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宋美玄のママライフ実況中継

コラム

キャサリン妃は特別です 産後の安静、日本の伝統が一番!

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代々木公園で遊ぶ娘

 ゴールデンウィークからこの方、近場で娘と時間を過ごすことに労力を費やしています。涼しくて日陰がある時間を選んで近所の公園に行き、砂場やボールで遊び、自宅の猫の額より小さいバルコニーで水遊び。娘のパワーは底知れないので、幼稚園の集団生活で日々発散してくれることを、切に切に願います。 

 前回の「三つ子胎児の障害で病院過失認める判決、周産期医療に衝撃」という記事にたくさんのコメントをありがとうございました。報道だけでは分からないことが多いので、裁判について記事を書く時には判決文を読んでから書いていますが、知人がさらに詳しく記事にしていますので、興味のある方はそちらも読んでいただけると、単に医者の立場でものを言っているのではないことがお分かりいただけると思います。

キャサリン妃 産後10時間で退院が話題に

 さて、世界中の注目を集めていた英王室のキャサリン妃が第2子を無事に出産されましたが、産後約10時間で退院されたということが日本ではずいぶん話題になり、私も取材をいくつか受けました。日本では経ちつ分娩ぶんべんの後、4~5日入院するのが主流なので驚いた人が多かったと思います。欧米では医療費削減の観点から産後は24時間程度で退院することが多いようで、早期退院のために体力を消耗しないよう麻酔分娩が普及したという側面もあります。日本の産後入院が比較的長いのは、日本の医療費が安いため実現できることなのです。

 お金の話はさておき、そもそも産後の女性はそんなに早く動いてもいいものなのでしょうか。経膣分娩でも、帝王切開でも、出産という行為は母体に大きな負担です。産後2時間ほどは弛緩しかん出血のリスクもあることなどから、安静にしたうえで、医療従事者の観察が必要となります。それを過ぎると、出血が少なくて比較的「安産」だった場合は、出産のその日から歩いたり身の回りのことをしたりすることは、体力的に言えば可能なことが多いです(私自身もそのようにしていましたし、産後数時間で原稿を書く等の仕事も始めていました)。キャサリン妃のように短時間なら、立ってのご公務もできることが多いでしょう。

経膣分娩 骨盤底筋に大きなダメージ

 しかし、体力的に可能でも、経膣分娩の場合は骨盤底筋に大きなダメージを受けた直後ですから、そこに圧力がかかるような行為をすると、傷ついた骨盤底筋にさらなるダメージを与え、余計に傷つけることになります。具体的には、立ったり、腹直筋に力を入れたりするなど、腹圧が骨盤底筋にかかるような行為です。骨盤底筋が大方回復するには産後3週間かかりますので、それまでの間は身の回りのことをする以外はなるべく横になり、可能なら授乳も添い乳の方が望ましいです。帝王切開で出産した方は、血栓症予防の観点から「あまりずっと寝たきりではよくないよ」と言われると思いますが、動けば動くほどいいというわけではもちろんなく(そもそも無理な場合が多いと思いますが)、身の回りのことを自分でするくらいで十分です。

 実際には、第1子で里帰り分娩か、夫が育休を取るか、実母か誰かが住み込みで手伝いに来てくれでもしない限り、産院から退院するなり、家事その他をすべてやらなければいけないという人も多いと思います。スウェーデンやノルウェーでは夫の育休が実質上義務化していたり、早期退院でも訪問保健師や助産師やヘルパーが来てくれたりしますが、日本では男性の育休や自治体ごとに家事サービスのクーポンなどの制度はあっても、実家の助けが受けられない人は家事をほぼすべて自分で負担している人が多いのが現実ではないでしょうか。

 これについては、若い年代の人口が都市部に集中していることや、核家族化などの背景もありますが、そもそも産後の母親が骨盤底筋だけでなく身体全体にダメージを受け、環境とホルモンの変化によってメンタルに悪い影響を与えられている時期であるという、医学的に当たり前の事実が全然認識されていないということも大きいと思います。ちなみに、出産直後から1週間頃までにみられる一過性の気分と体調の障害であるマタニティーブルーは、欧米では50~80%にみられますが、日本では同じ調査方法でも10~30%と低く、産後うつ病も欧米で10~15%のところが、日本では10%前後とやや低いです。これは里帰り分娩という制度が関係しているのではと言われています(参考文献)。

日本の「床上げ」習慣 今こそ見直して

 シャーロット王女お披露目のシーンで思い出したのが、ディズニー映画のシーンです。『塔の上のラプンツェル』では王さまと王妃さまが生まれたての王女を抱いて国民に立ってあいさつをします。『眠れる森の美女』では生まれたての王女のお披露目会で、王妃さまは王さまと同じく硬い椅子に長い間座っています。いずれも設定としては王女を出産してすぐのはずです。主役は王女であり、王妃と言えど産後の体を気遣われることはなかったのだな……と興味深く思いました。

 対照的に、日本には昔から「床上げ」という習慣があり、産後1か月近くは家事をせずなるべく横になっていました。大家族だからできたことだったのだとは思いますが、日本の昔ながらの習慣の中には意味のあるものもあるので、今一度産後の過ごし方について各方面に訴えかけていきたいと思います。

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宋 美玄(そん・みひょん)

産婦人科医、医学博士。

1976年、神戸市生まれ。川崎医科大学講師、ロンドン大学病院留学を経て、2010年から国内で産婦人科医として勤務。主な著書に「女医が教える本当に気持ちのいいセックス」(ブックマン社)など。詳しくはこちら

このブログが本になりました。「内診台から覗いた高齢出産の真実」(中央公論新社、税別740円)。

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13件 のコメント

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退院後すぐに家事開始しました。
動けます。普通に動けます。
だからキャサリン妃の退院や公務が可能なのも納得です。
でも大変なのは老後です。
産後無理すると年取った時に結構ガタきます。
あちこちおかしくなります。
その時になってようやくあの時無理しなければよかったと思います。
体に異常が出るのは産後すぐではなくずっと後です。

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思うに

ランららん

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昔の床上げも一部の富裕層だけであって、国の民百姓レベルでは1カ月も休ませて貰えたとは思えません。もちろん母体に休息は必要ですが、当事国の保険制度によるところが大きいかと。休まない必ずしも
とダメなわけでもないと思います。

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日本の医療費は安くはない

なつこ

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日本の医療費は安くはないと思います。医療保険でカバーされているから安いという錯覚に陥るだけです。1週間も入院してもらえれば医者は儲かりますわな。本当にたいへんな時だけ医療でカバーして貰うためにも、体力のある方を早く退院させる仕組みにしたほうが良いように思います。

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