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中村祐輔の「これでいいのか!日本の医療」

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「国内初の手術成功への賞賛」と「リスクに挑む手術失敗への非難」

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 読売新聞の4月28日のニュースに「慶応大病院(東京都新宿区)は27日、先天性の心臓病『修正大血管転位症』を患う女児(12)に昨年11月、国内初となる手法で手術を行い、成功したと発表した」とあった。どうして5か月後の発表なのかと思った。そして、同じく紙面に掲載され続けている神戸国際フロンティアメディカルセンター(院長=田中紘一・京大名誉教授)の記事を読んで、日本という国ではプロセスではなく、最終的な結果しか評価されない国なのかと思った。もし、慶応大学の例も患者さんが不幸な転帰をたどれば、どんな非難を受けていたのかと空恐ろしくなる。

 私はSTAP細胞事件での執拗しつようなまでの笹井芳樹先生へのバッシングや今回の神戸の件でのメディアの記事には違和感を感じてならない。メディアは「権威」と自分たちが信じているものを攻撃対象にすると、過剰なまでに自己高揚する習性を持つように思う。特に、医学や科学のバックグラウンドのない記者にとっては、笹井先生や田中先生の実績などお構いなしだ。この方々の生きざまや医学・科学に対する貢献を知っていれば、もう少し違った角度で、起こった事態を捉えることができると思うのだがそれもない。薄っぺらな正義感を振りかざすことに何の意味があるのかと思う。

 医療の現場において結果が重要であることは間違いない。ほとんどの(残念ながらすべてとは言えない)医師は患者さんを救おうと懸命に頑張っているのだ。田中先生など、この点で考えれば、医師の中の医師といっても誰も文句のつけようのない人物だ。千葉県がんセンターや群馬大学病院の問題と同一視しているのだろうが、このような形で非難されれば、難しい手術に挑む人は今後出てこなくなるだろう。

 医療機関が合併症のない、比較的若いがん患者さんだけを手術して、治療成績が高いことを誇るような“粉飾決算”に走れば、少しでも合併症のある患者やリスクの高い高齢患者は、そのうちに行き場を失ってしまうだろう。メディアによる単純な治療成績公表は、明らかにこのような弊害を生み出している。

 たとえば、がんの5年生存率・10年生存率といっても、原病による死亡率(この場合、治療を受けたがんに起因して死亡するもの)と、他の病気による死亡も含めた死亡率(生存率は100%からこの死亡率を引いたもの)で計算されるが、多くの場合、後者が利用される。その場合、治療した患者集団の中での高齢者の割合が高くなればなるほど、全体の5年・10年死亡率は当然高くなる。重篤な糖尿病、心臓疾患、肝疾患などを合併していれば、当然それらの病気も影響する。何人中何人、あるいは、何%といった単純比較で物事が済む話ではない。

 生体肝移植も病腎移植も患者さんを救うため、臓器提供者が極端に少ない日本という社会風土の中で生み出された方法である。この極端に少ない状況を生み出したのは、脳死移植を否定する一部の人たちとそれに乗っかった一部メディアの責任である。海外では(決して先進国に限らない)助けられる命を、日本では救えない現状を招いたのである。メディアは海外で移植を受けて元気で帰ってくると美談として報道するし、脳死移植を批判していた人たちがこの美談に待ったをかけたという話も聞かない。日本人の子供の脳死は認めないが、海外での脳死判定には何も言わない。おかしな話だ。

 今回の神戸の件は、8人中4人亡くなったのが問題視されているし、3人は救えたはずだなどとメディアは一方的な情報を流して批判を強めている。肝臓移植が必要とされる患者さんたちがどのような状態なのかの議論がないし、命がどの程度限られているのかなども忘れ去られている。

 常勤が5人しかいないことを非難する論調もあったが、人数だけで評価できる問題なのか。この5人がどこまで自己犠牲を払って頑張っているのか、ちゃんと評価をしたのか。生体肝移植の世界の第一人者が世界のために生体肝移植手術に挑み、救えない命を救おうとしているのだ。もし、病院の体勢が不備なら、日本という国の誇りをかけて、日本のために頑張ってきた先駆者になぜ協力しようとしないのか、私には全く納得できない。

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中村 祐輔(なかむら ゆうすけ)

1977年大阪大学医学部卒業、大阪大学医学部付属病院外科ならびに関連施設での外科勤務を経て、1984-1989年ユタ大学ハワードヒューズ研究所研究員、医学部人類遺伝学教室助教授。1989-1994年(財)癌研究会癌研究所生化学部長。1994年東京大学医科学研究所分子病態研究施設教授。1995-2011年同研究所ヒトゲノム解析センター長。2005-2010年理化学研究所ゲノム医科学研究センター長(併任)。2011年内閣官房参与内閣官房医療イノベーション推進室長を経て、2012年4月よりシカゴ大学医学部内科・外科教授 兼 個別化医療センター副センター長。

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