため、臨床試験が終了した時点では、生存されている患者さんの数は多くない。また、臨床試験には物理的に距離が離れた地域から患者さんが参加しているケースが多いので、一からインフォームドコンセントを取り直させよなどと非現実的なことを言うと、倫理委員としての資質が問われる。できもしない注文をつけるなら、研究を認めないと主張するほうが筋が通っている。もちろん、認めないとする根拠を示してだ。

 もし、当初の計画に微に入り細に入り記載されていないといって、集めた試料の活用を認めないなら、すべて廃棄せよというのか? それで研究に協力しようとした患者さんの意思が尊重されるのかどうかも疑問だ。バイオバンク研究を率いていた経験から考えると、患者さんは純粋に研究の進展を願っている場合が多い。自分の役に立たなければ協力しないと言うような狭量な人はほとんどいない。同じ病気を持っている人や次世代のために役立てられればと考えている人が圧倒的に多い。


日本の医学・医療をガラパゴス化させないために

 どうも、研究を審査している人(そして、何度も指摘しているが、メディアの一部には狂信的にそのように信じて、物事を斜めからしか見ない人がいる)には、研究者や医師が自分の利益追求のために研究をしていると思い込んでいる被害妄想的な人が多いようで、日本の倫理委員会というのは建設的でない。

 米国がん学会では、FDA(米食品医薬品局)担当官と医師の組み合わせでのシンポジウムが開催されており、どうすれば患者さんに最大限の利益を速やかに提供できるのかを、一緒に考えている。不利益を最小限にすることを念頭に置きつつ、患者さんや家族の利益を損なわない、そんな大所高所からの議論が必要だ。残念ながら、日本では患者さんの利益のために協力するよりも、自分たちの正義を振りかざす質の悪いメディアの横行が、協力を妨げる要因になっている。

 日本の倫理委員の大半は小役人のように、ガイドラインの項目が満たされているのかどうかだけにこだわり、研究の目的、研究による利益・不利益を議論することなどほとんどないといって言い。何年っても、研究の目的を一から説明し直さなければならない事例が少なくなかった。

 ガイドラインと少しでも齟齬そごがあれば非倫理的と大騒ぎされていては、医師や研究者は段々とやる気ががれ、人を対象とした研究がなくなってしまうだろう。臨床研究を支援するだけの資金が十分には投入されず、臨床現場に過度な負担をかけるようなルール、時には非現実的なルールを、もっと「倫理的な」視点で見直す必要がある。

 患者さんやボランティアに迷惑がかかってはならないが、医療をよくするために何ができるのかをみんなで知恵を出し合って考えることが求められる。税金を使って、ネズミの病気の治療法だけを研究していればいいのなら別だが、もっと大きな視点で長期的な患者さんの利益、国の利益を考えなければ、日本の医学・医療はガラパゴス化してしまう。

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コラム_中村祐輔の「これでいいのか!日本の医療」_アイコン80px

中村 祐輔(なかむら ゆうすけ)

1977年大阪大学医学部卒業、大阪大学医学部付属病院外科ならびに関連施設での外科勤務を経て、1984-1989年ユタ大学ハワードヒューズ研究所研究員、医学部人類遺伝学教室助教授。1989-1994年(財)癌研究会癌研究所生化学部長。1994年東京大学医科学研究所分子病態研究施設教授。1995-2011年同研究所ヒトゲノム解析センター長。2005-2010年理化学研究所ゲノム医科学研究センター長(併任)。2011年内閣官房参与内閣官房医療イノベーション推進室長を経て、2012年4月よりシカゴ大学医学部内科・外科教授 兼 個別化医療センター副センター長。

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